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天使と悪魔、人間と魔物  作者: LostAngel


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第六話:人間と天使、魔物と冒険者

 ギルドで弁当を受け取った俺、トーネ、オレガル、ミトの四人は、タンナルの街を出て平原を歩いていた。


「今日も絶好の魔物狩り日和……」


「俺たちが住んでいた村も含まれるが、タンナルの街周辺には大きな平野が広がっている。そのおかげで気候が安定しているんだ」


「平野だと安定するの?なぜ?」


「地形の影響を受けづらいからだ。近くに海や湖があれば水蒸気が上に登って雲ができやすいし、山や盆地では斜面にぶつかった雲が積乱雲に発達しやすい。あと熱がこもりやすい。風が吹きづらいからな」


「水蒸気?積乱雲?分からない」


「図書館で勉強するか。知識はあった方がいい」


 俺は気象の話でトーネと盛り上がる。


 こうした少し専門的な話題は、大人であっても詳しい人はそんなにいない。学問の研究が盛んな街や王都ならぎりぎり常識の範疇かもしれないが、知らなくても生活に影響がない内容は知らなくても許される。


 だからこれらの話題においては、トーネが無知であっても怪しまれることはない。現に、ついてきているオレガルとミトもなにも言ってこない。二人も知らないだけかもしれないが。


