第107話 勝利の余韻
勝利から三日後、グロッセンベルグ市街にて。
街は祝賀ムードに包まれていた。
三日前、ノルデンシュタイン砦とグロッセンベルグの二正面で襲いかかってきた六千の大軍を退けたことで、兵も民も解放されたように湧き立っていた。
広場では即席の屋台が並び、子どもたちは木剣を振り回して「ユリウス将軍ごっこ」を始め、大人たちは「砦の英雄」や「雷帝殺し」といった大仰なあだ名を語り合う。
人々の関心は、戦の脅威から“自分たちの未来”へと変わりつつあった。
「見たか? サジタリウスの砲撃だよ!」
「魔素だけであの威力だ。あれがあればもう攻められる心配はねえってもんだ!」
街外れの丘には、見物客に囲まれた一台の巨大な兵器――魔導錬金砲の砲身が鎮座していた。
砲弾ではなく、魔導コイルに圧縮された魔素を超加速して撃ち出す、新時代の兵器。
その存在は、民にとっては“勝利の証”であり、“恐怖の終焉”でもあった。
──その喧騒を離れた城館の一室。
ユリウスは背もたれに浅く腰をかけ、温め直されたカモミールティーを口にしていた。
顔色は悪くない。けれど、浮かれている様子もない。
「兄貴、なんか飲み物地味になってねぇか?」
ソファに寝そべったミリが、干し肉を頬張りながら聞いてくる。
「胃に優しいんだ。勝ったあとって、意外と気が抜けて体調崩すからね」
「……やっぱり真面目だな。ちょっとくらい浮かれてもいいじゃねえかよ」
「……うん。でも、気になることがあるんだ」
ユリウスは窓の外を見つめた。
勝利に湧く人々――だが、彼の視線はさらにその先、地平の彼方を見ていた。
「六千を動かしたライナルトが、このまま手を引くと思う?」
「……ああ、やっぱそっちか」
そこへ、リルケットが書類を携えて入室する。
「ユリウス様。砦側からの追加報告です。あの時、外壁の裏に焼けた金属片がいくつか落ちていたとのこと。回収されたうちの一つに、魔導回路の痕跡がありました」
「サジタリウスのものじゃないのか?」
「いえ、魔導コイルの規格が異なります。恐らく……敵軍が何らかの実験的兵器を展開しようとしていた可能性があります」
ミリの表情が引き締まる。
「ってことは、向こうも“何か”仕込んでたのかよ。でも、結局出さなかった?」
「あるいは、間に合わなかったのかもね」
ユリウスの瞳が細められる。
「この三日間で、新しい動きは?」
「今のところ偵察部隊の報告では静かです。ただし、城下に避難していた一部の村人が『奇妙な匂いの煙を見た』という証言も……」
「……嫌な予感がするな」
ユリウスは、そっとティーカップを戻し、立ち上がった。
「セシリアは?」
「街医師たちと慰問活動中です。さっき中央広場で子供たちに読み聞かせをしているのを見ましたよ」
「なら……そろそろ戻る頃かな」
彼の言葉には、どこか“次に備える覚悟”がにじんでいた。
勝利の余韻に酔いしれるグロッセンベルグ。
だが、遠くで唸るのは祝賀の太鼓ではない。
それは、次なる戦いの鼓動だった。




