第1話 転生
田中健太ははやる心をおさえながら、工場を歩いていた。
開発中の次世代エアコンの試作品が置かれた研究棟――その最上階に向かって。
「あとちょっとで……」
しかし、そのとき。
轟音とともに、積みあがっていたパレットが崩れた。
巨大地震が襲ったのだ。
健太はバランスを崩して転倒し、落ちてきた資材に身を押さえつけられた。
「……くそっ……!」
動かない脚。割れた肋骨。粉塵が舞い、肺に痛みが走る。
彼の脳裏には走馬灯のように別の光景が浮かんでいた。
それは、まだ小さかった頃――町工場を営む父の背中。
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冬の朝。油の匂いの漂う工場内で、父は古いフライス盤に向かっていた。
大きな手で油さしを持ち、回転刃の音を聞きながら部品を仕上げる姿。
寡黙だが、いつも汗だくで働いていた。
「お父さん、どうして毎日そんなに頑張るの?」
そう聞いた幼い健太に、父は微笑んで言った。
「機械はな、人の手があるから動く。けど――人の暮らしを支えるのは、俺たちみたいな名もなき職人の“技術”なんだ。だから俺は、それを誇りにしてる」
「技術を、誇りに……」
それが彼の原点だった。父のように、誰かの役に立つ“技術”を作る人間になりたいと願った。
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崩れたパレットの下で、意識が遠のいていく中、健太は微笑みながら呟いた。
「俺の……技術が……誰かの……役に立てば……」
次の瞬間、眩い光が視界を包んだ。
世界が、切り替わる。
それが、ユリウスの転生の始まりだった。
ユリウス・ヴァルトハイン、それが新しい名前であった。
ヴァルトハイン公爵の息子にして双子の兄。弟はライナルト。
生まれた国はグランツァール帝国。かつて魔導錬金術で栄華を極めたアルケストラ帝国が崩壊した後に、大陸を統一した国家である。
しかし、現在は皇帝の威光は形骸化し、各地の貴族が覇を唱える群雄割拠の状況となっていた。
ヴァルトハイン公爵は名門であり、大陸中央の荒野の南に広大な領地を所有している。
魔導錬金術はその多くの技術を失っており、代わりに【天命覚醒の儀】によって授かるスキルの優劣で、戦争の優劣も決まるようになっていた。
ヴァルトハイン公爵家の広大な庭園。その一角にある訓練場で、双子の兄弟が木剣を交えていた。
「やっ、はっ!」
「……っく、また……!」
乾いた音とともに、小さな木剣がライナルトの手から跳ね飛んだ。地面に落ちた剣の音が、敗北の証として耳に残る。
「ごめん、手加減したつもりだったんだけど……」
そう言って手を差し伸べてくる兄、ユリウスの顔は、どこまでも穏やかだった。憎しみも嘲笑もない、純粋に兄弟として気遣ってくれている表情――それが、ライナルトには一層、堪えた。
「……またお前の勝ちだな、兄上」
「兄上なんて、やめろよライナルト。双子なんだから、もっと気楽にさ」
「気楽になんて、なれないさ」
ライナルトは地面に落ちた剣を拾い上げた。握った手は小さく震えていた。剣術、学問、マナー――何をやっても、兄には勝てなかった。貴族子弟として受けるすべての教育において、常に先を行くのはユリウスだった。
父はよく言った。「お前たちは双子だが、才では明白に兄が上だ」と。
兄を憎んでいるわけではない。むしろ、尊敬すらしている。だが、その優しさと才覚が、ライナルトにはまるで届かない光のように思えた。
『どうして自分は、兄のようにはなれないのか』
そんな問いが、幼い心にいつしか深く根を張っていた。
「ライナルト……また、今度やろうよ。次は本気出していいからさ」
ユリウスの声に、ライナルトは黙ってうなずいた。その笑顔がまぶしくて、視線を合わせることができなかった。
心の奥底で芽生えていたのは、憧れと、嫉妬と、焦燥。
――いつか兄を超えてみせる。
その決意だけが、ライナルト少年の中に残った。
拙著、『親の町工場を立て直そうとしていたが、志半ばで他界。転生した先も零細の貴族家だったので立て直します』の工場知識をファンタジー寄りにして、最初から割りきってハーレムにするとこんな感じという作品です。あと、荒野に追放されたけど、思想の赤い妖精は出てこない、すごく普通のテイストに仕上がってます。言い訳が長いのは、恥ずかしいからです。




