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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第137話 決着とお願い

 ヴァルトハイン城前の戦場に、ひときわ異様な存在が現れた。

 それは、黒鉄のごとく重厚な鎧を身にまとった騎士――雷帝ライナルトその人だった。

 漆黒の甲冑に包まれたその姿は、帝国の象徴であった金の意匠すら排し、ただ威圧と殺意の塊と化している。

 その背後には誰もおらず、ただ一人、戦場の中心へと馬を進める。


 そして、ライナルトは叫んだ。


「ユリウス・フォン・ヴァルトハイン! お前が兄を名乗るその口、戦場の泥に沈めてやる! 一騎討ちだ、出てこい!」


 場に静寂が広がった。


 本陣――ユリウスたちの陣幕の中に、呼び声が響き渡る。

 だが、セシリアがすぐに首を振った。


「だめよ、ユリウス。あれは罠かもしれない!」


「そうだ兄貴、ここまで来て一人で行くなんて――!」


 ミリも食ってかかるように叫ぶ。

 リィナは黙っていたが、表情は明らかに「反対」だった。

 それでも、ユリウスは微笑んで彼女たちを見回した。


「ありがとう、みんな。でもね……僕は、一年前の僕とは違うんだ」


 彼は、背後に据えられた一機の機体――新生『アテナ』を見上げた。


 魔導鋼――いや、魔素鋼によって強化され、衝撃吸収機構も新たに組み込まれたその姿は、戦場の女神の名に恥じない美しさと威厳をたたえていた。


「君たちが作ってくれたアテナなら、僕を最後まで連れて行ってくれる。……そう信じてるんだ。それに、これが一番被害が少なくて済む。ライナルトの陣営の兵士にも家族や恋人がいるだろ。勝った後でその人たちに恨まれたままっていうのも困るじゃない」


 セシリアは唇を噛んだ。

 ミリは俯き、拳を握りしめた。

 どこまでもユリウスらしい考えだったので、止められなかったのだ。


 リィナだけが、一歩前に出て頭を下げた。


「……ご武運を、ユリウス様」


「うん、行ってくるよ」


 そしてユリウスは、彼女たちのもとを去り、アテナのコクピットへと乗り込んだ。

 かつての弟、今は敵となった雷帝との最後の戦いに、終止符を打つために。


 雷鳴のような轟音のあと、黒き鎧をまとったライナルトと、黄金の魔導鎧アテナを纏ったユリウスが対峙していた。

 その瞬間を境に、周囲の兵たちは戦いを止め、遠巻きに二人の闘いを見守る。

 ライナルトの眼には、憎悪と焦燥、そしてかすかな迷いがあった。


「俺から……すべてを奪った兄貴が、最後にはこんな姿で現れるとはな」


 雷光を纏った剣がうなりを上げ、アテナの盾が閃光を弾く。

 盾――それはアイギス。かつてユリ ウスがミリとセシリア、リィナとともに作り上げた防御回路の結晶だった。


「奪ったつもりはないよ、ライナルト」


 ユリウスの声は静かだった。

 そして、雷撃が効かないことはわかっているのに、なんの対策もなしに出てきた弟に失望していた。

 アドバイスをする人材がいなくなってしまったのか。それとも自棄になったのか。

 ライナルトの後ろに見える兵器を使えば、もう少し違った展開があったかもしれない。

 それを使わずに、雷帝のスキルのみで向かってくる弟には、かつてユリウスが期待したような何かは無くなっていた。


「僕たちは、ただ……別の道を歩んだだけだ」


 次の瞬間、雷槍がアテナの装甲を貫かんと突き刺さるも、機動ブーストで跳躍したアテナが回避し、反撃の槍――魔素鋼で鍛えられた蒼槍が、正面からライナルトの胸を貫いた。

 あっけない決着と、わずかに生まれるユリウスの後悔。

 ライナルトを止めなければ多くの人が不幸になると覚悟を決めたが、いざ実際にその体を槍で貫いてみれば、パワードスーツから伝わるはずのない感触が伝わってきた。


 黒き鎧が砕け、地に崩れ落ちる雷帝。

 その顔は、かつての少年のように穏やかだった。


 黒き兜が外れ、血を流す弟が、苦悶の中で笑った。


「……さすが……兄さんだ。やはり、お前は……ずっと……」


「もう話すな。治療を――」


 ユリウスがアテナを降りようとしたその手を、ライナルトの血にまみれた手がか細く止めた。


「いい……もう、いい。俺は……兄さんを憎んでいた」


 ユリウスは黙って膝をつき、地に伏した弟の傍に寄る。


「……お前が褒められるたびに……俺は……俺は……怖かったんだ。自分が……必要とされなくなるのが」


「そんなこと……」


「でも……違ったな。兄さんは……俺と違って、誰かのために戦える。だから……勝てたんだな……」


 ライナルトの視線がかすかに空を仰ぐ。

 吹きすさぶ風が、戦火の残り香を運び、空には薄雲が流れていた。


「……兄さん」


「なんだ」


「……頼む。エリザベートを……あいつと……俺の子を……」


 懇願するような声だった。かつての気高さも、苛烈さもない。そこにあったのはただ、家族への想いと、消えゆく命の中に残された最後の意志だけだった。

 ユリウスは、目を閉じてゆっくりと頷いた。


「……わかった」


 その言葉に、ライナルトは満足げに小さく息をつき――

 そしてそのまま、力を失っていった。


 ユリウスの手の中で、弟の体から温もりが消えていく。

 やがて沈黙が、戦場に降りた。


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