表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第四話:人間と天使、奴隷と冒険者

二週間が経った。タンナルの街に来る前と比べて、トーネと俺は着実に強くなっている。


「……準備はいい?」


「ああ、どこからでもこい」


 今日もこうして向かい合い、街外れの野原で体術の鍛錬に励んでいる。


「はっ!」


 トーネは小気味の良いかけ声とともに、右の拳を繰り出してくる。無駄のない良い一撃だ。


 俺は左半身を逸らしながら回避し、自然に前に出る右半身で迫る。


 そうして首を締めよう伸ばした右腕を、トーネはしゃがんで避ける。組み技の対処法もばっちりだな。


 トーネは縮めた両足をバネに飛び上がり、下から突き上げるような右手の突きを喉元に刺してくる。いつだって鍛錬は全力だ。急所を容赦なく狙っていいと教えている。


 だがこの決まりがあるせいで、攻撃してくるポイントがある程度予想できてしまうのは改善点だな。


 俺は勢いよく頭を下げ、トーネの手刀を顎と首元で真剣白刃取りした。


「……っ!?」


 思いもよらぬ受け止め方に、トーネの顔に困惑が浮かぶ。


 俺はその隙に彼女の右腕を両手でつかむと、腰を捻って左後ろに投げる。トーネは転がりながら受け身を取るが、さらに大きな隙ができる。


 俺は振り返りながら肉薄し、トーネの体に馬乗りになる。


「……こうなったら、あとはどうなるか分かるな?」


「たこ殴り。気絶で済むならまし。一方的に殺される……」


「そうだ。殺される」


 両腕を巻き込む形で腰の上にまたがっているので、ちょっとやそっとの力では抜け出すことができない。ましてや相手が男であり、単純な筋力の差により余計に抜け出せないだろう。


 それらを理解しているトーネは、クールな顔に少しの悔しさを滲ませながら俺の言葉に応える。


「もっとも武器や魔法、御業がなければという話だけどな。今のように超至近距離で追い詰められたときは、『忘却の御業』を使うんだ」


 俺は立ち上がり、トーネに手を貸して立たせる。


「相手の記憶を奪って、混乱している間に拘束から抜け出す……。分かった」


 体中に着いた土埃をはたきながら、トーネは噛み締めるように戦いのやり方を吸収していく。


 いいぞ、もっと成長するんだ。


「少し休んだら、武器を使った練習をしよう」


「その後は、御業と魔法。がんばる」


「その意気だ」


 この二週間、かなりきつめに教えてきたが、トーネは弱音一つ吐かずについてきてくれている。『洗脳の大天使』を倒そうなんて考えるくらいだ、精神力が人一倍強いんだろうな。


