表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

129/213

第129話 たどり着いた先

 夜明け前の空は、まだ群青に沈んでいた。

 グロッセンベルグの城門の前、煤けた技官服に身を包んだ男たちが膝をついていた。

 泥にまみれ、顔は疲労に覆われ、希望とも絶望ともつかない目で、彼らは城を見上げていた。


「……たどり着いた、か」


 先頭にいた初老の技術者が呟く。擦り傷だらけの手が、震えていた。

 ヴァルトハイン城からここまで、命がけの逃避行だった。


 警戒する門兵たちが対応に出てきたのと同時に、彼らは声を張り上げた。


「我らは、ヴァルトハインの城から脱出してきた技官たちです! ライナルト閣下の命令に背き……ここへ……!」


 その言葉に城内は一時緊張したが、すぐに伝令が走る。

 やがて、包帯を巻いた腕を下げながら一人の青年が姿を現した。


 ユリウス・フォン・ヴァルトハイン。


 白銀の朝もやを背に立つその姿に、技官たちは言葉を失う。


「……来てくれてありがとう」


 その優しい声に、初老の技術者は思わず膝をついた。


「私たちは……限界でした。根拠もない兵器の設計を強いられ、失敗すれば罰があり……命すら惜しまれない……。だが、あなたなら……!」


 ユリウスは歩み寄ると、一人ひとりに目を合わせた。すると、その背後から、ミリが不機嫌そうに現れる。


「アンタたち、頭の中にライナルトの機密情報をぎっしり詰め込んでるんだろ? 本当に信用していいのか?」


 技官たちがたじろぎ、沈黙が走る。だがユリウスは穏やかに笑った。


「信用は……これから築くもの。ミリ、まずは彼らを使ってみてくれ。君の部下として、技術班に組み込んでくれないか?」


「……はぁ? 私の部下に?」


「技術者の目は確かだろう? もし本当に信頼できないなら、そのときは別の対応を考えよう。だが、僕は――彼らにまだ、技術者としての誇りが残っていると信じてる」


 ミリはしばし睨んだままだったが、やがて舌打ちを一つして背を向けた。


「……せいぜい後悔しないことね、兄貴」


 それでも彼女が去る前に、


「明日から材料庫で顔を見せな」


 と技官たちに声をかけたのを、ユリウスは見逃さなかった。

 ユリウスは技官たちに向き直る。


「さあ、中へ。温かい湯と食事を――それから、僕たちのやり方で、未来の話をしよう」


 門が音を立てて開かれる。それは、追われてきた者たちにとって、新しい朝の始まりだった。


 逃亡してきた技官たちもやっと職場の人たちの名前を覚えたころ。

 グロッセンベルグの工房街。昼の鐘が鳴る頃、グレゴールは娘の手を引きながら、通路の隅に立ち止まった。

 白い湯気の立つパン屋の前で、娘がほかほかの丸パンを頬張っている。


「ミリお姉ちゃんのパン、今日も美味しいね」


「……あれはパン職人ではなく、鍛冶師だがな」


 思わず苦笑する。最初は煤だらけで恐ろしい印象しかなかったミリだが、今では娘はすっかり懐いていた。

 ここに来て、まだ十日と経っていない。だが、その短い日々は、ライナルトのもとでの一年にも勝る安らぎに満ちていた。

 昼休憩の終わり際、工房へ戻る途中、グレゴールは思い切ってミリに声をかけた。


「ミリ殿……少し、お時間をいただけますか」


「おう、なんだ? 溶接のことで文句か?」


「いえ、そうではありません。ただ――感謝を、伝えたくて」


 ミリは一瞬目を見張ったが、すぐに照れたようにそっぽを向いた。


「礼を言うのはまだ早いぞ。あたしは鬼の工房長なんだからな」


「それでも……言わせてください」


 グレゴールは深く頭を下げた。娘も、ミリをまっすぐ見つめていた。


「我々は、もとはヴァルトハイン閣下――ライナルト様の下で兵器開発をしておりました。ですが、構想も素材もないうちから結果を迫られ、できなければ“処分”される。その繰り返しでした」


 声を震わせながら、グレゴールは続けた。


「正直、最初にユリウス様を見たときは、息が止まるかと思いました。同じ顔、同じ声……けれど、態度も、眼差しも、まるで別人だった」


 その言葉に、ミリの表情が少し和らぐ。


「ユリウス様は、我々を“人”として見てくださった。あなたも、そうだ。働けば三度の食事があり、子どもにも優しい。それだけで……生きてていいのだと思える」


 娘がそっとミリに向かって微笑む。


「ミリお姉ちゃん、いつもありがとう!」


「……な、なんだよ、いきなり」


 ミリは少し顔を赤くしながらも、無言で小さく手を振った。

 工房の窓から差し込む午後の日差しが、鉄と油の匂いを穏やかに照らしていた。


「我々はもう、恐怖のためにではなく――希望のために働きたい。そう思わせてくれたことに、心から感謝します」


 周囲で聞いていた工員や家族も、それぞれに深く頷き、静かに拍手を送っていた。


 ――恐怖で統べる者と、信頼で導く者。

 同じ顔、同じ声でも、心が違えば、世界はこれほどまでに変わるのだと、彼らは今、実感していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