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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第150話 コンバイン完成

 ユリウスはミリと一緒にコンバインの試作機に向かい合っていた。

 ミリはスパナ片手に、分解中のエンジン部品に顔を突っ込んでいた。


「兄貴、ここの軸受け、やっぱり焼き付いてる。合金の混ぜ方に改良の余地ありだな!」


「ふむ、製造時の魔素流入が不均一だったかもしれない。試作型にはよくあることだよ」


 ユリウスが隣にしゃがみ込み、ミリの手から部品を受け取る。


 その瞬間――


「ユリウス様」


 いつの間にか後ろに立っていたリィナが、厳かに告げた。


「現在、ミリ様の体表から放出されている発汗臭の濃度は、通常比およそ三二〇パーセント。ユリウス様が不快感を覚える確率、計算完了――七五・三%です」


「お、おい!? なんでそんな計算すんのさ!?」


 ミリが顔を真っ赤にして叫んだ。


「不快にさせたなら、すぐシャワー浴びてくるっ!」


 慌てて立ち上がろうとするミリを、ユリウスが笑って引き止める。


「待って、ミリ。気にならないよ。汗のにおいなんて、君が頑張ってる証だ」


「ぶ……ぶふっ……うあぁああああ、恥ずかしっ!!」


 ミリの耳まで真っ赤に染まり、ぼふっと湯気が立ち上るような勢いでうずくまる。

 そこにリィナが冷静に追い打ちをかけた。


「なお、ユリウス様が“気にならない”と返答する確率、想定範囲内でした。ミリ様の好感度ポイント、+12です。おめでとうございます」


「ちょっとリィナぁぁぁ! 空気読もうよっ!」


 工具箱を手に追いかけるミリから逃げるように、リィナは華麗にスキップしながら距離を取る。

 その様子を、ユリウスは苦笑しながら見守っていた。


 こうしてコンバインは完成した。

 幹部一同が見守る中、乾いたエンジン音が、実験農地に響いた。

 完成した試作型コンバインが、金属の車体を揺らしながら畑の中をゆっくりと進む。

 その後ろには、刈り取られた麦が美しい筋を描いて倒れていた。


 視察に集まった幹部たちは、麦が自動で刈られていく様に言葉を失っていた。


「すごいわね……!」


 そう呟いたのはセシリアだった。目を輝かせ、唇に笑みを浮かべて、ユリウスの隣に立つ。

 一方、アーベントは腕を組み、眉ひとつ動かさずにコンバインを見つめていた。


「……確かに、手刈りより数十倍の速さで処理しているようだな」


 淡々と、しかし明確にその価値を認めた。


「ふふん。やっぱりあなたも認めざるを得ないみたいね」


 セシリアが勝ち誇ったように彼を見やる。


「数字でしか判断しない性分だ。情緒的な賛美は不要だ」


 アーベントは無表情のまま返す。

 そのやりとりを聞きながら、ユリウスは苦笑した。


「セシリアも、アーベントも……少しは仲良くしてくれよ」


「仲良くしてるじゃない」


「そうだな。論争を避けるほど無関心ではない」


 二人の返答が重なり、ユリウスはますます困ったような笑みを浮かべた。


「ともかく、これで労働力の大半を農業に取られる状態は脱せる。次は、魔素駆動型の量産だ」


「魔素バッテリーの安定供給ルートの確保が課題ですね」


 アーベントがすかさず課題を口にする。


「そのあたりは、次の課題だね」


 ユリウスが視線を空に向けた。。


 一方、試作機のコンバインが称賛を浴びると、リィナはピクリと反応した。


「……あれが新兵器、コンバイン……」


 その目は、かつて敵機を補足した魔導兵器と同じ光を放っていた。


「ユリウス様、私も……私もあれに勝負を挑みます!」


 リィナはずんずんと前に出て、腰の刃を抜くでもなく、なぜか麦畑に仁王立ちになった。


「勝負? 何の?」


 とセシリア。


「収穫速度です。刈り取りなら私の方が……っ!」


「いや、でもあれ脱穀までやるぞ」とミリが苦笑する。


「ならば、刈り取りのスピードだけで勝負です!」


 リィナは魔素回路を全開。スカートがふわりと揺れるが、例によって中は見えない謎仕様。

 そして始まる、女ゴーレム vs コンバインの収穫勝負。

 リィナの両手が煌めき、麦が次々と根元から刈られていく。スピードだけなら圧倒的。だが──


「問題はこのあとだな」と呟くアーベント。


 コンバインは収穫した麦を内部で脱穀・分別しながら、すいすいと進んでいく。一方、リィナは……


「……脱穀、どうしよう?」


 刈った麦を両腕に抱えたまま、立ち尽くしていた。


「ユリウス様、脱穀機を……どこに……」


「いや、そんな機能ないよね?」


 とユリウスが目をぱちくり。


「……うぅ……敗北です……」


 リィナはしょんぼりと肩を落とし、麦束に埋もれるようにその場にしゃがみこんだ。


「何やってんだか……」


 と呆れながらも、ミリはリィナの頭を優しく撫でた。


「次は、脱穀機能を内蔵する改造をしましょう」


 とセシリアが慰めると、リィナは涙目で立ち上がり、拳を握る。


「はいっ、次は勝ちますっ!」


 ユリウスは何やっているんだか、と苦笑した。



――アーベント視点――


 無表情を崩さず、アーベントは試作機の動作を見つめていた。

 コンバインは広大な麦畑を滑るように進み、刈り取りから脱穀、袋詰めまでを一台でこなしている。その効率は、これまでの手作業とは比較にならないほどだった。


「……悪くない。いや、予想以上だな」


 ぽつりと小さく口にしたが、それは誰に向けられたものでもなかった。

 心の中では、冷静な計算が静かに進んでいた。


 ――これほどの機械が実用化されれば、農作業に従事していた人口の一部を、行政や技術職、治安維持など他の部門へ再配置することも現実的になる。

 人手不足に悩まされていた各組織にも、やがて余力が生まれるだろう。

 とりわけユリウス様。貴族の思いつきや理想論ではなく、ここまで具体的に結果を示してきた人物は稀有だった。


 「……さすがだ、閣下」


 声に出すことはない。ただ静かに、心の中でそう呟いた。

 その隣で、誇らしげに胸を張るセシリアと、汗だくのミリが笑い合っている。

 秘書のように立つリィナは、機械の稼働状況を魔素ホログラムで分析している最中だった。


 ――この一団。計算以上の働きを見せるやもしれぬ。


 アーベントの瞳に、一瞬だけかすかな光が宿った。


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