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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第118話 セシリアの捕縛伝わる

 荒涼とした野戦陣地の一角。風を防ぐ簡素な天幕の中、ユリウスはまだ深い眠りの中にいた。

 爆風に巻き込まれた身体は包帯で覆われ、右腕には特に厚い補強が施されている。


 その寝台の横で、ミリと若い騎士ライナーが小声で話していた。


「……使者が来たんだな?」


「ああ」


 ライナーは顔をしかめた。


「ライナルト陣営の兵だった。使者だと名乗り、傷一つなく引き返していったよ」


「セシリアを拘束したって……本当なの……?」


「“セシリア皇女は無事に確保した。返してほしければ、ユリウス本人が来い”と。挑発のつもりだろう」


 ミリは拳を握りしめた。

 セシリアのことを思うと、胸が張り裂けそうだった。


「……くそっ、ユリウスに伝えられるわけないじゃん……! こんな状態なのに……!」


 その時だった。


「……セシリアが……?」


 寝台から、かすれた声が漏れた。

 ミリとライナーが一斉に振り向く。


「ユリウス!?」


 目をゆっくりと開いたユリウスが、虚ろな瞳で天幕の布を見上げていた。


「……今、なんて……? セシリアが……捕まったって……?」


 ミリは慌てて枕元に駆け寄った。


「だ、だめ! 今はまだ喋っちゃ――!」


「……《アテナ》……持ってきてるんだろ……? 動けるように……してくれ」


 ライナーが困惑した声で答える。


「後衛に配備されていますが……整備は不完全です。《アテナ》の出力は高すぎて……パイロットにかかる負荷が尋常じゃありません。今の状態では――」


「無理だよ、ユリウス!」


 ミリが叫んだ。


「あれは……乗る人間の身体を壊す。今のあんたが乗ったら、確実に死ぬ!」


 ミリは強引にユリウスを寝かそうとして、体をおさえつけようとした。


「……だから、やめて……お願いだから……!」


 だが、ユリウスは目を閉じ、ゆっくりと息を吸い、次の瞬間――冷たく、鋭い声で言い放った。


「これは命令だ。《アテナ》を整備しろ。……すぐに、だ」


 ミリの目が見開かれる。


「――っ!」


 沈黙が落ちる。

 ミリは歯を食いしばり、悔しそうに顔を背けた。


「……わかったよ。やればいいんでしょ……やれば……!」


 その声は、涙をこらえて震えていた。


「でもな……死ぬんじゃねぇぞ、バカユリウス……!」


 ユリウスは力なく微笑んだ。


「……ありがとう、ミリ」


 ミリは拳で自分の目元をこすりながら、天幕を出ていった。


「どうして……どうして、あたしがこんな奴のために泣かなきゃならないんだよ……!」



――――


 荒れた野戦陣地の一角。鉄と魔素のにおいが漂う整備区画に、ミリの金槌の音が響いていた。

 ミリは休むことなくアテナの整備を続けていた。


「……ミリ」


 背後から聞こえたかすれた声に、ミリは手を止めた。振り返ると、リィナの肩を借りて歩くユリウスの姿があった。顔色はまだ悪く、無理を押しているのは明白だった。


「お、おい! 来るなって言っただろ、バカ兄貴!」


「……ちょっと、頼みがあって」


 その表情に、ミリは言葉を飲む。ユリウスは整備中のアテナの装甲を見上げ、しばし沈黙したあと、リィナに軽くうなずいた。リィナは静かにその場を離れる。

 哨戒任務中のリィナを無理に呼び戻して、ここに連れてきてもらっており、彼女は直ぐに任務に戻らなくてはならなかった。

 二人きりになると、ミリは眉をひそめた。


「また……変なこと思いついたんだな? ……言わなくてもわかるよ、アンタのその顔見てりゃ」


 ユリウスは小さく頷くと、工房スキルを発動した。魔素の渦が生まれ、傍らに小さな工場のような構造物が出現する。

 ミリはそれを見るなり目を見開いた。


「なっ……!」


 しかし、ユリウスは詳細を語らず、ただミリの目を見て小さく頭を下げた。


「頼む、ミリ。あれに……あの装甲に、君の力が必要なんだ」


 しばしの沈黙。ミリは歯を食いしばり、拳を握りしめる。


「……はぁ。バカだよ、アンタは。ホントに、どうしようもないバカ」


 だがその声には、怒りよりも呆れと、それ以上に深い信頼がにじんでいた。


「でも、あたしの仕事を、あたしにしかできないって言うなら──やるしかないじゃんか」


 ミリは工具を手に取ると、アテナの装甲に向き直った。


「こんな無茶、絶対に成功させてやる。文句言わせないからね……兄貴」


 背後で、ユリウスはそっと口元を緩めた。



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