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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第104話 ライナルトの舌打ち

 ヴァルトハイン城・戦略広間

 雷帝の紋章が掲げられた作戦室――広間の空気は、報告を前にしてすでに張り詰めていた。


「……六千の主力部隊が……グロッセンベルグおよびノルデンシュタイン砦の制圧に失敗。現在、第二軍の残兵が後退中であります……!」


 報告を終えた副官は冷や汗を流し、硬く頭を下げた。誰も目を上げない。

 なぜなら、玉座の主――雷帝ライナルトの怒りは、まだ静かだったからだ。

 その静けさこそが、何よりも恐ろしい。

 ライナルトはゆっくりと椅子から立ち上がる。

 全身を青白い雷光が包み、広間の空気がバチバチと裂けていく。


「六千だぞ……六千の兵だ……」


 拳を握る。骨が軋む音さえ聞こえそうなほどに。


「父が急死し、公爵を継いだこの私の、公爵としての初陣……その威信をかけた兵を、“外れスキルの追放者”に潰されたと?」


 その声に魔素が帯びる。天井の燭台が一斉に砕け、火花が降り注ぐ。


「――ユリウスゥゥゥ!!!」


 その叫びと共に、雷撃が炸裂した。

 壁の一角が吹き飛び、石片が火花を巻きながら飛び散る。参謀のひとりが思わず腰を抜かした。


 怒りはまだ収まらない。


「私の軍を……技術屋と農民の寄せ集めに? 砦と町を要塞化し、正面から叩き返しただと? 貴様にそんな力があるはずがない!!」


 ライナルトは振り返り、副官に命じる。


「味方した都市の名をすべて挙げろ。通商路も、穀倉も、鉄鉱山も。全部だ!」


「は、はっ……!」


「一つ残らず、焼き払え」


 静かに、だが確実にそう言い放ったその姿は、雷の化身のようだった。


「このまま奴を放てば、周囲の貴族も寝返る。民も私の力に疑問を抱く。……“雷帝”の名が笑われる」


 唇をかすかに噛むと、そのまま独白のように続ける。


「……エリザベートの腹にいる子も、この屈辱を知るのか。笑うのか、あの女も……!」


 側近たちはその名に反応を示すことすらできない。

 彼女が元は誰の許嫁だったかなど、今ここで口に出せば、確実に命を落とす。


「ユリウス……兄さん……」


 ライナルトは低く呟き、雷光をまとう右手を見下ろす。


「貴様が相手なら、もう軍など不要だ。雷帝たるこの私が……次は、“お前の手で”消し炭にしてやる」


 

 ライナルトが怒りに燃えているとき、ヴァルトハイン城・妃の間。

 豪奢な帳がかけられた静謐な部屋。

 その中央の寝椅子に身を預け、エリザベートはそっと胸に手を当てた。


 報せは、侍女の口からもたらされた――


「……ノルデンシュタイン砦、そしてグロッセンベルグに派遣された軍は、敗北したとのことです。生き残った兵は、散り散りに……」


 一瞬、空気が止まる。

 エリザベートは息を呑み、瞳を伏せた。


「そう……そうなの……」


 声は震えていたが、感情は異なる――それは、安堵だった。

 唇をわずかに噛み、だが涙のような笑みが浮かぶ。


(ユリウス……ご無事で……)


 たとえこの身がすでに他人のものであろうと、かつて愛した人が死ななかった。それだけで、心が温かくなる。

 だが、すぐに扉が乱暴に開いた。

 バチバチと雷光を帯びた男が、室内に踏み込んでくる。――ライナルトだ。


「……笑っていたな?」


 声が冷たく、床を焦がすほどの魔力が部屋に満ちる。

 エリザベートは反射的に体を起こす。


「ライナルト……! いきなり何を――」


「俺の軍が敗れたと聞いて、お前は――安堵した顔をしていた」


「そ、そんなこと……!」


「否定するな!!」


 怒号と同時に雷撃が壁を貫いた。室内の一角が焦げ付き、侍女が悲鳴をあげる。

 エリザベートはその衝撃に目を見開く。腹を庇うように手を当てながら、静かに口を開いた。


「……私が誰を想ったとしても、あなたには……関係ないわ」


 その言葉は、ナイフのように鋭く、ライナルトの胸を抉った。


「……貴様、妊婦のくせに、俺の子を身ごもっているのに、俺を愚弄するか……」


 しかし、エリザベートは顔を背ける。


「私は“あの人”を想ったのではない。“死ななかった”ことに安堵しただけ。それが……そんなにも、罪なの?」


 ライナルトの怒りは、口から声となって漏れず、ただ雷光だけが彼の体を覆った。


「……生まれてくる子には、“敵に安堵する母親”が必要なのか?」


「あなたは、私がこの子を守るために、何を犠牲にしたかを知らない……!」


 二人の間に火花が散る。だが、雷と炎は衝突せず、ただ空気を焦がしていく。


 ライナルトは舌打ちを一つ残し、部屋を出ていった。

 背を向けたその瞬間だけ、彼の肩が、ほんのわずかに震えていた。


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