第135話 ヴィオレッタの支援
ヴァルトハイン城・執務室。
戦況図の上に重く肘をつき、ライナルトは苛立ちを押し殺していた。北のユリウス、南のフォルクシュタイン貴族連合――帝国は、彼にとってもはや牙を剥く獣と化していた。
いっそのこと、ユリウスと一時的にでも停戦に持ち込めれば、フォルクシュタイン貴族連合に集中できる。エリザベートにも顔が立つ。そんな考えが頭をよぎった。
実は今思いついたことではない。
以前にも思いつき、エリザベートの前で口にしたことがあった。
その時のエリザベートの顔が思い出される。
そんな時、扉が静かに開く。白銀の髪に深紅のドレス、柔らかくも不敵な笑みをたたえたヴィオレッタが入ってきた。
「来るなとは言っていないが……貴様のような者に暇を割く余裕はない」
「ふふ。だからこそ来たのよ、ライナルト。今のあなたには“余裕”こそが足りないのでしょう?」
ヴィオレッタは優雅に歩み寄り、机の上の地図に目を落とす。
「二正面作戦を強いられている今、あなたの戦力は明らかに過小。支援が必要だと思って来たの」
ライナルトは目を細めた。
「……つまり、貴様はこのままでは“俺が負ける”と見ているわけか?」
言葉の端に滲む怒気。空気が張り詰める。
だがヴィオレッタは微笑を崩さない。
「違うわ、ライナルト。あなたは“勝てる”の。ただし――わたしの助けがあれば、の話だけれど」
「貴様……!」
拳を机に叩きつけようとして、ライナルトは止めた。苛立ちに歯を食いしばる。
(……背に腹はかえられぬ)
軍資金も、兵も、魔導資材も、限界に近い。敗北の兆しは、冷静に見れば誰の目にも明らかだった。
「……いいだろう。貸しを作る気はない。だが支援は受ける」
「ええ。約束するわ。あなたの“邪魔”はしない。いずれ、あなたが“勝者”として玉座に立つ日が来るなら――その隣に、わたしがいるだけ」
「戯言はいい。さっさと動け。兵と物資を寄越せ」
「了解」
ヴィオレッタは一礼し、くるりと踵を返す。その背に、ライナルトは刺すような視線を送りながらも、声をかけることはなかった。
彼女が去った後、しばしの静寂。
「……兄貴にだけでなく、あの女にまで、見下されるとはな」
吐き捨てるように呟き、ライナルトは拳を固く握りしめた。
そして、後にエリザベートはこのヴィオレッタの申し出が、ライナルトの背中を押したことを知るのだった。