 俺はそう思いながら、清潔なタオルをトーネに放るのだった。



 ※※※



 それから数時間後。日が沈む前に街に帰ってきた俺とトーネは、すっかり暗くなった夜の景色を窓から眺めながら、宿の一階にある食堂で夕食をとっていた。


「……やはり、おばさんの料理はおいしい」


「嬉しいこと言ってくれるねえ、トーネちゃん!たーんとあるから、おかわりしていってね!」


「はい」


 相変わらず、トーネと女将さんの相性は良い。


 俺以外に気軽に話せる相手ができて、さぞ居心地がいいのだろう。トーネの表情が心なしか緩んでいるように見える。


 守るべき対象の笑顔が見れて、俺も嬉しい。


「……シン」


「なんだ?」


「手が止まっている。体調が悪い?」


「……いや、大丈夫だ」


 まさかトーネの顔に見とれていてシチューをすくう手が疎かになっていたと、正直に言うわけにはいかない。


 俺は平静を取り繕いながらそっぽを向き、なんでもないことをアピールする。


「……もしかして、シン」


「なにを考えているか分からないが、もしかしない。大丈夫だと……」


「あーん」


 言い訳する俺を遮り、トーネは真顔で、自身の皿から一口すくって俺の口元に持ってくる。


「……なんのつもりだ?」


「私の分も食べたいんでしょう?」


「そんなことはない」


「遠慮しなくていい。それとも、人肌が恋しい?あーん、されたい?」


「それもない」


 俺は精一杯拒絶する。


 トーネの盛大な勘違いが、一刻も早く解消されることを願いながら。


「シン」


 すると、トーネはかしこまって俺の名を呼ぶ。


「なんだ」


 俺もついつい真剣になってしまう。


「あーん」


「だからいらないと……」


「あーん」


 駄目だ。一切を無視してあーんしてくる。


 こうなったトーネはもう止められない。俺が従うまでずっと、あーんと言い続けてスプーンを掲げてくるだろう。


 仕方がない、応じるしか……。


 俺は口を開け、トーネの一口を受け入れた。


「おいしい?」


「……うまい」


「よかった。私も、あーんした甲斐がある」


 満足げに言いながらも自分がした行為に今更気づき、顔を赤くするトーネ。


 恥ずかしくなるなら、最初からやろうとするな。


「それは、元々のシチューがうまいだけだ」


「まあ!なんてこと言うの、シン!」


 俺まで恥ずかしくなってきたのでごまかすと、一連のやり取りを盗み見ていた女将さんが叫んだ。


「愛しの妹からのあーんを無碍にするなんて、私の目が黒いうちは許さないからね!シン、トーネちゃんに謝りな!」


「いや、別に無碍にしたわけでは……」


「つべこべ言わず、謝るんだよ!」


「いいんです、おばさん。私は、シンにあーんできただけで嬉しかった」


「まあ!よくできた娘だことっ!それに比べてシンときたら……!」


「分かった。……感謝する」


 まるで裏で台本でも作っていたかのような二人の追及に、屈するしかなくなる。


 追い込まれた俺は、改めてトーネの方を向く。


「その、トーネのあーんは、よかった……」


「愛を込めたのだから、当然……」


 俺は蚊の鳴くような声で言うと、トーネは真っ赤にした顔をきりっとさせて言い放った。


 だから、そういうことを言うのなら恥ずかしがるなって。


「まあ、まあ、まあ……!!」


 テンションが最高潮になった女将さんが、いつにもましてボリュームの大きな声を上げる。


 それは充分やかましいが、俺の耳はある言葉を捉えた。


「……奴隷商人がやってくるって?」


 それは、後ろの席に座っている客が連れに向かって放った一言だった。


 俺は冷や水が注ぎ込まれたみたいに、熱にうなされた頭に冷静さを取り戻す。


「奴隷か……。ありかもしれない」


 そして、トーネ以外に聞こえないように得心する。


「シン?奴隷って、商品扱いされている人間でしょう?ありとはどういうこと?」


 話の重大さに気づき、音量を落として聞いてくるトーネ。


「そうだ。奴隷の認識はそれでいい。ありというのは、仲間にぴったりかもしれないということだ」


「仲間に……。奴隷なら、裏切らないから?」


「それもあるが、奴隷扱いされても自我を保てるほど強い精神を持つ、大天使の洗脳の影響下にない奴隷がいる可能性も考えられる。そういう人を、『レジスタンス』の一員として引き抜きたい」


「奴隷なら、洗脳への耐性が高いということ。……一理ある」


 最後のひとくちを飲み込むと、トーネは素早く俺の言いたいことを理解してくれた。


 身寄りがない孤児や悪魔のせいでなにもかもを失った人、自らを売るか他人に売られるかした人が行きつく先は奴隷だ。彼らは奴隷商人によって取引され、金や権力のある主人に買われることでその価値を見出している。


 洗脳の大天使のお触れで天使を奴隷にすることは禁じられているが、ただの人間風情はその限りではない。


「健康面で不安はあるが、言ってしまえば不安なのはそれだけだ。商品として扱われる奴隷は能力も十分だろうし、高い値を出せば基本的に戦力になるはず」


「高い値を出せば……。それっていくらくらい?」


「相場は安定しないな。それこそ奴隷の利用価値に比例する。能力が高ければ高いほど値が張る」


「大金を準備する必要がある?」


「ある。絶対条件として洗脳を弾ける精神力が必要で、あとは今後育てることを見越して価値が低めの奴隷を狙うつもりだが、金額面で設ける最低限のラインは高ければ高いほどいい」


