第109話 ミリの不安
火花が弾け、金属音が響く。
炉の残熱がこもる工房で、ミリは巨大な金属骨格の溶接作業を終えると、汗をぬぐいながらユリウスに声をかけた。
「なあ、兄貴。マジでこれ、乗る気なんか?」
ユリウスは図面を見ていた手を止め、笑みを浮かべる。
「……やっぱりミリも反対かい?」
「反対っていうか、あきれてるんだよ」
ミリは溶接面を外し、ユリウスに向き直る。
頬にはうっすら煤汚れ。けれどその瞳は真剣だった。
「このアテナ、出力はオリオンの倍。構造材も装甲も分厚くしてるから、魔導コアの熱量は常時ギリギリ。普通の人間なら三分もたずに意識飛ぶぞ?」
「でも、他に方法はないんだ。雷槍投爆……あの得体の知れない兵器に対抗するには、これしかない」
ライナルトの軍が使用した兵器の話を聞き、オリオンの性能では足りないのではないかということで、それを上回る性能を持たせた機体を開発中である。
しかし、性能をあげることは出来るのだが、パイロットの身体能力まで上がるわけではない。
戦闘機やF1のマシンが速くなれば、中の人間にかかる重力が大きくなるのと一緒である。
オリオンと同じ構造では中のパイロットが耐えられないのだ。
「……まったく、無茶しかしねぇな、兄貴はよ」
ミリは腰に手を当てて吐き捨てるように言った。
でも、怒鳴り声ではなかった。ただ、悔しさを抑え込んだ声。
「せめて、負担を減らすために肩部のフレーム構造を軽量化した。関節も倍の緩衝剤仕込む予定になっている。セシリアの回路と合わせれば、多少はマシになる……はずだ」
「ありがとう、ミリ。君が作ってくれるから、僕はこのスーツを信じられる」
「……あったり前だろ」
ミリは目をそらす。
「兄貴が壊れたら、この砦は終わりだ。セシリアも泣く。リィナは止まらん。……だから、毎回生きて帰って」
「……うん、必ず」
ユリウスが答えると、ミリは静かに背を向けた。
「まだフレームの熱処理残ってる。邪魔すんな」
いつもの調子だったが、声が少しだけ震えていた。