「博識だなあ、シンは。俺なんて戦うのに必要ないことは忘れたわ」


「あんたねえ、忘れたの?本貸してあげたじゃない」


「もちろん、ちゃんと読んださ。ただ、記憶が抜けるのは仕方がないことで……」


「はあ。また貸してあげるから、今度はちゃんと覚えなさい。そんなんじゃトーネちゃんに追い越されるわよ?もう既に怪しいけど」


「おい、一言多いぞ!俺はバカじゃない!」


「バカは自分のことをバカって気づかないのよ」


「なにを!バカっていうやつがバカなんだぞ!よってお前もバカ!」


「その発言がもうバカ丸出し」


「はあ!?」


「二人とも、その辺にしてくれるか?」


 また口喧嘩を始めたので、俺は首だけ振り向いて二人に言った。


「トーネにあまり聞かせたくない」


「はい、すいません……」「……私も悪かったわ」


「シン、私は問題ない。ほほえましかった」


「それは否定しないが、なんの生産性もなかっただろう。あと、罵り合いは気持ちのいいものじゃない」


「う、すまん」「意外と刺してくるわね……」


 俺が合えて棘を含ませて言うと、二人はさらに肩を落とした。


「シン」


「なんだ?」


「生産性がなくても、会話はしていい」


「ま、まあ、それはそうだが……」


「シンは私と、他愛のない話はしたくない?私は、トーマとしたい」


 そう言いながら、純粋な目を向けてくるトーネ。


 俺は言葉に詰まった。


「……俺は、トーネと話したい。どうでもいいことでも共有したいし、一緒の感情に包まれたい」


「でしょう?」


 意を決して俺の考えを伝えると、トーネは頬を赤く染めつつ、なぜか自慢げに答える。


「それなら、二人のことも多少目をつぶって」


「たが……」


「シン」


「……分かった」


 今回も負けた。クールな顔でそんなことを言われたら、瑠璃色の瞳でそんなに見つめられたら、俺に勝ち目はない。


 俺は足を止め、後ろを振り返る。


「言い過ぎた。今後は、存分に痴話喧嘩してもいい」


「「痴話喧嘩じゃないっ!」」


 オレガルとミトの叫びがハモる。


「ふふ。やっぱり、仲が良い」


 二人の息の良さに満足したのか、トーネはご満悦だった。


「さ、行くか」


「うん」


「ちょっと待て、今のは流石に訂正しろ!なんで俺がこいつなんかと……!」


「こいつなんかあ?オレガルのくせになに言ってんのよ!私は完全無欠のレディでしょうがっ!」


「レディぃぃ!?はあ!?どこにそんな人がいるんですかあ?トーネちゃんかな?」


「こんのお、バカバカバカッ!」


「いってえ!なにしやがる暴力バカ女!」


「今日は四人だし、大型の魔物を狙ってもいいな。群れでもいい」


「分かった。探してみる」


 二人を完全に無視し、俺たちは目を皿にして本日の獲物を探すのだった。



 ※※※



「シン!」


「任せろ」


 オレガルの鋭い声に、俺は余裕を持って返す。


 防具を着込んだ手のかかりそうな獲物であるオレガルを避け、俺の目の前に一匹の獣が躍り出てくる。


 夫婦漫才を聞かされながら平原を探索していたところ、ようやく魔物を見つけた。逃げられないように気配を殺し、俺たちはブラックウルフの群れと相対したのだった。


「トーネは二人と周囲の警戒を」


「分かった」


「グルルルル……」


 黒狼の群れはまず、俺に一番近い個体を派遣することにしたようだ。奥に数頭いるが、こちらを警戒しながらうろうろするのみだった。


「グルルルル……、ガウッ!」


 数秒の唸り声の後、一番槍のブラックウルフは大きく吠えて駆け出した。


 狙いはもちろん、俺。鎧の類いは身に着けていないから、魔物にとっては倒しやすい相手に思えるのだろう。


「トーネ、よく見ておいてくれ」


「うん」


 オオカミは四本の足を忙しなく動かし、数メートル手前でぴょんと飛び跳ねる。そのまま俺の胸元にかぶりつこうという算段か。


 俺はのんきにトーネに話しかけながら、腰を落とし、左の腰に差している直剣の柄を掴んだ。


 硬く重い鎧兜は、受けるための装備だ。被弾した攻撃を和らげ、致命傷を回避するための盾。であれば、こう言い換えることができる。


 攻撃に当たらなければ、装備する意味がない。身につける必要がない、と。


「っ!」


 地面を強く蹴り、前進。ウルフとすれ違いながら、抜刀。


 瞬間的に上昇した速度と右腕の筋力を乗せ、ウルフの口、首、胴にかけてを一息に切り裂く。


 居合、ではない。両刃の直剣では刀のような閃きを繰り出すことはできない。


 まさしく、付け焼刃。父に習った居合の型を参考に、直剣でもできるようにしただけだ。素早く剣を抜いて、その勢いのまま斬撃を放つという、ただそれだけの技だった。


「……っと!」


 空中で絶命したブラックウルフは、突進の慣性により背後へ転がっていったが、オレガルが身を挺して止めた。


 まずは一匹。停止した俺は直剣を払い、付着した赤黒い血を飛ばす。


「シン、今のはなに?初めて見た」


「……全員で来い」


 斬って分かることもある。このオオカミの魔物たちは空腹だ。胃に消化物がほとんど入っていなかった。


 トーネの問いに応えたいのはやまやまだが、俺は泣く泣く無視して魔物たちに鋭い視線を送る。


「「「……ッ、ガアアアウウウッ!」」」


 瞬く間に仲間がやられ、黒い群れの構成員たちは少しの間逡巡していたが、空腹に耐えかねたのか、咆哮を反響させながら前進してきた。