「なるほど。お金はあればあるほどいい……」


「そうだな」


 トーネは頷きながら、お金の大切さを噛み締める。


 こうしてみると天使の彼女にも、人間界における経済の重要性がはっきりと伝わってきていることを実感する。


「だからトーネ、明日から冒険者をして仕事をこなしてみないか?『冒険者ギルド』で依頼を受けて、魔物を狩ってお金を稼ぐんだ」


「魔物を狩る?依頼ということは、誰かに頼まれてやるということ?」


「基本的にはそうだ。あとは、数の多い種が増えすぎないように駆除したりときもあるが」


 俺はトーネに、簡単に冒険者という役職と冒険者ギルドのことを説明する。


「冒険者ギルドの依頼をこなすために働く人を、冒険者と呼ぶ。そして冒険者ギルドは、世界から魔物の脅威をできる限り減らすことを目標に活動している組織のことを言う」


「冒険者たちは、タンナルみたいな街の安全を守っているということ?」


「そうだ。常に魔物と隣り合わせな人間界にはなくてはならない役職と組織だな」


「ふむ……」


 難しい顔をして考え込むトーネ。


 なにか引っかかることがあるのだろうか?


「この世界、人間界には悪魔もいる。悪魔を狩るのも冒険者の仕事?」


「いや、それは『悪魔狩り』の仕事だ。悪魔は水底からやってくることが分かっているから、川や池や湖、海沿いの地域に根ざした『悪魔狩り』が都度対処することになっている」


「では、あの『名無しの大悪魔』も悪魔狩りが対処している?」


「そうだな。ただこの辺りには悪魔狩りがおらず、カラハから派遣されたらしいが」


「その悪魔狩りは、倒せたの?」


「いや。討伐したという報せは未だ聞かないから、まだ野放しのままだろうな」


「やっぱり、私たちが倒さないといけない……!」


 トーネは歯を食い縛って決意を固める。


 俺の仇なのに自分のことのように心を痛めてくれる姿を見ると、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが同時に湧いてくる。


「そんなに気負わなくていいぞ。元来の残虐な性格に加えて、名前を忘却したことでさらに気が荒くなっているのは想像に難くない。俺たちが手を下さずとも、いずれどこかで目立つ行動をして悪魔狩りに倒されるはずだ」


「それはそうなのだろうけど、シンはそれでいい?自分の手で決着をつけなくても、いい?」


「いいわけない」


 食べ終わった。俺もスプーンを置き、冷たく言い放つ。


「片手間で村を滅ぼすような悪魔がのさばっていると考えると、虫唾が走る。俺のような目に遭う人をできる限り減らしたい。あいつを、倒したい」


「……シンの気持ちが変わらなくてよかった」


 トーネはそう言うと、白いナプキンで俺の口元を拭いてくる。


 そんなこと一人でできる。


「……ありがとう。トーネも、ついてるぞ」


「ん……」


 お返しにトーネの頬を拭う。


 トーネはされるがままだ。ここ二週間で、彼女の過剰なスキンシップの提供と要求にも慣れてきた。


 まあ、天使だから恥ずかしさに鈍かったりするのだろう。それにしてはいつも顔を赤くし、恥じらっているように見えるのだが。


 異性にこういうことをして、気恥ずかしさに囚われているのは俺の方だけなのか?


