第112話 開戦、対峙
ついに両軍激突す。
だが、直ぐにユリウスは不利な状況となってしまった。
戦場に響き渡る雷鳴のような轟音。砕けた土煙の向こう、次々と着弾する魔導爆雷――敵の新兵器「雷槍投爆」の一斉射撃が平原を蹂躙していた。
ユリウスは魔導通信機に手を伸ばすと、冷静な声で全軍に通達した。
「こちら司令ユリウス。全軍に告げる。グロッセンベルグ方面へ段階的に撤退せよ。我々が時間を稼ぐ――」
背後では参謀が驚き、技官たちが止めようとする声が上がるが、彼は一切動じなかった。
セシリアとミリもユリウスを止めない。
彼女たちも自分のわがままで軍を崩壊させる愚を知っているからだ。
「必ず戻ってきて……」
「兄貴、死ぬなよ」
二人に言われて首肯するユリウス。そして、オリオンに乗り込んだ。
「リィナ、行くぞ」
「はい、ユリウス様。お供いたします」
オリオンの機体が唸りを上げて起動する。リィナの白銀の機体も並び立ち、前線へと駆け出す。地平線の彼方、敵陣から眩い閃光――雷槍投爆の一斉斉射が放たれた。
「来るぞッ!」
ユリウスの叫びと同時に、地面を抉る雷撃が前後左右に降り注ぐ。大地が爆ぜ、魔素の残滓が空に渦巻く。ギリギリで着弾を読み、回避行動をとるオリオンとリィナの機体。
空を裂くように飛来した魔導槍が地面に突き刺さり、瞬間、爆発が起こる。
爆煙が舞い上がり、地面が抉れ、火柱が上がる。
「くっ……! 避けろ、リィナ!」
「はい、ユリウス様!」
ユリウスとリィナは、装甲と機動でギリギリ回避を繰り返す。
次々と襲い来る雷槍投爆をかわしながら、前進を止めない。
リィナが横滑りしながら叫ぶ。
「ユリウス様、完全に狙い撃ちです! この威力、通常の魔導兵器ではありません!」
「……ああ。だが、撃ち尽くせば隙ができるはずだ。連射には魔素チャージの時間が必要なはず……」
爆煙が晴れかけたその時だった。敵陣の後方――重装騎士たちの間を割って、禍々しい装甲の男が進み出てくる。
雷帝の異名を持つ男、ヴァルトハイン公爵・ライナルト。
「……兄さ、出来損ないが自ら出張ってきたか」
重厚な魔導甲冑を纏い、周囲に青白い雷光をまとうその姿は、まさしく戦場の主だった。
「来たか、ライナルト……!」
ユリウスは唇を噛み締め、オリオンの剣を構える。その視線は、敵軍の本陣ではなく、たった一人、雷帝たる弟の姿だけを見据えていた――
――ライナルト視点――
幕舎の中で、遠眼鏡を通じて敵陣を見ていたライナルトは、最前線に姿を現したユリウスの操るオリオンの姿を見ていた。
装甲をまとい、爆煙の中から現れる兄。
まるで死地から蘇った亡霊のようなその姿に、ライナルトの心がざわめいた。
「出てきたか……兄さん」
唇を歪めながら、彼はマントを翻し、幕舎を出た。
副官たちが止めようとしたが、視線ひとつで黙らせる。
「俺が出る。兄の首を、この手で取る」
雷帝のスキルが彼の周囲に稲光を走らせる。
空気が震え、部下たちが道を開ける。
ライナルトは、雷を纏いながら、ユリウスのもとへと歩を進めた。
オリオンに乗るユリウスの顔は見えないが、脳裏にはかつての記憶が蘇る。
「……兄さ、出来損ないが自ら出張ってきたか」
あやうく兄さんと言いかけたライナルトは、自らの心の弱さを自嘲した。
ついに双子の兄弟の戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。