 日の光を受けて鈍く輝く漆黒の波が、俺に向かって押し寄せてくる。


「シン、すぐ行く!」


「いや、いい」


 俺は首だけを捻って、後ろにいるオレガルに言い放つ。


「トーネ、対多数の戦い方も見せる」


 さらに付け足し、俺は前を見据える。


 よく観察する。


「「「ガアアアアアアウッ!」」」


 波のように見える黒は、よくよく見るとそうではなかった。


 十頭ほどのオオカミたちはそれぞれ、隣と一メートルくらいの間隔で互い違いになっている。統率の取れた進軍ではなく、ムラがあった。


 なるほど、攻め手になるな。


「……」


 流石に集中し、直剣を後ろに構える。


 すでに抜刀している。居合もどきは使えない。理想は数頭をまとめて一撃に伏すことだが、痩せているとはいえ大柄な獣相手にそうはいかない。


 だから、ムラを利用させてもらう。到達するタイミングの微妙な違いを活かし、一頭ずつ仕留める。


「ガアアアウッ!」


「ふっ!」


 まずは一頭目。俺はかぶりついてきた頭を躱し、その場で回転しながら後ろ左足を斬る。


 右手に伝わる感触から、腱を断ち切ったと確信する。


「グルアアッ!?」


 一頭目が転がっていくのを視界から外し、間を置かずにやってくる二頭目に備える。


「ガアアッ!」


 剣は振り切っているので、左で拳を放つ。


 牙に掠めないよう気をつけ、飛び込んできた二頭目の鼻先に素手のげんこつを叩き込む。


「グアアッ!?」


 殴打により頭部の勢いが弱まり、すっ転ぶようにひっくり返る二頭目。


 いったん無視。三頭目。


「ガアアアアッ!」


 不衛生な涎にまみれ、不揃いな犬歯が立ち並ぶ両顎が迫る。


 右足を踏み込み、強引にその場に静止した俺は直剣を軽く振る。未だ切れ味の衰えない銀色の刃が、オオカミの下顎に吸い込まれる。


「ガウッウン!?」


 顎の先を両断したのを確認。致命傷ではないが、痛みで動けないと判断して視線を切る。


 四頭目。


「ガアアアウッ!」


 鋭く剣を返し、前に投げ出している両前足を斬る。戦闘不能。


 次、五頭目。飛びかかりに合わせて剣の柄を頭に叩き込む。


 六頭目、転がって避ける。とりあえず次。


 すぐに立ち上がり、七頭目の突進を切り捨てる。左手で短剣を取り出し、再び来ようとする六頭目の脳天に投げて刺す。


 八頭目を半身で躱し、脇腹に直剣を突き刺す。すぐに抜けないので右手を放し、九頭目の噛みつきを後ろに下がって回避。前にステップを踏みながらもう一本短剣を取り出して首に突き刺す。


 最後、十頭目の牙が俺の喉元を引き裂く寸前、俺はもう半歩身を乗り出して頭突きをかます。


「っつうっ!」「シンッ!」


 血気盛んな牙たちが額を切り、俺の前髪にかけての肉と皮をぐちゃぐちゃにする。大きな衝撃に、首が後方に持っていかれそうになる。


 だが血が流れ、俺の意識はより研ぎ澄まされた。


「ッラアアアアッ!」


 俺は雄叫びを上げ、両足を深く落とす。左手を添えて、飛びかかりを受け止める。


 そして九頭目の首から短剣を引き抜き、今俺の前頭を味わっている十頭目の腹に突き入れた。


「アアアウッ!?」


 痛みと困惑で大きく鳴き、十頭目は徐々に力を失った。


 噛む力が失せたのを確かめ、俺は十頭目の頭を剥がした。


「……とまあ、こんなものだ」


「シンッ!」


 魔物の群れをすべて倒し、振り返ると今度はトーネが飛び込んできた。


 避ける必要はない。俺は彼女を抱き止める。


「シン。頭、痛くない?」


「痛いな。早く止血した方がいい」


「なぜ無理をしたの?私たちの手を借りればよかったのに」


 会話しながら、お互いが自然に体を離す。


 それからは安心したような、されども責めるような目で見つめられ、俺は少し考えた。


 オレガルとミトがそっと、トーネの後ろに付き添う。


「なぜ、か。手傷を負うことになるが、俺一人で全滅させられると思ったからだ」


「シン」


 語気が強くなった。青い瞳に叱るような色が濃くなった。


 返答を間違えたか?肉を切らせて骨を断つのは、戦闘の基本だろう。


「シン、あなたの考え方は間違えている」


「三人を守れた。怪我も想定内だ」


「違う……!」


 トーネの両肩がぷるぷると震え始める。


 ここまで怒っている彼女を、俺は見たことがなかった。


「私は、あなたが傷つくのを見たくない。あなたが傷つくのなら、私も戦う。ともに頼り合うとはそういうことでしょう?」


「だが、トーネはまだ実践には早いと……」


「確かにそうかもしれない。ある程度の被害は負っても構わないという、シンの価値観を尊重すべきかもしれない」


「……」


「でも、すべて結果論になってしまうけど、私はあなたを支えたい。あなたは私の剣だけど、戦闘のすべてを背負う必要はない」


「……そうだな」


 まくしたてるように浴びせられる言葉のシャワーに、俺は頷かざるを得なかった。


 言われてみれば、なぜ俺は一人で戦おうとしたんだ?魔物との戦闘に慣れたオレガルとミトがいるのに。


「俺もびっくりしたぜ!まさか自分から食われにいくとはな!」


「噛みつきの勢いを弱めようとしたんでしょうけど、流石に無茶よ。手を貸せばよかったわ」


「すまない……」


 謝りながらも、困惑する。ますます分からない。


 オレガルのメイスさばきなら、ミトの攻撃魔法なら、ブラックウルフの群れなど瞬殺できたはずなのに。


 俺はなぜ、一人で戦うことに、トーネを守ることに固執したんだ?


