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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第156話 吟遊詩人リィナ

 城の一室。淡い魔灯の光が揺れる静かな空間で、重苦しい空気が支配していた。

 部屋にはユリウス、アーベント、リルケット、そして警備部の幹部たちが並んでいた。リィナを狙った旧律派の刺客が侵入し、殺害されるという事件の直後である。


「──以上が、侵入経路の想定と、夜間警備の配置の不備であります」


 警備部長の報告が終わったところで、誰もがユリウスの言葉を待った。しかし、ユリウスはしばし沈黙し、静かに立ち上がった。


「……責任の所在を問えば、確かにお前たちの落ち度だ。だが、それを咎めても、リィナが襲われたという事実は変わらない」


 幹部たちは顔を伏せた。


「警備体制は、行政改革に伴って見直したばかりだった。全体の連携が未熟だったのは、構造の問題でもある。ならば、責任は僕にもある」


 そう言って、ユリウスは周囲を見渡す。


「だからこそ、これを教訓に、徹底して体制を再構築しよう。そのほうが、結果として再発防止につながる。必要なのは罰ではなく、改善だ」


 その言葉に、警備部の幹部たちは深く頭を下げた。

 そこに、冷ややかな視線を向けていたアーベントが一歩進み出る。


「……寛容すぎるのでは? 『統治』には例示が必要です。処分なしでは、士気に影響が出る可能性もある」


「それも理解している。けれど、いまは新体制の転換期だ。断罪より、信頼を育てるほうが重要だと思っている。もし今後同様の事態があれば、そのときは容赦なく責任を取ってもらうさ」


 ユリウスの目は揺らがなかった。アーベントは小さくうなずき、それ以上は何も言わなかった。

 そして、ユリウスは手元の小鐘を鳴らす。

 しばらくして現れたのは、黒衣をまとったシャドウウィーバの長──〈影番〉だった。顔を隠したその男は、無言でユリウスの前に跪く。


「……調べてほしい。刺客が旧律派と判明した。やつらの動き、関係者、背後の意図、すべてだ。隠された火種があるのなら、先に見つけて潰す」


 低く、しかし揺るぎない声音だった。


「リィナが標的にされたのは偶然ではない。何かが起きつつある。対処するには、まず敵を知らねばならないからな」


 〈影番〉は一礼し、音もなく姿を消した。

 静寂が戻る。

 ユリウスは誰にでもなくつぶやいた。


「僕たちは、知らぬ間に戦場に立っているのだな。常在戦場か……」


 ノルデンシュタイン砦の頃に戻りたいと思うユリウスであった。


 その日の夕暮れ、砦の中庭では、今日の騒動を終えた面々がくつろいでいた。

 風に乗って、何やら朗々とした声が響いてくる。


「──そのとき! 絶体絶命の乙女の前に、颯爽と現れしは、世界を変えし鋼の君主……」


「また始まったわね」


 と、セシリアがため息混じりに呟く。


「はいはい、兄貴のことだろ……」


 とミリも呆れ顔。

 その中心では、黒髪をたなびかせ、即席のマイク(工具箱)を握るリィナがポーズを決めていた。


「ユリウス様ぁぁぁ……その輝く工場スキルで、空を裂き、大地を穿ち──眠れる乙女を救い給うたぁあ!」


 セシリアとミリの視線が、ぬるりとユリウスに向かう。

 冷たいというより、温度のない、ジト目である。


「……僕が言わせてるわけじゃないからね?」


 ユリウスは冷や汗をかきながら、必死に弁明し、苦笑い。


「リィナ。あんたそれ、日誌に残すつもりじゃないよな?」


 と、ミリが顔をしかめると、


「もちろんです! この一件は後世に語り継がれるべき英雄譚……」


「記録係の義務です!」


 と、満面の笑みで親指を立てるリィナ。


「……やっぱ、ガス効かなかったの、壊れてたんじゃなくて、頭の中身の問題だったのかもね」


「同感」


 と、セシリアとミリがそろってぼそり。

 その横で、ユリウスはただ、苦笑いをしていた。


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