 食堂の淡い照明に照らされた白い肌に上気した頬の赤色が乗った笑顔を見ながら、そんなことを思う。


「とにかく、大天使も大悪魔も倒す。そのための奴隷だ」


「うん」


「仲間が増えるのは不安か?俺は、トーネなら誰とでもやっていけると思う」


「だいじょうぶ。誰とだってやっていける。……シンがいるなら」


 また、嬉しいことを言ってくれる。


 こうもストレートに思いの丈を伝えられると、俺は言葉に詰まってしまう。


「……そうか、分かった。そろそろ寝るぞ」


「うん」


 俺とトーネは女将さんに食事のお礼をし、部屋に戻るのだった。



 ※※※



 翌日。俺とトーネは朝一番に、冒険者ギルドの建物へとやってきた。


「すごい人……」


「皆依頼を受注しに来ている。依頼は早い者勝ちだからな」


「スピードが大事……」


 トーネはきょろきょろと周りを見ながら、俺とつないでいた手を固く握り直す。


 大丈夫、離れたりはしない。そっと俺も握り返す。


「ギルドには装備屋と素材屋と、喫食スペースが併設されている。装備屋と素材屋は分かるな?ここに来た翌日に同じような店に行ったが」


「覚えている。装備屋は武器と防具と便利な道具が、素材屋は魔物の素材が売っている場所」


「その通りだ」


 奥にある依頼を受け付ける窓口は十ほどあるものの、どこも冒険者でいっぱいだ。


 今日は依頼を受けられさえすればいいので、急ぐ必要はないと判断。俺はトーネを伴って喫食スペースのカウンター席に座った。


「おしゃれ……」


 正面の棚に並ぶ酒瓶の数々をうっとりと眺めるトーネ。


 俺もきれいだと思う。お酒は飲んで楽しむだけじゃないと気づかされる。


「とはいえ、今回はお酒を飲みにきたんじゃない」


「そうなの?」


「そうだ」


「でも一杯だけ……」


「駄目だ」


「シン……!」


「駄目なものは駄目だ」


 甘えても無駄だぞ。一滴たりとも飲ませないからな。


 実は一週間ほど前、宿の食堂でトーネとお酒を飲んだことがあるのだが、あのときは大変だった。流石に天使であることは隠していたが、酔っぱらって話し上戸になったトーネの口からいつ秘密が暴露されてしまうかとひやひやしたものだ。


 俺はあの日から誓った。トーネにお酒は飲ませないと。


「……お酒を飲みにきたんじゃないのなら、なにをしに来たの?」


 少し不貞腐れながら、トーネが聞いてくる。


「ここの店のカウンター席に座ることは、あるサインを出していることになるんだ」


「サイン?なんの話?」


「それはな……」


「おっす、シンじゃねえか!」


「女連れとはやるねえ!」


 俺が説明をしかけたところで、元気に声を張り上げながら男女が隣の席に座った。


 ちなみに、最初にあいさつしてきた方が男で、冷やかしてきた方が女だ。


「妹のトーネだ」


「……よろしく」


「へえ、その子がトーネちゃんかあ!かわいいなあ!」


「ふうん、かわいいねえ……!」


「いった、なにすんだよ!」


「なあんでもないわよお?ただちょっとお、足下がお留守だったからねえ!」


「だからって、踏むことはないだろ!」


 急に話しかけてきて訳の分からないといった様子のトーネを置いて、男女は夫婦漫才を繰り広げる。


 男の方、オレガルが女の子にかわいいと言い、女の方、ミトがやきもちを焼いてオレガルをしばく。この王道の流れが、いつも話を長くさせる原因となっている。


 二人は付き合ってはいないはずだが、二人以外の誰もがはよ付き合えと思っているお似合いのカップルである。


「……今日はトーネも連れていきたいんだが、オレガルとミトはいいか?」


「もちろん!それ込みで座ったんだからよ、気にしなくていいぜ!」


「私もオッケーよ!」


「むしろ大歓迎というか、かわいい子が近くにいると士気が上がるっていうか……!」


「ちょっとお?それ私がかわいくないってわけえ?」


「いだだだだ、それ以上は引っ張らないで!戻らなくなるから!」


「戻らなくさせてあげましょうか!」


 無視して本題に切り込んだのだが、また始まった。


「ここのカウンター席は、冒険者たちのマッチングに使われている。一人ないしは少人数の冒険者が依頼を達成するためだけの即席パーティを組みたいときに、こうして席に座って誘われ待ちをするんだ」


