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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第124話 外交

 グロッセンベルグ政庁の応接間は、戦後の緊張がまだ漂っていた。

 荒野にいたユリウスから奪取されたこの地で、ユリウスは傷の癒えぬ体を押して椅子に腰掛けている。

 彼の右腕には包帯が巻かれ、左の脇腹にも包帯の下からうっすらと血の染みが滲んでいた。それでも、その瞳に宿る意志は揺らがない。


 扉が開き、年の頃四十ほどの壮年の男が姿を見せた。深緑の外套を羽織り、鋭い目と丁寧な動作でユリウスの前に進み出る。


「フォルクシュタイン貴族連合より参りました。外交顧問カスパール・リーヴェンベルクです」


 ユリウスはゆっくりと立ち上がろうとするが、痛みで顔をしかめた。それを見たセシリアが素早く支える。


「無理はしないでください。座ったままで十分です」


「……ありがとう、セシリア。カスパール殿、お越しくださり感謝します」


 ユリウスは椅子に座ったまま、カスパールと握手を交わした。細く長い指先は冷たく、それでいて強かった。


「閣下がこのグロッセンベルグを奪取し、雷帝の攻撃を退けたとの報せ――連合の諸侯たちも驚きをもって迎えました」


「まだ決着はついていません。……ただ、民を守るという意志が、少しだけ形になっただけです」


 ユリウスはリルケットから手渡された文書を差し出す。


「こちらが軍事同盟の草案です。我々は、ヴァルトハイン公爵の専横に対抗する意思を共有する仲間を求めています」


 カスパールは書面に目を通す。ページをめくる指先が止まるたび、彼の眉がほんのわずかに動いた。


「軍の指揮系統、兵站支援、領地の再分配案まで……なるほど、誠実な提案ですな。とくに“民の安全を最優先とする”条文――これが、貴方らしい」


 彼は文書を静かに伏せ、しばし沈黙した後、真っ直ぐユリウスの目を見た。


「ただ、一つだけお聞きしたい。貴方は帝国をどうしたいのです? 崩れゆく現体制に、再建の価値を見出されますか?」


 ユリウスは黙して答えた。痛みを堪え、ゆっくりと口を開く。


「帝国という形に縛られる気はありません。僕が求めているのは、民が笑って暮らせる国です。……それが新しい形の帝国だとしても、僕は構わない」


 カスパールは微笑むと、手を差し伸べた。


「それで十分です。我らも同じ未来を望んでいます。――では、軍事同盟を結びましょう」


 二人の手が再び握られた瞬間、応接間にいた全員が息を呑んだ。

 傷ついた青年の手が、帝国の未来を動かし始めたのだった。



――グロッセンベルグ・砦裏の格納庫。

 フォルクシュタイン貴族連合の外交官が帰った後、ユリウスはここに来ていた。

 魔導ランタンの明かりが、半分ほど解体されたアテナの機体を照らしていた。コックピット周辺の装甲は外され、内部構造がむき出しになっている。


「よくまあ、ここまで動いたもんだね……」


 ミリが呆れたように言いながら、アテナの機体に触れる。その手元には、微かに淡い光を帯びた銀灰色のバネがあった。


「衝撃、だいぶ残ったんでしょう?」


「……腰と肋骨にヒビ。セシリアに治してもらったけど、まだ動くと痛むな」


 軽口を叩くユリウスに、ミリは小さくため息をついた。


「次は本気で対策するよ。こいつを使ってね」


 そう言って掲げたのは、《魔素鋼スプリング》。高い弾性と、魔素を通すことで性質が変化する特殊合金だった。


「こいつで初撃を吸収。そのあとに使うのが――」


 ミリがもう片手で示したのは、濃紺のゴムのような素材だった。


「《魔導ラバー》。魔素の振動に応じて変形するから、揺れや跳ね返りも最小限。金属のバネよりずっとソフトな乗り心地になるよ」


「ルーン刻んであるんですね」


 リィナがその表面をなぞると、光の線が浮かび上がる。


「衝撃吸収と方向制御のルーンを重ねてる。まあ、わたしにしては上出来かな」


「さらに……魔導回路も加える。セシリア抜きでも最低限の反応を得るための供給装置を搭載する」


 ユリウスが端末を開きながら言った。


「名前は《ヴィスコリア》だったか。衝撃を熱に変えて逃がすやつだ」


「でも、それは冷却が間に合わなければ危ないよ。次の戦闘までの間に回復できなかったら……」


 ミリが眉をひそめるが、ユリウスは首を振る。


「分かってる。それでも……やらなきゃいけない」


「――なら、最後の手段も準備しとく。重力制御の補助場を出すやつ」


 リィナが小型の装置を持ち上げる。


「局所的な重力緩和フィールド。長時間稼働はできませんが、負荷軽減にはなるはずです」


 三人の視線が一点に集まる。――アテナのコックピットフレーム。


「もう二度と、あんな無茶はさせない。だけど……生き残るために必要なら、全力で作る」


 ユリウスは拳を握りしめた。

 ミリも、リィナも黙ってうなずいた。

 整備用の結晶ランタンの光が、アテナの胸部に刻まれた紋章を浮かび上がらせていた。


 アテナは、再び戦場に立つ。そのための準備は、静かに、だが確かに進んでいた――。


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