第120話 救出作戦始動
グロッセンベルグ南方・野戦陣地──。
夕暮れが迫る中、ユリウスは簡素な天幕の奥で、リィナとふたり、地図と城郭の見取り図を広げていた。
テーブルの上には、魔導通信機と簡易のタイマー。ランプの灯がゆらゆらと揺れて、緊張を滲ませている。
「……確認しよう。僕は正面から出て、アテナで目立つ動きをする。その間に、リィナ――君はメイドに変装して、裏手の通用門から城へ」
「はい。制服は手配済み。城の使用人名簿も確認しました。私は“リューリ”という名で潜入します」
リィナはピンと背筋を伸ばしながら言うと、カバンの中から白いエプロンとメイド服を取り出して見せた。
まるで作戦の一環ではなく、日常業務のように淡々としている。
メイド服のデザインはいつもリィナが着ているものと違い、スカート丈が少し短い。
「中に入ったら?」
「地下牢の所在は、城の西棟、回廊の一番奥。セシリア様の居場所はそこで間違いないと思われます。見張りがいる場合は、通信機で合図します」
ユリウスは頷き、手元の魔導通信機を手に取った。
「この魔導通信機……ちゃんと動作するか?」
「整備済みです。圏内距離は半里(約2キロ)。合図は三短一長。受信側が返すのは一長二短。内容は暗号化されています」
「心強いな。……それにしても、まさか君とこんな形で突入作戦を組む日が来るとは」
ユリウスは冗談めかして笑ったが、リィナは静かに目を伏せたまま、小さく首を振った。
「冗談にしないでください。私は……絶対にセシリア様を取り戻します」
その瞳には、静かな決意と情熱が込められていた。ユリウスも、その瞳に応えるように表情を引き締めた。
「僕もだ。あの人を救い出すためなら、どんな痛みも厭わない」
天幕の外からは、夕焼けの朱が差し込み始めていた。夜が近い。
「じゃあ、そろそろ……」
「はい。私は裏口へ回ります。予定通り、日が沈んだら決行です」
リィナが立ち上がり、身だしなみを整える。ユリウスも椅子から立ち上がり、彼女の肩に手を置いた。
「リィナ。くれぐれも、無理はしないように」
「あなたこそ、無茶をしないでください。必ず……三人で帰りましょう」
ふたりは見つめ合い、小さく頷き合った。そして、ランプが灯る天幕の外へ、リィナが静かに消えていく。
残されたユリウスは、アテナのコックピットへと歩き出す。出撃の時は、すぐそこだった。




