第13話 魔素変換炉
ごうごうと風の吹く砦の一角。組み上がったばかりの精錬炉を見ながら、ユリウスが鉄鉱石のサンプルを手に取り、うーんと唸った。
「炉の温度を安定させるにはまだ足りないな……」
「兄貴の魔力で動かすには、ちょっとでかすぎるしな」
腕を組んだミリがうなずくと、傍らで砦の構造を見上げていたセシリアが、ふと口を開いた。
「ねえ、ユリウス。あなたの【工場】スキルって、魔素変換にも対応してる?」
「魔素変換……?」
ユリウスがきょとんとした顔で振り返ると、セシリアは少し嬉しそうに頷いた。
「ええ。私がいた錬金術協会では、こういう地方にある地脈の上で“魔素変換炉”を使って物資を生成する研究が進められていたの。理論は確立してるわ」
ミリが眉をひそめる。
「は? 魔素で鉄でも作るってのか? そいつは錬金術っていうより、まるで……神様の真似じゃねえか」
「確かに、そう見えるかもしれないわね。でも、あくまでこれは“自然の力を構造的に再編する”だけ。魔素っていうのは、万物の原型となるエネルギーなの」
そう言いながら、セシリアは地面に簡単な図を描いた。
「たとえば、この辺りの空気に漂う魔素を収集する。炉の内部で錬金式、つまり“どういう物質を再構築したいか”を定義する。あとは魔素がそれに従って、鉄鉱石やら、時にはパンにすら変わるのよ」
「パン!? それ本気で言ってんのか?」
「本気よ。ちゃんと小麦の分子構造、水分量、酵母の発酵プロセスまで式として組んでおけば、魔素がそれを“模倣”して形にする。材料が無くても、“情報”があれば錬成できるの」
「じゃあ、焼きたてのパンもできるってことかよ……!」
ミリの目が本気になった。
ユリウスは思わず苦笑する。
「……つまり、理論さえあれば、僕の〈工場〉スキルと組み合わせて、燃料を使わずに物質を生み出せる?」
「ええ。ただし条件がある。第一に、正確な錬金式。第二に、十分な魔素濃度。第三に、それを稼働させる構造炉。それが“魔素変換炉”」
セシリアはそう言って、まっすぐにユリウスを見た。
「あなたのスキルとこの土地の魔素濃度、そして私の知識があれば――
“魔導と鉄”の両方で、この砦を変えられるわ」
数秒の沈黙のあと。
「……兄貴、オレ、焼きたてパンが食いてえ」
ミリの一言に、三人の間に笑いが広がった。
しばらくして、石畳を敷き詰めた中庭に、奇妙な形の構造物が組み上がっていく。鋼と魔導回路の複合炉。かつて見たこともない設計だった。
「違うわ、ユリウス。その結晶体、もう少し角度を……そう、そこ。魔素の流れが偏らないようにね」
「なるほど、ここで魔素の収束を調整してるのか。セシリア、やっぱり君はすごいな」
ユリウスが感心したように笑うと、セシリアは照れたようにわずかにうつむいた。
「べ、別に……教本通りよ」
そんなふたりの様子を、少し離れたところで見ていたミリは、スパナを持ったままむすっと口をへの字に曲げた。
「……なーんか、仲えらく良いじゃねえか」
「ん? なんか言ったか?」
ユリウスが顔を上げると、ミリはあわてて視線を逸らして工具箱をいじりだした。
「べっつに。兄貴が誰といようが、あたしには関係ねえし?」
「変なミリだな。手伝ってくれよ、君が作った精錬炉の構造と互換取るために――」
「ふん。あたしは、あたしのやることをやるだけさ」
そう言って、背を向けたままのミリは自分でもよくわからないもやもやした気持ちを抱えていた。
兄貴と呼んで、肩を並べてきたあの人が、別の誰かと笑い合っている。それだけのことなのに、なんだか胸の奥がざらつく。
(なーに考えてんだ、あたし……。あんな地味顔魔導士に焼きもち? まさか、ねぇよな)
ミリは自分の頬が熱くなっていることに気づき、ぶんぶんと頭を振った。
気づいていない。
自分がユリウスを“好き”だなんて、まったく。




