第14話 パン工場
「――というわけで、魔素パンは……うん、ちょっと固すぎたね」
パンとは思えない質感の塊を手に、ユリウスは苦笑する。ミリはそれを床に叩きつけ、鈍い音を響かせた。
「これ、投げたら狼くらい倒せるだろ……兄貴、あたしの歯が死ぬとこだったぞ」
「すまない。焼き方の問題かな……?」
セシリアは腕を組み、眉をひそめていた。
「魔素の流量が安定してなかったのもあるけど、そもそもパンの作り方を理解してる?」
「パン屋さんに修行に行ったことは……ないね」
「……やっぱり」
そんなやりとりのなか、ユリウスはふと思い立ち、空を見上げながら呟いた。
「やっぱり【工場】でパン作ろう。ちゃんとしたやつ」
「またでっかいの出すのか?」
「いや、今回は小さめに調整するよ。場所も……砦の中じゃなくて、少し外れた場所にしよう」
そう言って、三人は砦の外へと足を向けた。
だが、門を抜けてすぐ――
「……なに、あれ」
セシリアの足が止まる。その視線の先、砦の影から顔をのぞかせるように、巨大な構造物がそびえていた。金属と石の塔――いや、要塞めいた高炉だった。
「えっ? ああ、あれは僕が最初に試したやつだよ」
ユリウスがさらりと言うと、セシリアは勢いよく振り向く。
「“試した”って、あれ一つで小国家の設備よ!? あなた、本当に何者……」
「工場スキル持ちだけど……制御難しいんだよね」
「難しいとかのレベルじゃ――!」
セシリアはこめかみを押さえながら、ユリウスを睨んだ。
「本当に、スキルの使い方には自覚を持って……はぁ……」
「う、うん……反省してる……」
そんな空気のなか、三人はやや開けた場所――荒野と砦の境の草地にたどり着く。
「ここなら……大丈夫かな。よし、いくよ」
ユリウスはそっと目を閉じ、地面に手をかざす。
「【工場】、パン工房・小型型式……構築開始」
風が吹き、魔素が揺らめく。光の輪が広がり、中世風のパン工房が徐々にその姿を現していった。
レンガ造りの壁、木製の看板。石窯、ミル、作業台……どれも自然で、暖かみのある作りだ。
「うぉ……兄貴、今度はちゃんと“工房”って感じだな」
「うん、今回はサイズ抑えたからね」
セシリアは呆れたような、でも少し感心したような笑みを浮かべた。
「まったく……とんでもないスキルを持った人に会ってしまったわね」
その鼻先に、ふわりとパンの香りが漂った。まだ試作の途中だが、今度は――期待できそうだった。




