第101話 第二次ノルデンシュタイン砦防衛戦
「きたぞッ! 敵軍、前方に展開!」
報せを受けたセシリアは、砦中央の指揮塔で魔導地図に目を落とす。地図の上では、魔素反応をもとに敵部隊の動きがリアルタイムで描かれていた。
これは、リィナが知識として持っていたアルケストラ帝国時代の観測機器を再現し、それを彼女が受信し、魔導通信機を併用して送ってきてくれている情報だ。
『敵部隊、三手に分かれています。中央突破部隊約五百、左翼は山林迂回ルート、右翼は陽動と思われます』
魔導通信機越しのリィナの声は、いつになく冷静だった。
「ありがとう、リィナ。あなたの目がなければ、罠も配置できなかったわ」
『ユリウス様もこちらで援軍の準備を進めています。……くれぐれも、お気をつけて。セシリア様』
「ええ、必ず……生きて、戻ります」
セシリアは深く息を吸い、背筋を伸ばす。砦の住人たちは、兵士と呼ぶにはあまりに素人だった。だが皆が武器を取り、落とし穴を掘り、結界の杭を打ち、魔導地雷を埋めた。決意は誰よりも強かった。
「皆さん、私はここにいます。必ず、皆さんの盾になります!」
セシリアの宣言に、砦中から「おおっ!」と声が上がる。
そして、敵の突撃が始まった。
轟音とともに、帝国軍の騎兵が地を駆ける。歩兵が続き、後方には投石機を備えた大部隊。その数、およそ千。
対する砦の守備兵は百に満たない。だが――。
「サジタリウス、第一射――発射!」
セシリアの声に呼応して、砦中央に据えられた魔導錬金砲が火を噴いた。
青白い閃光が一直線に走り、敵の騎兵を中央から吹き飛ばす。続けて第二射。後方の投石機が爆煙とともに空に舞った。
『命中、確認。現在、前衛に混乱あり。セシリア様、砦左翼に接近する部隊、移動速度上昇。注意が必要です』
「了解。左翼へ向かう!」
セシリアは杖を手に、守備兵を指揮しつつ砦の西側に急行した。
そこでは、山林から抜けてきた敵の迂回部隊が、すでに結界杭の外側まで迫っていた。
魔導弓での迎撃が間に合わず、数人の敵兵が結界を破り、砦の内側へと雪崩れ込む。
「ここは、通さない!」
セシリアは駆け出しざまに詠唱を終え、杖を振りかざす。
「――〈アイス・スパイン〉!」
足元から地を突き破るように、鋭く尖った氷柱が敵兵の進行を阻む。さらに、
「〈エレメンタル・レイン〉!」
雷、炎、風、水。四属性の魔素を乱舞させた無数の光が空から降り注ぎ、敵の動きを封じた。
その威容に、敵兵の動きが一瞬止まる。
「退け、退けぇっ! 魔導士だ!」
叫び声とともに、敵兵は後退を始めた。
セシリアは肩で息をしながら、杖を握りしめる。体力も魔力も限界に近かったが、それでも背筋を伸ばして言った。
「私たちの砦には、誰一人……指一本触れさせません!」
その凛とした声に、砦の住民兵たちの士気が上がる。
『セシリア様、敵の中央突破部隊が動きを強めています。砦正門に集中攻撃中、扉が持ちません!』
「全砦兵に通達。第一防衛線を放棄、第二線に後退! 後退時に全罠を作動させて!」
撤退と同時に爆音が鳴る。
罠の発動、地雷符、封鎖結界。砦の構造をフルに活用し、敵を消耗させながら後退していく。
一時間後、砦の中庭にまで帝国兵がなだれ込み、砦の中は炎と煙で満ちた。
セシリアは結界を二重に張りながら、最後の防衛線に踏みとどまる。
「ここが……ここが、最後の防衛線よ!」
兵士も住民も、誰も逃げなかった。
そして、敵指揮官が掲げた赤旗――それが、撤退の合図だった。
勝利は――ノルデンシュタイン砦にあった。
崩れ落ちるように座り込んだセシリアに、魔導通信機が再び応答する。
『セシリア様……戦況確認。退却を確認しました。勝利、おめでとうございます』
リィナの声に、セシリアは涙を浮かべながら笑った。
「……ありがとう。リィナ。あなたのおかげよ。そして、ユリウス……」
燃えさかる空の下、彼女はそっと空に向かって微笑んだ。




