第146話 ゴルトヴァルク王家復活
城の中庭に設けられた特設の壇上に、王族の装いをまとったミリが立っていた。
純白のドレスは陽光を受けてやわらかに輝き、肩から胸元にかけて繊細なレースがあしらわれている。
ドワーフの技術で磨き抜かれた金属細工のティアラがその額に輝き、首元には種族の象徴である〈金剛石の涙〉を中央に据えたネックレスが揺れていた。
彼女がこの国の未来を担う者――王族の末裔であることを、誰もが一目で理解できる威厳と美しさだった。
壇の隣には、正装に身を包んだユリウスが立ち、ゆっくりと前に出る。
「本日、我がヴァルトハイン公爵家は――ミリ・ゴルトヴァルクとの婚約を発表する」
ゴルトヴァルクはかつて存在したドワーフの王家の名である。
ざわつく聴衆。人間、エルフ、ドワーフ、獣人、様々な種族が見守る中、ユリウスの声が高らかに響く。
「かつて帝国は、多くの種族を差別し、排斥してきた。しかし、これからの僕の目指す国は違う。我々は、人間も、ドワーフも、獣人も、すべての種族が共に未来を築ける国を目指す!」
その言葉に、中庭の空気が変わった。驚き、戸惑い、しかし……希望を宿したまなざしが、壇上に注がれる。
ミリはそっとユリウスの腕に手を添えた。彼女の瞳には、誇りと覚悟が宿っていた。
「私は、ドワーフの王族の末裔として――この誓いを受け入れます。私たちは、血や種の違いを越えて、手を取り合うことができる。ユリウスと共に、その証となりましょう」
ユリウスは一歩近づき、ミリの前に膝をついた。
「あなたを、誰よりも尊敬し、愛しています。人の子として、そして、この国を導く者として――ミリ、あなたに永遠の愛を誓います」
そのまま、彼はそっと立ち上がり、ミリの手を取り、唇を重ねた。
歓声が、中庭を包んだ。
獣人の子が歓声を上げ、老いたエルフが涙をぬぐい、ドワーフたちは肩を震わせて拳を天に突き上げた。
人も、亜人も、ここにいたすべての者が、その瞬間、確かに同じ未来を見ていた。
【ミリの視点】
――まさか、自分がこんな姿になる日が来るなんて。
純白のドレスに身を包み、ティアラとネックレスがきらめく。大勢の視線がこちらに注がれる中で、ミリは今にも逃げ出したい気持ちを必死に押さえていた。
でも、隣にいる兄貴――ユリウスが、そっと手を握ってくれる。
「ミリ。君を、生涯かけて守る」
その言葉とともに、優しい口づけが額に落ちた瞬間、胸の奥が熱くなって、涙がこぼれそうになる。
ドワーフの王族の末裔として、人間との婚約。昔なら、考えられなかった。
――けど、今は違う。これは始まりだ。亜人と人間が共に生きる国の、第一歩なんだ。
【セシリアの視点】
ミリの姿は、まるで昔話の中の王女だった。
理想の象徴として、人々の前に立ち、ユリウスの愛を受けて誓いを交わすその様子を見て、胸の奥がちくりと痛んだ。
(結婚式じゃない。ただの婚約発表――でも、気づけば、私は何をしているのだろう)
誰よりもユリウスの理想を信じていた。支えてきた自負もある。
けれど、隣に立つ資格があるのは、あの少女だったのだ。
――それでも、私は背を向けない。この国の未来のために、彼の隣で戦う。
そう誓って、唇を引き結んだ。
【リィナの視点】
「感情の高まり……人間で言うと"感動"というものですね」
そんな感情を胸の中で分析しながら、記録魔導具のレンズを回していた。
ティアラの角度、ドレスの裾の動き、ユリウス様の指の角度――完璧に保存する。
ふと、隣にいた貴族の女性が涙をぬぐっているのを見て、首を傾げる。
「この程度で泣くとは、非効率……いえ、情緒的には有意義、ですね」
だけど――
(ミリ様、おめでとうございます)
胸の中の小さな“コア”が、ほんのりと温かくなった。
【亜人たちの視点】
会場の後方に控える亜人の群れ。エルフ、ドワーフ、獣人。今まで隠れて生きてきた者たち。
――でも、今日は違った。
壇上に立つミリの姿。それは希望の象徴だった。
「ドワーフの王族が……人間の指導者と婚約を」
「まさか、こんな日が……」
誰かが言った。
「これは夢じゃない」
と。
その日、彼らは初めて、誇りを持って顔を上げた。
【人間たちの視点】
貴族や平民たちが見守る中、一部はざわめき、一部は静かに驚いていた。
「ドワーフと婚約? しかも王族?」
「でも、公爵が選んだんだ。逆らえるわけない」
けれど、ユリウスの毅然とした言葉と、ミリの気高い姿に、次第に口を閉じていく。
――強い者が選んだ道。それが未来を作る。
人間たちもまた、気づいていた。
変わらねばならない時代が、今始まったのだと。
――――
式が終わり、着飾った衣装から普段着に着替えた四人は、城の談話室で束の間の休息を楽しんでいた。
リィナは湯気の立つポットを持ち、お茶を慎重に注いでいる。室内にはゆったりとした時間が流れていた。
「……兄貴」
ミリがぽつりと口にする。照れ臭そうに、しかしどこか誇らしげな声だった。
その言葉に、セシリアが柔らかく笑う。
「もう婚約したんだから、名前で呼んでみたら? ミリ」
「え、な、名前で……?」
顔を真っ赤に染めたミリは、ちらりとユリウスを見る。ユリウスは優しく微笑みながら、軽く頷いた。
ミリは息を吸い込み、思い切って挑戦する。
「ゆ、ゆ……ゆり……っ」
そこまで言ったところで、顔が真っ赤になり、両手で顔を覆ってしまった。
「む、むりだよぉぉぉ!」
叫んでソファにうずくまるミリの背中に、リィナがお盆を手に近づいてくる。
「王族の義務として、閨の記録をきちんと取らねばならないのに、それしきのことでどうしますか、ミリ様」
さらりと放たれた一言に、ミリはピクリと肩を震わせた。
「な、なにその記録係ってぇぇぇぇ!!」
ミリは顔から湯気を立てそうな勢いでオーバーヒートし、そのままテーブルに突っ伏す。
「――お茶が冷めますよ」
そう言って、リィナは涼しい顔でカップを配り始めた。