「ただ、倒せてよかった。……シン、頭を出して」


「ああ……」


 トーネは肩に提げている鞄からガーゼを取り出すと、再び近づいてくる。


 俺は彼女の手を受け入れる。息がかかりそうなほど近くに、トーネの美しい顔がやってくる。


 ああ。俺は……。


「守ることに、執着してしまっていた。もうなにも失いたくなかったから……」


「……シンは、よくやった」


 消毒液がかけられ、視界が滲む。ガーゼが押しつけられる。


「じっとして」


「……」


「次は、私たちに守らせて」


「……」


「ありがとう、シン……」


 トーネは右手を俺の頭に押し当てながら、変な姿勢のまま俺にハグしてくる。


「ありがとう、トーネ……」


 俺は泣きながら、強い抱擁を返した。


「ら、ラブラブすぎる……。本当に兄妹なのか?俺には……」


「野暮ね。あんたには兄妹愛が分からないのよ」


「なんだよっ。ミトだって分からないだろ。一人っ子なんだし」


「いいえ、私には分かる。あれも愛の形なのよ」


 ……。


 気まずい。



 ブラックウルフの群れとの戦闘を終え、安全な場所で弁当を食べた俺、トーネ、オレガル、ミトの四人は、魔物狩りを再開していた。


「今度は俺たちの戦いを見せる!見ててくれ、シン、トーネちゃん!」


「私の魔法でイチコロよ!なんでもかかってきなさいっ!」


 威勢の良いオレガルとミト。二人ともまだ若いが、強い自信を持っていてもおかしくないほどの冒険者としての実力を備えている。


「っと、ランドオーガか!」


「一体なら楽勝ね!」


 近くの木立ちからぬっと現れたのは、大きな鬼の魔物だった。


 背丈は三メートルほど。筋骨隆々な全身の皮膚は赤く、黄色いもじゃもじゃの頭髪の中央、額の上側から一本の角が生えている。


 オーガ類の魔物は人型で、大体単独で暮らしている。ランドオーガという種は比較的小柄で、天敵である悪魔を避けて内陸に生息する傾向にある。人間のように表情で機嫌が読みやすいが、他のオーガ種と同じく、大抵はなにかに対して怒っている。


「いつもの感じでっ!」


「ええ!」


 オレガルが背中のメイスを持ち上げながら走る。ミトがローブの裾から大きな木製の杖を取り出す。


「ン、ガアアアアアアアッッ!!!」


 俺たちに気づいたランドオーガが口を大きく開け、咆哮を繰り出す。


 周囲の枝葉や草が揺れ、隠れていた小型の魔物たちがびっくりして逃げていく。


「大きな声……!」


 耳を塞ぎながら、トーネが呟く。俺は念のため、右腕を横に上げてトーネをかばう。


「気をつけていないと耳がやられるぞ。オーガ類の咆哮は、数多くの冒険者を引退させてきた歴史がある」


「それは、鼓膜が破れて、ってこと……?」


「そうだ。回復の魔法で鼓膜を復元するのは至難の業だ。体の構造に詳しくないと治すイメージができないからな」


「分かった、気をつける……」


 俺とトーネで話している間に、オレガルが接敵する。


「っうらああああっ!!」


 オーガに負けないくらいのかけ声を上げ、両手で握ったメイスを思いっきり振り抜くオレガル。


 彼ののメイスは彼が身に着けている鎧兜と同じ鋼鉄製だ。日光に当たって銀白色に反射している。


 持ち手も棒の部分も、打撃を与える部分も全て鋼鉄製で、めちゃくちゃ重い。特に打撃を与える部分は、文字通り金属の塊でできている。あれで殴られたら、並みの魔物ではひとたまりもない。


