第12話 自己紹介
「貴方は?」
銀髪の少女の問いかけに、ユリウスはわずかに手を止めた。
「僕の名前はユリウス。出身は――ヴァルトハイン公爵家だよ」
その名を聞いて、セシリアの目がかすかに見開かれる。
ヴァルトハイン。その名は、帝国の南方でも有数の名門貴族のものだった。
「……公爵家の人が、どうしてこんな砦に?」
セシリアの当然の疑問に、ユリウスは肩をすくめ、レンガの積み上がった炉を見上げた。
「追い出されたんだ。僕のスキルが“使えない”と判断されてね。【工場】なんて、戦にも貴族の政にも役に立たないってさ」
冗談めかして言うその声に、にじむような自嘲が混ざる。
それを聞いていたミリが、ふんっと鼻を鳴らした。
「けどな、ひとつだけ“情け”をかけられたんだ。『ノルデンシュタイン砦から北はやる』ってさ。何もない荒野を、まるごとな」
セシリアはその言葉を受け止めるように、小さくうなずいた。
「それで……ここを?」
「ああ。僕の領地だよ。何もないけど、自由がある」
言いながら、ユリウスは小さく笑った。その表情には、追放者ではなく“開拓者”の覚悟が滲んでいた。
「道も人も何もないけど……ここから始めるさ。技術と、知恵と、スキルと――あと、仲間と一緒にね」
ミリが照れ隠しのように石ころを蹴る。セシリアは静かにその光景を見つめていた。
「それから、こっちは――ミリ。僕の仲間だよ」
ユリウスが隣に立つドワーフの少女を軽く顎で指すと、ミリは腕を組んでそっぽを向いた。
「仲間って……兄貴、照れること言うなよ。あたしは、ちょっと手伝ってるだけだっての」
ぶっきらぼうな声とは裏腹に、その耳の先がほんのり赤いのをセシリアは見逃さなかった。
そんなふたりの様子をしばらく眺めたあと、セシリアは自分のローブの裾を正し、ほんのわずかに頭を下げた。
「私はセシリア。遺跡の調査のために、この砦を訪ねてきたの」
「遺跡?」
ユリウスが首を傾げると、セシリアは頷いた。
「この荒野には、かつて“アルケストラ帝国”という古代文明が存在していたという記録が残ってる。だけど、詳しい調査はほとんどされていない。私はそれを確かめに来たの」
「まさか……一人で?」
「ええ。一応、魔法は使えるし、錬金術協会にも籍があるから、身を守る手段は持っているわ。見た目は地味だけど、意外とやれるのよ?」
そう言って、セシリアは少し得意げに微笑んだ。
銀の髪が風に揺れ、表情がほんの少しだけ柔らかくなる。
「地味って、自分で言うか?」
ミリがぽつりと呟き、ユリウスは笑いをこらえるように咳払いをした。
「ま、とにかく。君がこの砦に来たのは偶然でも、遺跡を調べたいなら協力できることもあるかもしれない。今は砦の復興中だけど……よければ、しばらくここに滞在してみないか?」
セシリアは少し驚いた顔を見せたあと、静かに、でも確かに頷いた。




