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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第153話 旧律派シルヴァーナ

 暗がりに包まれた礼拝堂の奥。古代様式の大理石に囲まれたその祭壇には、天使の彫像ではなく、仮面を被った枢機卿が座していた。


「……シルヴァーナ」


 声は静かでありながら、空間の空気を重く染め上げるほどの威圧を伴っていた。


「――参りました」


 黒衣に身を包んだシルヴァーナが跪く。銀糸のような髪が揺れ、感情のない灰色の瞳が、仮面の男を見上げることなく床を見つめている。


「ヴァルトハインに、“聖遺物”が現れた」


 その言葉に、シルヴァーナの指先が微かに震えた。


「……生きて……いるのですか」


「生きている。かのアルケストラの末裔か、それに準ずる古代技術によってな。しかも……自由意志を持つ、完全自律型だと聞く」


 シルヴァーナの呼吸が、ほんのわずかに乱れた。


「――では、それはまさしく、神の娘……」


「そうだ。汚れた手に落ちた聖遺物を、このまま放置することは教義に反する」


「……ご命令を」


「回収しろ」


 ベルンハルトは手をかざすと、祭壇の脇に置かれた古い箱がゆっくりと開いた。

 中には、複雑な機構を内包した銀の小瓶と、黒い刻印が刻まれた金属製の杖が納められている。


「マグヌス・スモーク――アルケストラ帝国時代に“神体”を鎮めるため用いられた神気霧しんきむだ」


「……お借りします」


「忘れるな、シルヴァーナ。あれは回収するのであって、破壊してはならぬ。決して」


「承知しております。神の娘に傷など、恐れ多くて……」


 彼女はうっとりとした顔で銀の瓶を胸に抱くと、淡く微笑んだ――まるで、それが恋人から贈られた指輪であるかのように。


「それと」


 ベルンハルトは仮面の奥で、笑った気配を放った。


「“魂の穢れ”は慎重に削ぎ落とせ。穢れを纏っているなら、洗い落とすまでだ。人格も記憶も……必要ならばな」


「――はい」


 シルヴァーナは静かに立ち上がり、銀の瓶と杖を風呂敷のような布に丁寧に包むと、背に背負った。


「私が、その娘を正しい御座へと導きます」


「頼んだぞ、巡礼の刃よ。聖遺物に、正しき帰属を与えるのだ」


 音もなく扉が閉まる。

 シルヴァーナの足音は礼拝堂から消え、代わりに不穏な空気が、聖域を満たしていた。


 シルヴァーナ――旧律派の異端なる刺客。 彼女はヴァルトハインの公都に来ていた。

 かつてアルケストラ帝国の神権体制のもとで栄えた〈旧律〉――神と技術の調和を掲げる教義に基づき、生体錬金術やゴーレム技術を神聖視する集団は、帝国の崩壊と共に地下へ潜った。


 現代ではすでに異端視され、帝国の新秩序においては禁忌とされた彼ら。だが、信仰は地下でなお息づいていた。

 そして今、彼らは再び〈神造兵器〉を手中に収め、世界の再構築を目論んでいる。


 ――その象徴が、〈リィナ〉だった。


 「生きていた……奇跡が、現実に……」


 かつての帝国が誇った神造兵器。その姿がヴァルトハインの砦で目撃されたと聞いた時、彼女は歓喜のあまり震えた。


 シルヴァーナは黒い外套を翻し、斜面に伏せる。眼下には整然とした街区と、幾つかの警備哨が見える。

 鋭い眼差しが砦の構造を読み取る。


 「この規模……本当に、“あのスキル”で築かれたのか……。異端の技術。けれど、〈彼女〉がいるなら、すべて許される」


 懐から取り出したのは、細長い水晶の筒。帝国遺跡から回収された“ガス”を密閉したものだ。生体ゴーレムの中枢機能を一時的に停止させる――かつて旧律派が制御用に開発していたもの。


 「あなたを……あの穢れた者どもから解放してみせます。どうか、私のもとへ……」


 その声音は、崇拝を通り越して、ほのかな陶酔すら滲ませていた。


 月明かりの下、シルヴァーナは音もなく城壁を乗り越え、ヴァルトハイン城の外縁部へと侵入する。

 彼女の気配に、近くの見張り兵が一瞬眉をひそめたが――気のせいかと首を振り、視線を戻す。


 すでに、銀の影は闇に紛れていた。


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