「ウガアアッ!」


 ただ、あまり賢くないオーガにはそんなことは分からない。攻撃に反応して、叩きつけるように正拳突きを放つ。


 ばごんっ!鈍い音が鳴り響き、速度と重さの乗ったメイスの一振りに衝突した鬼の右拳が砕け散った。


「ヌアアアアアアアアアッッ!!?」


 たちまち、オーガが痛みの叫びをあげる。再び大きな音と振動が辺りを揺らす。


「ミトっ!」


「分かってる!『ショックボルト』ぉっ!」


 オレガルが幼なじみの名を呼びながら大きく転がって回避する。幼なじみの安全を確認したミトは、すぐさま雷の魔法を宣言した。


 すると、彼女の杖からまばゆい閃光が迸る。雷は一直線に、拳を押さえてうずくまるオーガの下に向かっていく。


「ッグアアアアアッ……!」


 魔物でも耐えがたい電撃が全身を貫いたのは一瞬だった。雷は霧散し、代わりに赤い肌が焼けたように焦げつく。


 どんっと、煙を吐く巨体が地面に倒れ伏した。


「『ショックボルト』は基本的な攻撃魔法だ。だが、ミトのような魔法使いが使えばその威力は桁違いのものになる」


「それはあの杖と、ミトの想像力が優れている、から……?」


「両方だし、さらに秘訣がある。ミトの着ているローブだ」


「おしゃれなだけではない?」


「ああ、それだけじゃない。ローブ自体にも魔法がかけられているんだ。周囲の魔法の効果を高める魔法を込めながら、専用の職人が糸を織って作っている」


 オレガルがオーガの体から角を切り取り、ミトが周囲を警戒している間に、俺はトーネにレクチャーする。


「ミトが身軽なのは、女性だからじゃなかったの。それとも、ローブの下に鎧を着ている?」


「金属と触れているとローブの効果が乱れるから、皮の鎧を身に着けているはずだ。魔法使いは前に出る必要はないが、防御力はいくらあってもいい。多分俺より頑丈にしてあるだろう」


「……シンは鎧をつけない?」


「関節の動きが制限されるから、難しいな。速く動けなくなるし」


「でも、つけた方がいい。さっきみたいに怪我したら大変……」


「まあ、そうだな。一理ある。街に戻ったら見繕ってみる」


「むー……」


「な、なんだ?」


 急にトーネが不機嫌な顔を作ったので、俺は動揺する。


 なにか変なことを言ったか?


「……シンにしては聞き分けが良い。どういう心境の変化……?」


「なんだ、そのことか」


 俺はほっとする。


「なんだ、ではない。大切なこと……」


「いや、貶す意味で言ったんじゃない。……トーネの意見も大事にして、自分を省みながらやっていこうと思ってな」


「それなら、いい……」


 トーネはクールな真顔で応えた。ちょっと頬が赤くなっている。


「ちなみに、私はどう……?」


「……どう、とは?」


「私の、服装について……」


 言いながら、さらに赤くなっていく。


「そういうことか。まあ、なんだ、似合ってる……」


 俺も照れ臭くなり、だがトーネのファッションセンスに感心したことが伝わるように、返事を紡いだ。


 動きやすさを第一にしているのはもちろん、おしゃれでもあった。水色の長い髪を団子にして後ろで束ね、ベージュのつばの広い帽子で頭部を保護する。


 無地の白いシャツの襟には髪を留めるピンをいくつか差してある。革製のウエストポーチと短剣の入った鞘は武骨なデザインだが、その下の黒のロングパンツはタイトで、トーネの細い足とよくマッチしている。


 足下はブラウンの革製の運動靴。靴屋でちゃんとサイズを測ってもらい、冒険にも耐えられるしっかりした造りのものだ。靴下は宿のおばさんからもらった、真っ白の無地のもの。


