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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第147話 東部からの移民

 ヴァルトハインの南門には、今日も長い列ができていた。

 列の中には、老いたエルフの夫婦、獣人の母子、肩に荷を担ぐリザードマン、角を隠すようにフードを被った魔族の少女――さまざまな亜人の姿があった。

 門をくぐる直前、幼いケモ耳の少女が不安そうに母親に尋ねた。


「……ほんとに、追い返されたりしないの?」


 母親はその小さな手をぎゅっと握り返し、優しく微笑んだ。


「大丈夫よ。この国は、どんな種族も受け入れてくれるって……お父さんが言ってたもの」


 そして、彼らの前に現れた門兵――獣人の若者は、笑顔でこう言った。


「ようこそヴァルトハインへ。手続きはこちらでどうぞ。お困りごとはありますか?」


 その瞬間、列のあちこちで驚きと安堵が混ざったような息が漏れた。


「人間の兵士が……笑ってる……?」


「本当に……受け入れられたんだ」


 城下町ではすでに居住区が種族ごとに整備され始め、仕事や学びの場も用意されていた。工房では、ドワーフの大工と人間の技術者が並んで図面を見下ろしながら語り合っている。


「へぇ、こっちは風通しがいいな。お前ら人間、こういうの得意だな!」


「力仕事なら君たちにかなわないけどな。助かるよ」


 笑い合う声。そこにあるのは、かつて夢でしかなかった光景だった。


 一方、東部――。


 干上がりかけた灌漑水路の脇で、血相を変えた領主が叫んだ。


「また逃げた!? エルフの書記も、鍛冶屋のリザードもか!? あの奴ら、どこへ消えた!」


 側近が慌てて耳打ちする。


「……皆、ヴァルトハインへ向かったようです。“どんな種族も歓迎する”と噂が……」


「ふざけるな、そんな理想が長続きするものか!」


 しかし、畑は耕されず、収穫は止まり、修理されるはずの農具は山積みのまま。

 文字を教えていたエルフの教師を失った孤児院では、子どもたちが泥だらけで遊んでいた。

 一人の老人がつぶやくように語った。


「……技術も知恵も、力も、すべては奴らの上に成り立っていたのか……」


 そのとき、街角の広場で旅の吟遊詩人が語った言葉が、風に乗って流れた。


「東の空に、新しき国があると聞く。

 人の子とドワーフの王族が、肩を並べて笑い合うという。

 かつてアルケストラがそうであったように、種族に隔てなき技術の国――。

 あれこそ、我らが夢見た未来だ」


 遠ざかる歌声に、誰もが思った。


――支配と搾取で築いた国は、もう終わりだ、と。



――――


 夕刻、薄暮が街を包み始めた頃。ユリウスはフードを深く被り、身軽な旅装に身を包んでいた。

 隣にはミリとセシリア、そして街案内をかって出たリィナの姿があった。


「この格好なら、さすがにバレねえよな……?」


 ミリがそわそわと袖を引きながらたずねる。


「問題ないと思うよ。……念のため、ミリの金剛の印は隠しておいてくれ」


 ユリウスが冗談めかして囁くと、ミリは顔を真っ赤にして黙り込んだ。


「どうしてもそれをネタにするんですね……」


 セシリアが肩をすくめる。リィナは無邪気に笑っていた。

 彼らが歩いたのは、移民区画と旧住民区画が隣接する地帯。建設中の簡易住宅、露天商の喧騒、子どもたちの笑い声――。思っていたより、街は活気に満ちていた。


「思ったより、混乱してないわね」


 セシリアがつぶやく。ユリウスも頷いた。


「住む場所と仕事を準備しておいたのが効いたか。……けど、油断はできない。どこかに軋みが出ていないか確かめたい」


 そのとき、路地裏から怒声が響いた。


「チッ、またお前ら亜人か! 俺たちの工区まで入り込んできやがって!」


 ユリウスたちが駆け寄ると、そこでは人間の若者が、獣耳の少女を怒鳴りつけていた。だが、周囲の大人たち――人間も亜人も――がすぐに間に入り、若者をたしなめる。


「おい、やめろ。あの子たちは配属を間違えただけだ」


「それに、この街はもう、みんなで作ってくんだろ?」


 若者は不満げに唇を噛んだが、しぶしぶ去っていく。

 ユリウスは、ほっと息をついた。


「……多少の軋轢はあっても、抑える声がある。それが希望だな」


「うん。兄貴がやってること、ちゃんと伝わってるよ」


 ミリが微笑む。


「でも、油断しないでくださいね。こういう小さな火種が、やがて大きな火に……」


 セシリアの言葉に、ユリウスはうなずく。


「だからこそ、今のうちに見ておきたかった。……ありがとう。付き合ってくれて」


「お礼は今夜の夕食をおごってもらうことで十分です」


 と、リィナが満面の笑顔で言った。


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