第16話 嫉妬の炎で抜ける床
柔らかな日差しが差し込む工房の中。焼きたてのパンの甘い香りが満ちる空間で、セシリアはふとユリウスの横顔を見つめた。
「本当に……あなたって、すごいのね。パンだけじゃない。工房も、精錬炉も、全部あなたのスキルで」
素直な賛辞に、ユリウスは少し目を伏せて、困ったように笑った。
「すごいかどうかは分からないけど……僕は、誰かの役に立つものを作りたかっただけなんだ。生まれ持ったスキルが〈工場〉なら、それで誰かの暮らしを少しでも良くできたらって」
言葉に熱はなかったが、嘘のない思いがそこにはあった。
ミリはその声に、思わず手に持っていたパンを止めた。
“誰か”の役に立つ。
それはきっと、目の前にいるセシリアのことも含まれている。わかってる。でも――。
「……ちょっと、奥見てくる。道具の棚、なんか気になってたから」
ミリは無理やり笑ってそう言い、二人のそばを離れる。心の中にふと差し込んだ小さな棘。それを自分でも持て余して、ただその場から少し遠ざかりたかった。
奥の壁際に積まれた道具の棚に向かって歩き出す。視線を落とし、棚の横を通り抜けようとしたその時――
ぐしゃっ。
「うわっ!?」
不意に床板が大きく軋み、ミリの足元が崩れた。
「ミリ!?」
ユリウスとセシリアが慌てて駆け寄る。埃と木くずが舞い上がる中、ミリは何とか片手で棚の端をつかんで、ずり落ちずに済んでいた。
「いってぇ……な、なんだこれ……床の下、空洞になってるぞ?」
セシリアが小さな光球を灯して、穴の中を照らす。
「……階段……? 地下通路?」
覗き込むと、そこには確かに、砦の奥深くへと続く、石造りの階段が広がっていた。
「こんなとこ、地図にはなかったぞ……兄貴、これって――」
「……うん。もしかすると……遺跡かもしれない」
三人は見つめ合い、息を呑む。
その瞬間、荒野に秘められた謎が、静かに姿を現した。