 全体的に見て、スポーティできれいだ。……かわいい。


「かわいい?」


 思っていたことを復唱され、俺はどきりとする。


「……」


「かわいい?と聞いている……」


 トーネは真っ赤な顔で、詰め寄ってくる。


 俺はその迫力に負けた。隠しごとはできなかった。


「……かわいいよ、かわいい」


「……ふふ」


「あのー、お二人さん?盛り上がってるとこ悪いんだけど……」


「できれば次いきたいなあ、なんて……」


 気づけば、オレガルとミトがすぐ近くにいた。


「い、いくか……」


「時間は有限。賛成……」


 俺とトーネは気恥ずかしさをごまかし、二人同時に歩き出した。



 ※※※



「次はトーネ一人で魔物を倒してみよう。二人はいいか?」


 数分後。体の熱がやっと収まった頃に、俺は三人に提案した。


「ああ!俺たちはいいが、大丈夫か?トーネちゃん一人なんて」


「失礼だけど、あまり戦いに慣れていない気がするけど……」


 俺と同じく鎧を着ていないトーネを見て、オレガルとミトが心配してくれる。


 だが、当のトーネはやる気満々だった。腰の鞘から短剣を取り出し、逆手に構える。


「問題ない。シンから戦い方は学んだ……」


 言うや否や、上空から鳥の魔物が降下してくる。ランドホークという鷹の魔物だ。


「キイィーッ!」


 トーネが数歩前進すると、ランドホークは甲高くいななきながら羽を垂直に立て、黄色く鋭い爪を持つ両足で掴みかかってくる。


 ホークは鳥の魔物の中でも大きい方だ。羽を広げた幅は優に三メートルを超す。


 図体がでかい分、弱点の範囲も広いが、それでも一撃で致命傷を与えるのは難しい。相手が高速で飛行しているならなおさらだ。


「……」


 だがトーネは、ホークの倒し方を学んでいる。この二週間ちょっとの間、俺と一緒に何回も狩ってきた。


 だから、心配はいらない。俺の手は必要ない。


 俺はトーネの力を信じる。


「来い……!」


「キイイイィィッ!」


 ホークが地面すれすれまで滑空し、トーネの頭を掴みかからんとする。ぶおんっ!という風の舞う音が激しい。


 しかし、トーネはこれに反応してみせた。


「……はあっ!」


 素早くしゃがんで避けると、真上を通過するホークの胴体に短剣を突き刺す。突き刺したら、短剣をすぐに手放す。


「キイィ、キヤアアァッ!?」


 刺されたことに気づいたホークが姿勢を乱し、近くの地面に不時着する。


 翼や足をばたつかせて暴れる大型の鳥に対して、トーネは取り出した二本目の短剣を投げる。


 二本目は翼の付け根に命中した。すぐに三本目を取り出し、投げる。今度は首筋に刺さった。


 四本目で最後だ。投げてしまうと武器がなくなってしまうので、逆手で握り締めたままホークの動きを観察するトーネ。


「キイイィッ……!キヤアッ、キイィヤァ……」


 三か所の傷により暴れる力が弱まっていき、やがてホークはほとんど動かなくなった。


「これでトドメ……」


 トーネは軽快に、なおかつ警戒してホークの正面に躍り出ると、胸の辺りに短剣を突き刺した。


 これで完全に、ランドホークは倒れた。


「解体もできるか、トーネ?」


「うん、やる……」


 突き刺さった短剣を一つずつ引き抜きながら、トーネは応えた。


 翼の汚れていない部分に生えている大きな羽根を何本か。黄色い両脚の先端近くの部分。黄金色に輝く一対の嘴。それと二つの眼球。


 羽根は装飾に、脚、嘴、眼球は漢方や錬金術の素材として重宝される。狩った魔物の亡骸をそのままにするのはもったいないので、解体することで糧としている。


「終わった……」


「ばっちりだな」


 トーネの働きぶりを見て、俺はお世辞抜きに評価した。


「これも、シンのおかげ……。シンが指導してくれなかったら、私は弱いままだった……」


「もしかしたら、そうだったかもしれないな。だが、実際には俺がいる」


 俺は極力、恥ずかしさを見せないように言う。


「俺はトーネの剣だ。いくらでも力になる。俺たちは二人で一つだ」


「二人で一つ……。うん。私も、シンの翼……」


 血を拭い、短剣をしまったのを確認して、俺はオレガルとミトの方を振り返る。


「どうだ?トーネも戦える。これからは四人で魔物を倒していかないか?」


「おっけー!助かるぜ!!」


「シンに似てちょっと危なっかしいけど、全力でサポートするわ!」


 俺に似て、は言い過ぎだが、二人は了承してくれる。


 その後、俺たち四人は様々な魔物を狩猟した。シカ、アナグマ、ウサギ、ゴブリン、オーク、カラス、トカゲ、ヘビ、カミキリムシ、アリ、などなどだ。


 基本的にサイズの大きな魔物が脅威となり得るので、それらを優先的に狩った。ただ小型の魔物の中でも、獲れる素材が貴重な種類も倒した。


