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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第167話 覚悟の報告

 ヴァルトハイン城・戦略司令室。

 磨き抜かれた石造りの広間に、各部門の長が並び立っていた。

 ユリウスの前には、宰相アーベント、軍務長官リルケット、魔術部門代表セシリア、技術開発部門のミリ、そしてそれぞれの配下を束ねる責任者たちが整列している。


 その中心に座すユリウスの表情は、普段よりも冷ややかで、鋼のように硬かった。


「……皆、揃っているな」


 全員が姿勢を正す。


「シャドウウィーバからの報告により、旧律派のアジトが帝国東部にいくつも存在することが判明した。やつらはアルケストラ帝国時代の遺跡を掘り起こし、《ARTEMIS08・ヘカテー》を手に入れた。リィナを――仲間を殺したのは、まぎれもなく彼らだ」


 ユリウスの声に、部屋の空気が震えた。


「我々はこのまま見過ごすことはできない。次の遺跡を発掘される前に、旧律派を潰す。この作戦を、正式に発動する」


 ざわり、と空気が揺れる。誰も声を上げはしなかったが、その緊張は確かに共有された。


「作戦名は――《エリニュス作戦》。古き神話に登場する、復讐の女神たちの名だ。正義を語るには、あまりに血生臭い。だが……今回はその名が相応しい」


 ミリが少し身を乗り出して訊ねた。


「エリニュス……って、どんな意味?」


 ユリウスは瞳を閉じ、淡く言葉を返す。


「復讐だよ。リィナを殺した者たちへの、裁きの名だ」


 部屋の空気が一瞬にして引き締まった。ミリは口を閉じ、拳を握りしめる。


「作戦の中核となるのは、特務部隊の潜入だ。旧律派のアジトに目立たず入り込み、確実に殲滅する。場所によっては市街地や宗教施設の裏に潜む形になっている可能性もある。リルケット、適任者は?」


 ユリウスが問うと、リルケットは即答しなかった。静かに顎に手をやり、少しだけ考え込んでから言葉を選んだ。


「私自身が動くのが一番早いのですが……生憎、私はあまりにも知られすぎている。旧律派の残党が情報網を持っているとすれば、私が動けば即座に察知されるでしょう」


「ならば、誰を?」


「――若いが、目覚ましい戦果をあげている男が一人おります。名は《ディルク・バルネート》。帝国軍出身の騎士で、東部出身ながら、帝国の腐敗を嫌い逃れてきた人物です。忠誠心は確かで、潜入にも長けています。顔も広く、土地勘もある」


「……バルネートか。よし、彼を現地特務の指揮官に任命する。シャドウウィーバには引き続き各拠点の監視と補助。特務部隊には、セシリアとミリが開発した小型火器と支援機材を装備させる」


 ユリウスは全員の顔をゆっくりと見渡した。


「これは正義ではない。復讐だ。しかし、それでも――我々の理想の障害となるなら、排除するしかない。躊躇する理由は、もうないはずだ。全員、この命令を遂行せよ」


「「はっ!」」


 鋭い返答が、司令室を震わせた。


 ヴァルトハイン城・中庭。

 花壇の向こう、小さな噴水のそばに並ぶ三つの墓標。

 ヴァルトハイン城の中庭――静かで、守られた場所に、その墓は築かれていた。


 リィナ。エリザベート。そして、ライナルト。

 白く滑らかな石で整えられた墓標は、どれもまだ新しく、刻まれた名と短い祈りの言葉が陽光を受けて淡く光っている。


 ユリウスはその前に立ち、花を一つずつ手向けていく。

 セシリアとミリが数歩後ろに控え、静かに彼の背を見守っていた。


「……エリニュス作戦を発動する。旧律派を――必ず、根絶やしにする」


 ユリウスの声は静かだったが、言葉の底には怒りと決意がにじんでいた。


「リィナ。君がいなくなって、僕は何度も迷いかけた。……でも、ようやく見つけたんだ。何を捨てても、やらなければならないことを」


 彼はリィナの墓標を見つめ、続ける。


「君は戦うために作られた存在じゃなかった。でも、最後まで、誰かを守るために戦ってくれた。僕たちが前に進めるのは、君の犠牲があったからだ……。その意味を、僕はこの手で証明する」


 そして、視線をエリザベートの墓へ。


「……君の言葉、胸に刻んだ。君が望んだ“ヴィオレッタの討伐”、必ず実現する。たとえその道が血に塗れていようとも……君の遺した願いを、踏みにじらせはしない」


 最後に、ライナルトの墓へ目を向けた。


「お前のことを、もう憎んではいない。お前はエリザベートを守ることも出来なかった僕を恨んでいるか?。エリザベートから頼まれたかたき討ち、これを完遂するところを見ていてくれ」


 一拍の沈黙の後、ユリウスは小さく息をつき、二人の方へと向き直った。


「……この作戦では、危険のない信者すら巻き込む可能性がある。祈りの場を失う者、家族を失う者、信仰を砕かれる者……その全てが、僕たちの手で生まれるかもしれない」


 ミリがわずかに眉をひそめ、セシリアは何も言わず耳を傾けていた。


「後の歴史家が、僕のことをどう記すかなんて分かってる。“信仰を恐れて宗教を弾圧した愚かな独裁者”――そう書かれるだろうさ」


 そして、ふたりの視線をまっすぐに受けながら、口を開いた。


「それでもいい。君たちを……この世界を守るためなら、どんな悪名も受け入れる」


 ユリウスの瞳が、セシリアを射抜く。


「……君の姉を、殺すつもりだ。ヴィオレッタは――放っておけば、また誰かが死ぬ。リィナのように、何もかもを犠牲にしてしまう者が、また……」


 セシリアはしばし黙ってから、静かに頷いた。


「……覚悟は、とうに決めているわ。ヴィオレッタは、姉であって、姉じゃない。でも、あの人を止められるのは、もう私じゃない。だから、お願い。……必ず、終わらせて」


 ミリもゆっくりと歩み寄り、無言でユリウスの肩に手を置いた。

 彼女の手は震えていたが、眼差しには強い意思が宿っていた。


 ユリウスはそっと二人を見て、微笑んだ。

 その微笑みに、哀しみと、静かな決意が滲んでいた。


 墓前に、風が吹いた。

 揺れる花、微かに鳴る噴水の水音――その中で、三人の影は、しばし動かなかった。


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