第126話 ゴーレムは見た
夜の静寂に包まれた城壁の上。
星の光と、わずかな灯火だけが辺りを照らしている。
――ユリウスはミリの膝の上で、すぅすぅと寝息を立てていた。
ミリは顔を赤くしたまま、膝に頭を乗せるユリウスの髪をそっと撫でていたが――
「……こんなところで寝ていたら、風邪をひきますよ」
突然、背後から聞こえた声にミリの肩が跳ねた。
振り向くと、そこには毛布を抱えたリィナが立っていた。
「ユリウス様には、こちらを」
リィナはそっとユリウスの体に毛布をかけてやる。
「そして、ミリさんにもどうぞ」
ミリの膝の上に、もう一枚の毛布が手渡される。
「え? あ、ありがと……って――」
しばしの沈黙ののち。
「なんでここにーっ!? いつからいたーっ!?」
ミリは真っ赤な顔で叫んだ。
リィナは、いつもの無表情な顔で答える。
「ミリさんが泣いて走り出したのを追いました」
「えっ、追跡!? あたし、気づいてなかったけど!?いなかったよね?」
「はい。足音と体温反応から位置を予測しました。ユリウス様が探しておられたので、ここをお伝えしました」
「は、はぁぁ!? ちょ、ちょっと待って、え、じゃあこの流れ全部……」
リィナはこくりと頷いた。
「ええ。私は狼が出ないか、ずっとここで見張っていました」
「どんな見張り方だよおおおおお!!」
ミリは絶叫し、毛布で頭を覆った。
その横で、リィナは淡々とした口調で続ける。
「今のは“本物の狼”の話ですが――」
「いらんこと言うなぁぁぁ!」
ミリは目を剥いてリィナを睨みつける。
「見張ってたって……全部見てたのか!? あれも、これも、その、最後の……っ」
顔を真っ赤にしたミリが、両手で顔を覆う。リィナはにこにこと、どこまでも無垢な笑顔を浮かべたまま答える。
「安心してください。月明かりだけでは、キスの回数までは判別できませんでした」
「そこ!? そこ気にするとこじゃないでしょおおおおおおっ!」
思いきり叫んで地団駄を踏むミリ。その横で、膝枕されていたユリウスは寝返りをうって「ん……魔素供給ラインは……強化しないと……」と寝言をつぶやいた。
「……こっちはこんなに悶々としてるってのに、あんたは夢の中でも工場かい」
呆れ顔になったミリだったが、やがてくすっと笑い、寝ているユリウスの額にそっと手を当てる。
「……ふふ、馬鹿兄貴。夢の中でもあたしを差し置いて工場かよ」
リィナがくるりと踵を返す。
「では私は戻ります。狼の見張りは終わったようですし、お邪魔虫は消えますね。あ、毛布は回収しておいてくださいね」
そこでミリは現実に引き戻される。
「待てやああああ! この、万能ゴーレムめ!」
ミリの絶叫が、静かなグロッセンベルグの夜空に響き渡った。




