第15話 美味しいパン
扉を開けると、ふんわりと温かな空気と甘く香ばしい匂いが三人を包み込んだ。
「……兄貴……この匂い、なんか幸せな気分になるな……」
ミリが鼻をくすぐる香りに目を細め、真っ先に工房の中へと足を踏み入れる。
そこには、焼きたてのパンが棚にずらりと並び、石窯からはまだ湯気が立ち上っていた。作業台の上には丸められた生地、すぐそばには小麦粉や塩、こね棒などの道具が整然と並んでいる。
「……すごい……見た目も香りも完璧。まるで職人の手仕事みたい」
セシリアが呆然と呟き、焼き上がったパンに手を伸ばす。ユリウスもそっと一つ取ってちぎってみると、内側はふわふわで柔らかく、指で押せばゆっくりと戻る弾力があった。
ミリがかぶりついて、目を見開く。
「な、なにこれ!? 柔らかいし甘みもあるし、これがパンか!? パンってもっと歯が折れそうなもんじゃなかったのか!?」
セシリアも恐る恐る一口食べて、瞳をきらりと輝かせる。
「ん……! しっとりしてて、噛むたびに小麦の香りが広がる……これ、王都の菓子より美味しいわよ!?」
ユリウスはどこか気まずそうに笑った。
「……まあ、僕のスキルで作った工房だからね。色々と、工夫はしたつもりだよ」
「それで済まされるレベルじゃないでしょ、これ!」
セシリアがパンを抱えながら詰め寄り、ミリは夢中でもぐもぐしながらも何度もうなずいている。
工房の片隅には、まだ焼かれていないパン生地が休んでおり、ふっくらと発酵していた。そこに漂う香りと、こもれ日で温まった木の壁と石窯のぬくもり――
「兄貴、これ……砦の飯、全部このパンでいい!」
「僕は……反対しないよ」
そんな冗談めいた会話の中、三人は木の椅子に腰を下ろし、それぞれのパンを頬張る。
荒野の真ん中で生まれた、小さな奇跡の味に。




