第161話 07と08
平原にて両軍は、乾いた風の吹き抜ける平原で対峙していた。
中央に布陣するユリウス軍の旗が風にはためき、鋼鉄の巨体プレゴンが唸るようなエネルギー音を立てながら砲口を旋回させていた。
その後方には、金属光沢をまとったパワードスーツ部隊が整然と並ぶ。
漆黒と紅の装甲が陽光を反射し、まるで鋼の軍神のごとき威容を誇っていた。
対するルーデル軍は、広がる地平線の向こうに重厚な陣形を敷いていた。
精鋭の騎士たちがルーデルの使う鋼覇のスキルを受けて、魔素の波動が重ねられた盾を展開している。
「……始まるな」
ユリウスが小さく呟いた瞬間、前線が割れるように開かれた。
「撃て!」
砲兵隊長の号令とともに、プレゴンが咆哮のごとき轟音を響かせ、火焔と鉄の雨をルーデル軍へと放った。
榴弾が空を裂き、地面を爆ぜ、爆煙が陣形の一角を呑み込む。
直後、パワードスーツ部隊が突進を開始。
地を踏み鳴らし、鋼の巨人たちが如く敵陣に斬り込んでいく。
「これが……ユリウス様の軍。魔導兵器と戦術の融合……」
リルケットが見惚れたように呟いた。
かつて帝国軍に属していた彼ですら、その完成された陣形と連携に息を呑んだ。
「見事な連携ね。まるで稽古のよう」
セシリアは皮肉気に笑いつつも、その瞳は真剣に戦況を見つめていた。
一方で、ルーデルは鋼覇の盾を展開し、全軍に防御を指示。
猛烈な砲撃と突撃をなんとか凌ぎつつも、その眉間には明らかな焦燥が刻まれていた。
「くそ……予想以上だ。だがまだ、崩れるな……!」
ルーデルの苦戦が続く。
戦場の潮目が明らかにユリウス軍に傾き、誰もがその勝利を確信しかけた、そのときだった。
「……行きなさい」
後方の丘の上、陣幕の中にいたヴィオレッタが、静かに命じた。
彼女の傍らには、メイド服を纏った少女が立っていた。
ヘカテー。
その金髪は陽光を浴びて燦然と輝き、氷のような双眸は、戦場の中心を真っ直ぐに見据えていた。
「了解。対象:ヴァルトハイン軍。目標:破壊」
無機質な声音が空気を震わせる。
やがて、白銀の魔力がその背に展開され、少女は軽やかに地を蹴った。
戦場へと、災厄が放たれる――。
前線通信の報告が悲鳴に変わる。
無音で迫る銀の閃光――それが、ARTEMIS08《ヘカテー》だった。
その機体は黒銀に輝く細身のシルエットをしており、まるで舞うような動きで次々とパワードスーツ兵を切り伏せていく。
打ち込まれるはずの弾丸は届かず、迫る槍は空を裂くだけ。銃撃も、火砲も、彼女には通じない。
「このままでは全滅します! リィナさん!」
呼びかけに応じ、前線の上空から舞い降りた黒髪三つ編みの少女――ARTEMIS07《リィナ》は、鋭く戦場を見据えた。
そしてその視線の先、銀色の戦乙女が歩を止める。奇妙なことに、敵性反応は攻撃を止め、リィナへとゆっくりと顔を向けた。
「おまえは……何者?」
リィナの問いに、銀の戦乙女は音もなく口を開く。
「ARTEMIS08。コア識別名……起動認証、完了済み」
一瞬、リィナの瞳が揺れた。
「――後継機種……」
彼女の中で、どこか懐かしく、それでいて明確に敵対するべき存在が確立される。
「識別完了。敵性個体、ARTEMIS08。排除対象として認定。……迎撃を開始します」
リィナの両脚に内蔵された加速魔導回路が唸りを上げ、一瞬で距離を詰める。
彼女の拳がヘカテーの頭部に迫るが――その一撃は、届かなかった。




