第165話 安価な武器
ヴァルトハイン城の執務室。重厚な扉を閉じた静けさの中で、ユリウスは分厚い予算帳を前に眉間を押さえていた。
「……どうしてこう、全部高いんだ……」
彼の視線の先には、サジタリウス、プレゴン、パワードスーツの配備コストが整然と並んでいる。
どれも国家の防衛には欠かせないが、それぞれが一台で村一つを建て直せるほどの予算を食う。
「ため息が深くなってきてるわよ、ユリウス」
背後から優しい声がした。セシリアが、湯気の立つカップを二つ持って入ってくる。
「ありがとう、助かる」
ユリウスは受け取ったカップを口に運びながら、素直に愚痴をこぼす。
「サジタリウスにしても、パワードスーツにしても、プレゴンにしても……維持費も含めて金がかかりすぎる。数を揃えるだけでも破産する勢いだ」
「パワードスーツは装甲と魔導駆動の相性が限界に近いもの。あれ以上の簡素化は難しいと思う。でも――」
セシリアは椅子に腰かけながら、書類を覗き込んだ。
「サジタリウスなら、簡素化できるかもしれない。魔導コイルの調整を極限まで落とせば、構造も単純にできるはずよ。連射は無理だけど、一発の威力なら保てる」
ユリウスは考え込むように頷いた。そして、ふと顔を上げる。
「……待てよ。そもそも“魔素で加速”させるって前提を捨ててみたら?」
「え?」
「爆発の圧力で弾頭を飛ばすんだ。魔素じゃなくて、火薬的なものを使って。構造も、魔導回路も簡略化できるし、量産も可能だ」
セシリアの目が一瞬驚きに見開かれ、すぐに知識と興奮の色が宿った。
「それって……アルケストラ帝国で使われていた“銃”ってやつ?」
「そう、前に資料で見た記録がある。古代の道具らしいが……魔導錬金術の力で火薬を生成できるなら、量産兵器にできるかもしれない」
現代の知識ではなく、アルケストラ帝国に似た物があったのは好都合であった。
ユリウスの説明を自然と受け入れるセシリア。
「小型化して、歩兵に持たせられるようにすれば……」
二人は同時に顔を見合わせた。
「……これなら、プレゴンやサジタリウスの代わりになり得るかも」
「やってみる価値はあるわね。火薬の安定化と、素材の強度、それと――暴発対策も」
ユリウスはほっと微笑みながら、カップを掲げた。
「セシリア、やっぱり君がいてくれて助かるよ」
「……そう言ってもらえると、嬉しいけど。喜んでる場合じゃないのよ、これから仕事増えるんだから」
にこやかに告げたセシリアの笑顔には、しかし確かな使命感が宿っていた。
そこからの開発は早かった。既に試作が終わって、試射となる。
試験場の空気には、焼けた金属と魔素の独特な匂いが漂っていた。
「じゃ、始めるわよ」
ミリが肩に担いだ試作銃は、12.7ミリの大口径弾を使う一本。
全長は短く、銃身の厚みと魔導符の補強が目立つ。
見た目のわりに重量はあり、彼女の小柄な体には少し大きすぎたが、構えに迷いはなかった。
後ろで見守るユリウスに、セシリアが説明を始める。
「今回の試作銃は、12.7ミリ弾を使う対装甲モデルよ。弾頭を撃ち出すのは、魔素変換炉で精製された《爆導素》。魔素を圧縮・固定化して、爆発圧力に変える素材ね」
ユリウスが頷くと、セシリアは続けた。
「サジタリウスの魔導砲は、魔素を錬金術で制御して加速させる。あれは、物理じゃなく“魔導錬金術”の成果。でも、こっちは違う。爆発の圧力で物理的に押し出す――純粋な技術兵器よ」
ユリウスは唸る。
「威力は?」
「105ミリのサジタリウスに比べればずっと低いけど、12.7ミリでも対人・対鎧なら十分よ。貫通力は、帝国軍の軽装騎士なら胸まで抜ける」
「それで十分だな」
標的は分厚い鉄板と、古い鎧をかぶせた模擬人形。ミリが銃を構えると、試験場の空気が緊張で張り詰めた。
「点火装置、動作確認。魔導炉圧……正常。撃つよ!」
彼女の指がトリガーを引いた。
「――発射!」
乾いた爆音が大地に響いた。銃口から閃光が走り、魔素の火花が尾を引いた弾頭が、一直線に標的を撃ち抜く。
金属音と衝撃波。鉄板に空いた穴の先には、人形の胸部がえぐれ、砕けていた。
「命中確認! 貫通成功!」
「やったぁ!」
ミリが跳ねるように笑った。セシリアは頷きながら、メモを取っている。
「反動制御も問題なし。射撃姿勢にさえ慣れれば、量産可能ね」
「これが歩兵に配備されれば……従来の剣や弓とは桁違いの力になる」
ユリウスはつぶやくように言い、青空を見上げた。
「これが……魔導錬金術じゃない、新しい“力”か」
魔導錬金術ではなく、技術による破壊。戦場が変わる音が、静かに響いていた。




