第150話 コンバイン完成
ユリウスはミリと一緒にコンバインの試作機に向かい合っていた。
ミリはスパナ片手に、分解中のエンジン部品に顔を突っ込んでいた。
「兄貴、ここの軸受け、やっぱり焼き付いてる。合金の混ぜ方に改良の余地ありだな!」
「ふむ、製造時の魔素流入が不均一だったかもしれない。試作型にはよくあることだよ」
ユリウスが隣にしゃがみ込み、ミリの手から部品を受け取る。
その瞬間――
「ユリウス様」
いつの間にか後ろに立っていたリィナが、厳かに告げた。
「現在、ミリ様の体表から放出されている発汗臭の濃度は、通常比およそ三二〇パーセント。ユリウス様が不快感を覚える確率、計算完了――七五・三%です」
「お、おい!? なんでそんな計算すんのさ!?」
ミリが顔を真っ赤にして叫んだ。
「不快にさせたなら、すぐシャワー浴びてくるっ!」
慌てて立ち上がろうとするミリを、ユリウスが笑って引き止める。
「待って、ミリ。気にならないよ。汗のにおいなんて、君が頑張ってる証だ」
「ぶ……ぶふっ……うあぁああああ、恥ずかしっ!!」
ミリの耳まで真っ赤に染まり、ぼふっと湯気が立ち上るような勢いでうずくまる。
そこにリィナが冷静に追い打ちをかけた。
「なお、ユリウス様が“気にならない”と返答する確率、想定範囲内でした。ミリ様の好感度ポイント、+12です。おめでとうございます」
「ちょっとリィナぁぁぁ! 空気読もうよっ!」
工具箱を手に追いかけるミリから逃げるように、リィナは華麗にスキップしながら距離を取る。
その様子を、ユリウスは苦笑しながら見守っていた。
こうしてコンバインは完成した。
幹部一同が見守る中、乾いたエンジン音が、実験農地に響いた。
完成した試作型コンバインが、金属の車体を揺らしながら畑の中をゆっくりと進む。
その後ろには、刈り取られた麦が美しい筋を描いて倒れていた。
視察に集まった幹部たちは、麦が自動で刈られていく様に言葉を失っていた。
「すごいわね……!」
そう呟いたのはセシリアだった。目を輝かせ、唇に笑みを浮かべて、ユリウスの隣に立つ。
一方、アーベントは腕を組み、眉ひとつ動かさずにコンバインを見つめていた。
「……確かに、手刈りより数十倍の速さで処理しているようだな」
淡々と、しかし明確にその価値を認めた。
「ふふん。やっぱりあなたも認めざるを得ないみたいね」
セシリアが勝ち誇ったように彼を見やる。
「数字でしか判断しない性分だ。情緒的な賛美は不要だ」
アーベントは無表情のまま返す。
そのやりとりを聞きながら、ユリウスは苦笑した。
「セシリアも、アーベントも……少しは仲良くしてくれよ」
「仲良くしてるじゃない」
「そうだな。論争を避けるほど無関心ではない」
二人の返答が重なり、ユリウスはますます困ったような笑みを浮かべた。
「ともかく、これで労働力の大半を農業に取られる状態は脱せる。次は、魔素駆動型の量産だ」
「魔素バッテリーの安定供給ルートの確保が課題ですね」
アーベントがすかさず課題を口にする。
「そのあたりは、次の課題だね」
ユリウスが視線を空に向けた。。
一方、試作機のコンバインが称賛を浴びると、リィナはピクリと反応した。
「……あれが新兵器、コンバイン……」
その目は、かつて敵機を補足した魔導兵器と同じ光を放っていた。
「ユリウス様、私も……私もあれに勝負を挑みます!」
リィナはずんずんと前に出て、腰の刃を抜くでもなく、なぜか麦畑に仁王立ちになった。
「勝負? 何の?」
とセシリア。
「収穫速度です。刈り取りなら私の方が……っ!」
「いや、でもあれ脱穀までやるぞ」とミリが苦笑する。
「ならば、刈り取りのスピードだけで勝負です!」
リィナは魔素回路を全開。スカートがふわりと揺れるが、例によって中は見えない謎仕様。
そして始まる、女ゴーレム vs コンバインの収穫勝負。
リィナの両手が煌めき、麦が次々と根元から刈られていく。スピードだけなら圧倒的。だが──
「問題はこのあとだな」と呟くアーベント。
コンバインは収穫した麦を内部で脱穀・分別しながら、すいすいと進んでいく。一方、リィナは……
「……脱穀、どうしよう?」
刈った麦を両腕に抱えたまま、立ち尽くしていた。
「ユリウス様、脱穀機を……どこに……」
「いや、そんな機能ないよね?」
とユリウスが目をぱちくり。
「……うぅ……敗北です……」
リィナはしょんぼりと肩を落とし、麦束に埋もれるようにその場にしゃがみこんだ。
「何やってんだか……」
と呆れながらも、ミリはリィナの頭を優しく撫でた。
「次は、脱穀機能を内蔵する改造をしましょう」
とセシリアが慰めると、リィナは涙目で立ち上がり、拳を握る。
「はいっ、次は勝ちますっ!」
ユリウスは何やっているんだか、と苦笑した。
――アーベント視点――
無表情を崩さず、アーベントは試作機の動作を見つめていた。
コンバインは広大な麦畑を滑るように進み、刈り取りから脱穀、袋詰めまでを一台でこなしている。その効率は、これまでの手作業とは比較にならないほどだった。
「……悪くない。いや、予想以上だな」
ぽつりと小さく口にしたが、それは誰に向けられたものでもなかった。
心の中では、冷静な計算が静かに進んでいた。
――これほどの機械が実用化されれば、農作業に従事していた人口の一部を、行政や技術職、治安維持など他の部門へ再配置することも現実的になる。
人手不足に悩まされていた各組織にも、やがて余力が生まれるだろう。
とりわけユリウス様。貴族の思いつきや理想論ではなく、ここまで具体的に結果を示してきた人物は稀有だった。
「……さすがだ、閣下」
声に出すことはない。ただ静かに、心の中でそう呟いた。
その隣で、誇らしげに胸を張るセシリアと、汗だくのミリが笑い合っている。
秘書のように立つリィナは、機械の稼働状況を魔素ホログラムで分析している最中だった。
――この一団。計算以上の働きを見せるやもしれぬ。
アーベントの瞳に、一瞬だけかすかな光が宿った。




