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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第108話 アテナ開発

グロッセンベルグ・技術区画・開発棟地下工房


「──カスタムハーフェンが、陥落した?」


 ユリウスの声が、石造りの工房に低く響いた。

 報告を届けた連絡兵は、汗で額を濡らしながらうなずく。


「はっ。昨夜未明、空から青白い光と爆発……市街の一部が消滅。市長も行方不明とのことです。生き残った者たちは──雷帝が現れたと……」


「……雷帝、ライナルトが直接攻撃を?」


「確認は取れておりません。しかし、矛先の残骸に魔導回路らしき痕跡が……まるで、槍のような……」


 ユリウスは黙り込んだ。

 兵を送ってすらいない都市に雷のごとき力を振るえる──それが真実なら、もはや陣地や数では計れない戦争が始まっている。


「……ライナルトめ……!」


 拳を握りしめた彼の背後で、機械の唸る音が響いていた。

 地下工房の最奥。そこで組み上げられていたのは、試作中の新型パワードスーツ《PS-02 アテナ》。


「兄貴、フレームの左脚部、仮組み終わったよ!」


 溶接ゴーグルを外して顔を出したのは、ドワーフの鍛冶師・ミリ。

 機体サイズの大型化に伴い、彼女の工法が不可欠となっていた。


「魔素の流れは安定してます。ただ、重量がかさんでる分、バランス取りには注意が必要だ」


 その横で、白衣姿のセシリアが神経接続回路の制御盤を調整していた。

 小さく指を動かしながら、そっとユリウスに告げる。


「衝撃緩衝回路……これが限界。これ以上出力を上げれば、搭乗者の神経にまで負荷がかかるわ。オリオンの比じゃない」


「……わかってる。でも、このままじゃやられる。あんな兵器を何度も撃たれたら、僕たちの街は守れない」


 ユリウスの目に、決意が宿る。

 勝つためには、圧倒的な力が必要だ。

 敵が“雷帝”である以上、こちらも神話に語られる女神の名を冠した力で応えるしかない。


「三日で仕上げよう。動くだけでもいい。……僕が乗る」


 工房の空気が、ぴんと張りつめる。


「兄貴……あれ、オリオンよりずっと……体、持たないかもしれないよ」


 ミリが思わず声を潜める。

 セシリアも言葉を探すように唇を開きかけたが、結局、何も言わなかった。


「僕たちが進めば、誰かが守られる。だったら、それでいい」


 ユリウスはそう言って、試作機の脚部に手を添えた。

 この鉄と魔素の塊に、希望を託すように。


グロッセンベルグ・開発棟・深夜の調整室


 アテナのコアユニットに接続された制御卓には、まだ熱の残る魔導素子が淡く光を放っていた。

 回路の再調整を終えたセシリアは、静かにマントを羽織ると、その場に腰を下ろす。

 夜更けの工房は静まり返り、遠く機械の冷却音だけが鳴っている。


 扉が静かに開いた。


「……起きてたんだね、セシリア」


 声の主はユリウスだった。

 彼は作業着のまま、魔素の染みついた手袋を外しながら歩み寄ってきた。


「あなたこそ、寝ていないでしょう。……少しは休まないと」


「休むのは、アテナが動いてからでいいよ」


 ユリウスは、未完成のスーツを見上げる。

 その姿に、セシリアは言葉を飲み込んだ。


「……本気なのね。乗るつもりでいる」


「うん。僕が動かないと、誰かが死ぬから」


「でも……!」


 セシリアは立ち上がった。

 白衣の袖が揺れる。瞳には揺れる光が宿っていた。


「この回路の負荷は異常なの。魔素の流れを制御しきれないわ……それでも、あなたは……!」


「乗るよ」


 短い答えに、彼女は目を伏せた。


「……私は、あなたに生きていてほしい」


「……ありがとう。僕も、できれば死にたくない」


 ユリウスは笑ったが、その笑みに陰りがあるのを、セシリアは見逃さなかった。

 彼は「責任」や「守るべきもの」を背負いすぎている。

 あの優しい目は、いつもそうだ。


「でも、守りたいんだ。君も、ミリも、ここにいる皆も……そして、まだ知らない誰かの未来も」


 セシリアは唇を噛んだ。

 言葉は、もう彼には届かないかもしれない。けれど──。


「……じゃあ、せめて。あなたの負担を一つでも減らす回路を、私が完成させるわ」


「ありがとう。……君がいてくれて、よかった」


 そう言って、ユリウスはほんの一瞬、彼女の頭に手を置いた。

 優しく、触れるだけの仕草。


 そして彼は、再びアテナの整備室へと戻っていった。


 セシリアは、その背中を見送るしかなかった。

 魔導士としての自分が、ただの少女として、無力に思える夜だった。


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