 タンナルの街と平野を隔てる門の前に到着したのは、ちょうど日が沈みかかった夕暮れ時だった。


「お疲れさん!狩りは順調だったか?」


 最初に街に来たときに検問してくれた、衛兵のアストさんが朗らかに聞いてくる。


「ああ。かなり素材が手に入ったよ」


「オレガルとミトの戦い方は勉強になった。私はもっと強くなった……」


「トーネちゃんも魔物を倒したのかい?かわいいだけじゃないんだな!」


「力がないと生きていけない。シンと一緒に生きていくから……」


「お兄ちゃんっ子だな!トーネちゃん!」


 アストさんはがははと笑い、俺たちを通してくれる。


 オレガルとミトを前に歩かせ、俺とトーネが後ろをついていく形で、人の多いメインストリートの往来を進んでいく。


「ねえ、シン……」


「なんだ?」


 すれ違う人をぼうっと見ながら、左隣のトーネと手をつなぎながら、俺は返事した。


 トーネの声が小さめだ。気持ち程度に歩幅も落とし、前の二人と距離を置きたそうにしている。


 二人には聞かせられない話か。俺も歩くペースを落とす。


「二人を、『レジスタンス』に誘うのはどうだろうか……?」


「駄目だ」


「……なぜ?」


「大天使の洗脳を受けているからだ。二人はここの冒険者だから影響は分かりづらいが……。なあ、カラハの魔物は平野の魔物とどう違うんだっけか?」


 俺は早足で空いた距離を詰め、オレガルとミトに話しかけた。


「急になんだ?そうだな、カラハの魔物はここより数は少ないが、強力な種や個体が多いな!悪魔と張り合えるくらいには強え!」


「……それは、オレガルやミトでも勝てるか分からない?」


「そうね。勝てなくはないでしょうけど……」


 ミトがもったいぶるように言葉を切る。隣のオレガルに目配せをする。彼は彼女の言いたいことは分かっているとばかりにうんうんと頷く。


 よく聞いておいてくれ、トーネ。洗脳された人間は、もうどうしようもないということを理解してくれ。


「……『大天使』様と彼女の側近の方たちにかかれば、魔物なんてどうってことないわ!あの人たちはここの冒険者より何倍も強くて、かっこいいんだから!」


「側近の方たちは悪魔狩りと冒険者を兼任していて、全員めっちゃ強えんだ!何回かカラハに行ったことはあるが、毎回あの方たちの活躍が見れてすごかったぜ!俺もこんなところで燻ってないで、早くあの方たちと肩を並べられるくらいに強くなりてえ!」


「全くよ!そのために、私たちこんな田舎町で冒険者やってるんだし!」


 目を怪しく輝かせながら、タンナルの街と人を貶してまで大天使と側近たちを褒め称えるオレガルとミト。


 トーネは驚いた顔で、二人のうわ言をなんとか受け止めようとしていた。どうにか、現実として理解しようとしていた。


「冒険者は稼げる。地元の街で資金を貯めてから、カラハに向かう冒険者は大勢いる。タンナルにも、他の街にも。オレガルとミトもそうだ」


 俺は囁き声で伝えた。


「……実は、俺たちもいずれカラハに行きたいんだ。村がなくなった今、できることは大天使様に仕えることくらいだからな」


「おお!それはいいな!」


「シンとトーネちゃんなら、カラハでもやっていけるわよ!あの方とお近づきになるのは難しいでしょうけど」


「……」


 俺は話を合わせ、残りの苦痛の時間をなんとかやり過ごした。トーネは呆けた表情で、口を噤むことしかできないようだった。


 その後は、冒険者ギルドに到着。素材屋で売り払った魔物の素材の代金を折半して受け取り、俺とトーネはオレガルとミトと別れた。


 今度は二人きりで、雑踏を宿に向かって歩いていく。


「言い方は悪いが、これからはオレガルとミトを利用するつもりだ。ときどき二人を誘って狩りの効率を高め、魔物との戦闘に慣れてお金も稼いでいく。分かってくれるか?」


「……」


 こくりと頷く。


「今の俺たちでは大天使の洗脳を解くことはできない。たとえ俺たちの真意を明かしたとしても、それは変わらないだろう。すなわち、二人を『レジスタンス』に迎えることはできない。それでいいか、トーネ?」


「……うん。諦める」


「……」


 『諦める』、か。刺さる言葉だった。


 この先、何度も諦めるときが来るだろう。他者を利用してでも、前に進んでいかなければならない場合がやってくるだろう。


 これは、その第一歩だ。前向きな言葉で表現するなら、慣らしとも言えよう。


「あまり気を落とさないようにな。落ち込んでいる暇はない」


「……うん」


 俺はあえて厳しめな言葉を選んだ。冗談を言う気分ではなかった。トーネもそれを理解して、ただ納得してくれた。


 宿に着いた頃には、陽は完全に沈んで夜にさしかかっていた。

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