第140話 失言
儀式の喧騒が過ぎ去った午後。ヴァルトハイン城の応接室では、ユリウスが肩を揉まれながら深くため息をついていた。
「ふぅ……リルケットにはもう書簡の手配を任せてあるよ。南部の貴族たちがどちらを選ぶか、見ものだね」
彼の背後では、リィナが淡々とした手付きで肩を揉んでいた。
「ユリウス様、肩の筋が固まっています。無理はなさらないでください」
「ありがと、リィナ……ほんと、君の手は魔法だね」
ユリウスが軽口をたたくと、リィナは無表情ながらもほんの少しだけ目を細めた。
ソファに腰掛けていたミリが、湯飲みに口をつけながら黙って二人の様子を見ていた。その目はどこか落ち着かず、何かを言いかけては飲み込んでいるようだった。
それに気づいたユリウスが、ふと問いかけた。
「ねぇ、ミリ」
「ん?」
「セシリアのこと、どう思ってる?」
ミリの手がぴたりと止まり、湯飲みがわずかに揺れた。
「……どう、って?」
「君、時々セシリアのことを避けてるように見えるからさ。前より話さなくなったし」
ミリは視線を逸らし、膝の上で指を組んだまま、しばらく黙り込んでいた。
やがて、ぽつりと口を開く。
「……あたし、ドワーフの王族の末裔なんだ」
ユリウスは、ぽかんとした表情でミリを見つめていた。
「……ドワーフの、王族?」
ミリは居心地悪そうに頷く。だが、それ以上に困惑しているのはユリウスだった。
「待ってくれ……グランツァール帝国がドワーフの国を滅ぼしたのは、僕も知ってる。ということは……セシリアの……いや、帝国の血を引く彼女を、君は……ずっと……」
自分の言葉が喉で詰まる。ミリがユリウスと共にいてくれたこと、セシリアを避けていた理由。全てが一本の線で繋がった気がして、ユリウスは心の奥底が痛んだ。
そんな彼に、ミリは慌てて手を振った。
「ち、違う! あの子に……セシリアには、話したことがある。昔、砦を出ていこうとしてたときに、あたし、思わず言っちまって……」
ユリウスは目を見開いた。
「……セシリアは、それを知っていた?」
「詳しくは言ってない。でも、あの子は気づいてた。あたしが何者か……そして、何に縛られてるかってことも」
ミリは肩を落とし、吐き出すように続けた。
「あたしがセシリアを避けてたのは、きっとあんたが思ってるのとはちがう。あたしたちは帝国を再建しようとしてる。でも、それを公にするってことは……帝国を滅ぼされた側の同胞にはどう説明するのかって思ってた。人間以外を平等に扱うなんて言ってしまえば、支持を失うかもしれない。でも、言わなきゃ、あたしたちの存在は否定される」
ユリウスは黙って耳を傾ける。
「今日、セシリアのやつが……あの継承の儀式で、帝国を変えるってはっきり言っただろ。あれで、あたし、わかんなくなったんだよ……ほんとに、これでいいのかって」
彼女の瞳は揺れていた。
ユリウスが視線を巡らせると、セシリアが静かにうなずいていた。何も言わず、ただその銀の瞳で肯定を伝える。
ユリウスは小さく息を吐き、ミリの方へと向き直った。
「ミリ。……もし君が、ドワーフのための国を作りたいというのなら、僕はそれを支援する。無理にここに縛るつもりもない」
ミリの肩が震えたかと思うと、彼女は目を潤ませながら俯き、ぽつりとつぶやいた。
「……ばか」
それきり何も言わず、ミリはその場を飛び出していった。
走り去る小さな背中を見送るユリウスに、セシリアが呆れたように一言。
「最悪」
続けて、背後からはリィナの平坦な声。
「百点満点中、二点です。減点理由は、空気の読めなさと配慮の欠如」
「ちょっと待って、僕そんなにひどいこと言ったか……?」
ユリウスが額を押さえたその横で、セシリアとリィナは、あきらめたように肩をすくめていた。
「早く追いかけて。それで、ミリを一生手放さないって言ってあげて」
セシリアに言われてユリウスは慌ててミリを追いかけ、掴まえて抱きしめる。
ユリウスは、ミリを抱きしめたまま、静かに語りかけた。
「……僕は、君が言ったことを重く受け止めるよ。人間だけの国にするつもりはない。むしろ、これから築くのは、人間もドワーフも、他のどんな種族も――力ある者が正当に報われる国だ」
ミリはその言葉に目を見開いた。
「本当、に……?」
「もちろん。君がドワーフの王族だったことも、誇りにしてほしい。これからの僕の戦いに、誇りある種族として協力してもらいたい。ずっと隣にいて欲しい」
ミリが唇を震わせる。
「……兄貴、ずるいよ……そんなふうに言われたら……」
「それに――」
ユリウスはふと視線を上げた。
「ヴィオレッタを追う。混沌を広めようとする彼女の動きを封じるために、これから情報機関を立ち上げる。名は《影織》」
ミリが目を細める。
「名前、カッコイイね」
「適性を見て、人間に限らず各種族から選ぶ。戦うだけが戦争じゃない。知恵もまた、力になる」
ミリは小さく笑った。
「そっちにリィナをスカウトしないでよね?」
「いや、きっとリィナはもう応募済みだと思う。採用しないけどね」
「えっ」
二人が顔を見合わせ、くすりと笑い合う。
その音は、吹き抜ける風の中で、穏やかに溶けていった。




