第116話 異母姉
冷たい石の壁に囲まれた地下牢の奥で、セシリアはひとり膝を抱えていた。
軋む扉の音とともに、誰かの足音が近づいてくる。
「こんなところで会うなんて、皮肉ね。まさか皇女閣下が捕まってるなんて。それとも、可愛い妹と言い換えたほうがいいかしら?」
聞き覚えのある、柔らかいのにどこか嘲るような声。セシリアは顔を上げ、鉄格子越しにその姿を見た。
「……ヴィオレッタ」
白銀の髪、気品ある身のこなし、美しい容姿。だがその瞳には、情など一滴もない。
以前とは髪の毛の色は違うが、その顔は見間違うはずもない。
唾棄すべき異母姉。
「あなたが来るとは思わなかったわ。混乱を好むあなたには、牢獄なんて退屈でしょうに」
「だからこそよ。妹が囚われたと聞いて、どんな顔をしているか見に来たの。心の中には混沌が広がっているでしょう。それとも愛しい人を思って、自らの手で慰めていた?」
ヴィオレッタは微笑む。だがその笑みには、毒がある。
「絶望してる? それとも、まだ希望を捨ててない?」
「……黙っていてくれる?」
セシリアはプイッと顔をそむけた。
「ふふ、冷たいわね。せっかく忠告に来てあげたのに」
セシリアは立ち上がり、鉄格子に近づく。
「あなたの忠告なんて聞く気はない。あなたの“混乱こそ正義”なんて理屈、私は認めない」
「理屈じゃないわ、真理よ。安定は腐敗を生む。瓦解してこそ、新しい秩序が生まれるの。あなたのように“救う”だの“治める”だの夢見てる人間には、一生わからないでしょうけど」
幼子を諭すかのような口調。しかし、セシリアはそれを素直には受け取らない。
「ええ、わからない。私は、壊すことしか知らないあなたが怖い。……だから嫌いなの」
一瞬、ヴィオレッタの微笑みが止まる。だが次の瞬間、楽しげに肩をすくめた。
「それでいいのよ、セシリア。あなたには綺麗なままでいてもらわなきゃ。私とは違うって、誰もが思い込んでくれていた方が都合がいい」
そして、ヴィオレッタはくるりと背を向けた。
「また来るわ。……次は、あなたの“理想”が壊れる瞬間を見にね。あなたの愛しい人は私の理想には邪魔なの。そのうち消えてもらうわ。あら、これじゃあ忠告じゃなくて予告ね」
ヴィオレッタはくすくすと笑う。
そして、冷たい足音が遠ざかり、地下牢には再び静けさが戻った。
セシリアは拳を握りしめたまま、唇を噛んでいた。