「なるほど。私たちはその状態だったから、オレガル、さんとミトさんが話しかけてきた……」


「そういうことだ」


 トーネをぽかんとさせたままにするのはかわいそうなので、浮いた時間を利用してきちんと説明する。


「オレガルでいいぞ!なんなら呼び捨ての方が嬉しいまで……いたっ!」


「なに言ってんのよ!……私も呼び捨てで、ミトでいいわよ!多分トーネちゃんより年上だけど、女の子どうしだもの!」


「ミトは女の子っていう歳じゃ……いだだだだ!」


「……この口を縫う針と糸を買わないといけないかしらね」


 よくもまあ、手を変え品を変えいちゃいちゃできるものだ。


 俺は嘆息しながら、隣のトーネに答えを返す。


「オレガルとミトは同い年で、二十代前半だ。家も隣りどうしで、いわゆる幼なじみというやつだな」


「ほうほう。だからこんなに仲が良い……」


「シン!トーネちゃん!見てないで助けて!……あだっ!」


「……トーネちゃんはいくつなの?」


「私は、十六。シンの二つ下」


「あら若いじゃない!今でこれなら、これからもっとかわいくなるわね!」


 本当はトーネの年齢は不明なのだが、人間の少女で俺の妹という設定を守るために十六歳ということにしている。


「それほどでもない……」


「トーネは村から出たことがなくて、社会の世情とか一般常識が欠けているところがある。なにか失礼な言動をしたら、俺からも謝らせてもらう」


「そうなのか!俺は気にしないから大丈夫だけどな!」


「私もよ!むしろどんどん迷惑かけてきてもいいわよ!トーネちゃんのことならなんでもしてあげるから!」


「ありがとう……」


 初対面の人に熱い言葉をかけられ、トーネは嬉しそうに顔を赤くして照れている。


 この二人は誰にでも優しく義理人情に熱い性格をしているから、きっとトーネともやっていけるはずだ。


「というか聞いたぜ?村が滅んじまったって」


「ハナトとパルはカラハにいるから難を逃れたけど、他の人は全員……。本当に悲しいわ」


「そのことは気にしなくていい。あの悪魔には絶対復讐すると決めている。俺とトーネでな」


「絶対……!」


 先ほどの朗らかな様子から一転、気の毒な表情をしたオレガルとミトに、黒い炎をアピールする俺とトーネ。


 命が軽いこの世界では、泣き寝入りを許さないという強い意志は大きな原動力となる。


「そうか、そうだよな。悔しいよな!俺たちも協力するぜ!なんでも聞いてくれよ!」


「私たちの方でもその悪魔について調べてみるわ。悪魔狩りから情報を引き出せるかも」


「ありがとう、二人とも」


 最初に声をかけてきてくれたのが二人でよかった。まあ、来るだろうと半ば読んでいたのだが、今日二人がギルドに顔を出すかどうかはちょっとした賭けではあった。


「他に待つか?」


「いや、今日は四人で行こう。マスター、お弁当四つください」


「あいよ」


 オレガルの問いに応えつつ、俺は喫食スペースの店主にお弁当をお願いする。


 店主はいい年したおじさんで、元冒険者らしい。今は現役を引退して、料理の仕込みからバーテンまでこなす冒険者ギルドの縁の下の力持ちとなっている。


「依頼をこなすメンバーが決まったら、大抵はお昼ごはんのお弁当を頼んでから、テーブル席に移動して持ってきてくれるのを待つ。ここまでが、野良で冒険者パーティを組むときの暗黙の作法だ」


 依頼を先に受けておくか、パーティメンバーが決まってから受けるかは人それぞれだけどな、と付け加える。


「すでにテーブル席についている客をパーティに勧誘するのはマナー違反になっている。厳密には禁止ではないが、やらない方がいいことの一つだな」


「見た目が冒険者でも、食事を楽しんでる場合がほとんどだからな!」


「あとはお弁当とか、テイクアウトの飲食を待っていて急いでいる人も多いわね!だからあまり話しかけない方が身のためってわけ!」


「なるほど、勉強になる……」


「おまちどおさまです」


 テーブル席に着いて少し雑談していると、店のウエイトレスがお弁当を四人前持ってきてくれた。


「……飲み物もある。注文間違い?」


「いや、合ってる。お弁当はセットでドリンクがついている」


「脱水でぶっ倒れたら元も子もないからな!」


「ギルドの粋な計らいよ。料金には含まれてるけど。……はいこれ」


「ありがとうございました~♪」


 オレガルがお弁当を受け取り、ミトがさりげなく代金より少し多めの金額を払った。店員へのチップも、人間界では推奨される行いの一つだ。


「人間の社会、よくできてる……」


「ん?なにか言ったかいトーネちゃん?」


「いやなんでもない」


 身支度は済んだが、気が緩んだせいかトーネの口からぼろが出てきてしまった。


 俺は慌てて取り繕いながら、トーネ、オレガル、ミトと一緒に冒険者ギルドをあとにするのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