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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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142/213

第142話 ヴィオレッタの影

 帝国東部、アーデルハイト侯領。

 そこは本来、文化と学問の中心地として知られていたはずだった。

 だが、最近では異様な思想が貴族や官僚の間で囁かれている。


《混沌こそが再生を生む》

《血は血で贖われねばならぬ》

《法も秩序も、塵に還せ》


その奇怪な思想の根源に、ひとりの女の影があった。


──ヴィオレッタ。


「……アーデルハイト侯爵、彼はヴィオレッタと通じているのか」


 ヴァルトハイン城の書斎で報告を受けたユリウスは、地図の上に駒を置いた。

 それはアーデルハイト侯領、帝国の東部に位置する知の都を指していた。


「シャドウウィーバからの報告だ。彼の地に“混沌”を口にする人々が流れ込んでいる。奴らの背後にヴィオレッタがいると見て、間違いない」


 リィナが静かに頷き、


「危ない人……ですね」


 とつぶやいた。


「次は東だ。放っておけばヴィオレッタの力が増す。だから、アーデルハイトを討つ」


 ユリウスは決意を口にする。

 それは、新たな戦いの始まりを告げる一言でもあった。

 そして、さらに数日後、ヴィオレッタの足取りを掴んだとの報告がある。

 ユリウスが書類に目を通していたところに、シャドウウィーバの一員が静かに姿を現した。黒ずくめの衣服に身を包んだ影は、礼を取ってから報告する。


「アーデルハイト侯爵領内、マールブルクの旧修道院跡地にて、ヴィオレッタの一行と見られる痕跡を確認しました。複数の召使い風の足取り、馬車の轍。旧律派関係者とも接触した形跡あり」


 その名を聞いた瞬間、セシリアの体がわずかに強張った。彼女は視線を伏せ、唇をきゅっと噛みしめる。

 それを見たユリウスは、無意識にペンを置き、彼女の方へと歩み寄った。


「……辛いのなら、無理はしなくていい。彼女と対峙するのは、君にとってただの政敵との戦いとは違うだろう?」


 セシリアは目を伏せたまま、そっと首を横に振る。


「覚悟は、ずっと前に決めてあるわ。でも……やっぱり、まだ心が追いつかないだけ……。あの人は……お姉様なのだから」


 ユリウスは彼女の傍らに立ち、何も言わずにそっと手を添える。セシリアが自分を保つために噛んだ唇から、わずかに血がにじんでいた。

 沈黙のなかに、戦いの足音が迫っていた。


 報告を聞いたセシリアは、静かにうつむいていた顔を上げ、口を開いた。


「……それにしても、旧律派とはね」


 彼女の言葉に、場に緊張が走る。


「旧律派?」


 とミリが眉をひそめる。

 答えたのはリルケットだった。


「旧律派教団。“正統神義会”とも呼ばれ、かつて帝国中枢にまで影響を及ぼしていた組織です。人間こそが神に選ばれた唯一の種族とし、他の種族や人工的な生命体、魔導的存在を排除しようとしていました」


「……つまり、人間至上主義の教団ね」とセシリアが言った。


「はい。しかし、過激思想と腐敗により、二十年前に教義対立の末に解体されました。表向きには、ですが」


 リルケットの語調には、確信と警戒が混じっていた。

 セシリアが静かに目を細める。


「彼らが今、再び動いている……しかも、ヴィオレッタと関係を持っているとなれば、ただの復古ではすまないわ」


 リィナが小さく息を飲む。


「何を……しようとしているんですか?」


 リルケットは、ふと口をつぐんだ。


「……古代の遺跡を探しているようです。帝国が禁じたはずの、アルケストラ時代の遺産を。どこまで本気かは不明ですが、彼らの“理想”の再現に必要なものらしい」


 曖昧な答えではあったが、そこにはどこかしら含みがあった。


 セシリアは少しだけ視線を逸らすようにして言う。


「いずれにせよ、放置はできないわね。東部の混乱が彼らの活動を許しているのなら……私たちが秩序を取り戻さなければ」


 ユリウスは頷いたが、その視線の先――リィナは、どこか遠くを見るような目をしていた。


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