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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第122話 抜け駆けの恩返し

 夜の静寂を切り裂いて、不時着の衝撃が地面を震わせた。土煙の中、セシリアが尻もちをつく。


「い、今のは……着地失敗? なんで飛ばなかったの……?」


「これが限界です」


 冷静に答えたリィナは、背負っていた飛行ユニットの噴射口を指差す。


「飛行ユニットは魔素の消費が激しく、最大稼働でも90秒が精いっぱい。もう空は飛べません」


「えっ、じゃあ……ここからどうするの?」


「走って逃げます」


 即答だった。

 セシリアが呆然とした表情を浮かべる間もなく、リィナは彼女を軽々とお姫様抱っこした。


「え、ちょっと、待って、降ろしてリィナ! 歩けるわよ私!」


「歩かれると遅くなります。敵が来ます」


「うぐっ……合理的だけど納得いかない……」


 草むらをかき分け進みながら、リィナはふと腰のポーチから何かを取り出す。

 それは、以前セシリアがグロッセンベルグに呼び出されたとき、ユリウスの身代わりに使った、例の変装道具一式だった。


「ここで使います」


「……まさか、今?」


 パチン、と手慣れた動作でリィナは変装を完了。

 セシリアの腕の中には、妙に凛々しくなったユリウス(中身:リィナ)が現れた。


「どうですか、セシリア様。満足でしょう?」


「いや、その顔でお姫様抱っこされてるの、地味に恥ずかしいんだけど!」


「ならば、表情をユリウス様の微笑に設定しましょうか?」


「やめてえぇぇぇぇぇっ!!!」


 そして二人は、笑いと汗と逃走劇の真っ最中、グロッセンベルグの南に広がる夜の平原を駆け出した。



 まだ朝靄の立ちこめる野戦陣地。その一角に、リィナに抱えられたセシリアが帰還した。

 見張りが声を上げ、寝静まっていたはずの兵たちが騒然とする。

 真っ先に走ってきたのはミリだった。息を切らしながらセシリアに駆け寄ると、言葉より先にその肩を抱きしめる。


「……一人で死のうとするな、この馬鹿!」


 ミリの声は怒りと涙が混ざっていた。


「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」


 セシリアも肩を震わせながら、しっかりとミリの腕を握り返す。


「私、どうしても……みんなを逃がす時間を稼がなきゃって……」


「稼げたけど、稼がせた分、こっちは冷や汗だったよ! ユリウスなんて、あんたのこと聞いた瞬間に起き上がって、戦うって言ってさ……」


 ミリはセシリアの手を引き、医療テントを指さす。


「自分の身体ボロボロなのに、リィナに肩借りてアテナの整備してたんだよ。あんたを助けるために」


「えっ、でも……雷帝の雷を……どうやって耐えたの?」


 セシリアが問い返すと、ミリは少しだけ鼻を鳴らして答えた。


「魔導アルマイトって素材で、パワードスーツに“アイギスの盾”って背中の盾を作ったの。絶縁処理された金属で、雷撃を防ぐためのものよ」


「じゃあ……」


「でも、今回のは不完全だったから、雷撃を受けて“アイギスの盾”は破損。でも、アテナ本体は無傷。ユリウスも、ギリギリで生きて帰ってきた。……バカみたいでしょ?」


「……ううん。すごい、すごすぎる」


 セシリアはぎゅっと胸元で手を握りしめた。


「私も……次は、ちゃんと守りたい。みんなを」


「その意気だよ。あんたが笑ってなきゃ、ユリウスも報われない」


 ミリはそう言って、涙ぐむセシリアの背をぽんと叩いた。

 そこでセシリアははっとなり、ユリウスの容態を尋ねた。


「ユリウスは……?」


「先に帰ってきたよ。アテナでの無理が祟って、ベッドで寝てる。少し熱もあるけど、命に別状はないって。みんなで行くと起こしちゃうから、一人で行ってきな」


 ミリは少し怒ったような、しかし安堵を隠しきれない声で答えた。セシリアは黙ってうなずき、まっすぐユリウスの元へと向かった。

 ユリウスは白い布団の中、穏やかな顔で眠っていた。

 顔色はまだ青白いが、呼吸は落ち着いており、容態は安定しているようだった。

 セシリアはそっとベッドの傍らに腰を下ろし、傷の様子を魔法で探る。


「ごめんなさい……私のせいで……」


 小さく呟きながら、セシリアは回復の魔法を唱えた。

 やさしい光がユリウスの胸元に灯り、体内に残る深い痛みを徐々に癒していく。

 すると、眠っていたはずのユリウスが、うっすらと目を開けた。


「……セシリア……」


「ユリウス! ごめんなさい、私……」


「謝るのは……僕のほうだよ」


 ユリウスはかすかに笑い、言葉をつむいだ。


「……ライナルトを前にして、迷った。……昔のことが、頭をよぎって……。僕が、躊躇ったから……あの一撃を受けた」


「そんな……」


「だから、セシリアだけのせいじゃないよ。……それに……助けてくれて、ありがとう」


 その一言に、セシリアの胸が締めつけられた。ユリウスの優しさが、重く、温かくのしかかってくる。


「ユリウスこそ……生きて帰ってきてくれて、ありがとう」


 もう一度、彼に回復の魔法をかけながら、セシリアはそっと彼の手を握った。ユリウスはやがて、静かに目を閉じ、安らかな寝息を立て始める。

 その寝顔を見つめながら、セシリアは小さく息を呑んだ。そして、誰にも見られていないことを確認すると、ゆっくりと身をかがめ、彼の額にやさしく唇を重ねた。


「……これで、恩返し。少しは」


 そう呟き、セシリアはそっと立ち上がった。部屋を出る直前、もう一度だけ、ユリウスの寝顔を振り返る。


「おやすみなさい、ユリウス」


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