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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第170話 ベルンハルト逃亡

 旧律派の最大拠点の一つとされる修道院跡。その地下深くに築かれた、聖堂を模したアジトが、今まさに特務部隊の急襲を受けていた。


「――制圧完了!」


 黒の外套に身を包んだディルク・バルネートは、煙の残る空間を鋭く見渡す。

 端整な顔立ちに冷えた瞳。だがその胸には、明確な怒りが宿っていた。


「ベルンハルト枢機卿は……?」


「見当たりません。奥の部屋に、それらしき私物はありましたが……逃げたようです」


 部下の報告に、ディルクは舌打ちした。


「また後手か……」


 だが、運はまだ尽きていなかった。

 地下の独房に押し込められていた信者の一人が、命乞いの中で口を滑らせたのだ。


> 「あ、あの御方は……“ノルデンシュタイン”に……。古の遺跡が……そこに……!」


 ディルクの目が鋭く見開かれる。


「ノルデンシュタイン……!」


 背中の通信機に手を伸ばし、魔導回路に魔素を流し込む。


「こちらバルネート。ユリウス閣下に至急通話を」


 雑音の先に、間もなく聞き慣れた声が届く。


『どうした、ディルク』


「ベルンハルトは逃げました。しかし、信者の一人が“ノルデンシュタイン砦付近の遺跡”に向かったと証言しました。やつはそこに次の“何か”を求めている可能性が高い」


 魔導通信の向こうで、しばし沈黙があった。

 やがて、低く、決然とした声が返ってくる。


『……わかった。俺が行く』


「閣下……!」


『俺がケリをつける。リィナのために』


 通話が切れた瞬間、ディルクは静かに頭を下げた。


「ご武運を――ユリウス閣下」



 ヴァルトハイン城の執務室。地図の前で立ち尽くすユリウスの肩に、かすかな緊張が走る。

 通信が切れた後も、室内には沈黙が残された。


「……また、あそこか」


 ユリウスが静かに呟いた。


 ノルデンシュタイン――リィナと出会い、砦を築き、夢を描いた原点。


「俺が行く。……今度こそ、決着をつける」


 背を向けかけたユリウスに、毅然とした声が追いかけた。


「私も行くわ」


 セシリアだった。いつものローブ姿のまま、真っすぐにユリウスを見つめていた。


「古代遺跡の解析が必要になるはずよ。ARTEMISシリーズの知識は、私が一番持っている。……それに、あの子のそばに、私もいたいの」


 その目に宿るのは、魔導士としての確信ではなく、友としての情。


「兄貴、もちろんあたしも行くよ!」


 工具を腰に差したまま駆け寄ってきたミリが、拳をぐっと握る。


「あの鉄塊――ヘカテーがどこから来たのか、確かめてやらなきゃ気が済まないし、リィナの姉妹のことも……ちゃんと見届けたい」


 一瞬、声がかすれた。だが、ミリは拳を胸に当てて、言い切った。


「それが、あいつにしてやれる最後の義理だろ」


 ユリウスは、二人の姿を見て、しばし言葉を失った。

 彼だけではない。

 彼女たちも、同じ想いを胸に抱いていたのだ。


「……ありがとう。二人とも。来てくれて、助かる」


 やがてユリウスは地図の端に視線を落とし、指先でノルデンシュタインの文字をなぞった。


「リィナ……今度は、もう誰も失わない。例えその影に、ヴィオレッタが潜んでいようと――必ず」


 その声には、鋼のような決意が込められていた。

 すぐにアテナの出撃準備が命じられ、城は慌ただしく動き始めた。

 セシリアは魔導測定具を整えに。ミリはドワーフ技師たちを呼び、簡易整備班の編成を始める。

 そんな彼らの背中に、初夏の風が吹き抜けた。


 かつて荒野だったノルデンシュタイン。

 そこで燃え上がった、希望という名の火は――

 今、再びユリウスたちを導こうとしていた。


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