第三話:人間と天使、街と愛
「やっと着いたな」
「ここが、人間の街?」
「そうだ。タンナルの街という」
金属製の大きな門の前に立った俺たちは、村から一番近い街であるタンナルに到着した。
トーネは瑠璃色の瞳を輝かせて、開いている門から出入りする人々や街の中に広がる景色を眺めている。
「すごい……」
「さ、行くぞ。やることが山ほどある、はぐれないでついてきてくれ」
彼女を伴って、俺は門の前にできている列の最後尾に並んだ。
「こども扱いしないで」
そう言いつつも、トーネは半歩俺の方に近寄った。街の中は人通りが激しく、迷わない自信がないのだろう。
今、彼女は翼を消失させている。幸い天使の装束は汚れきっており、本人も血まみれ砂まみれなので、身なりからトーネが天使だと気づかれる可能性は低い。
なにせ天使は目立つ。『天使を至上の存在とし、見かけたら手を差し伸べましょう』という大天使の洗脳が、このタンナルの街にも蔓延っているためだ。
「手をつなごう」
「えっ、そこまでしなくても……」
「兄妹という設定で検問を乗り切るためだ。家族なら手を握っていても普通だろう?」
「家族……。分かった」
家族という単語に引っかかりを覚えたようだが、トーネは了承してくれた。
こうして、俺の左手と彼女の右手がつながれる。もちろん普通の握り方で。
「街の中と外を区切る門では、衛兵が検問を行っている。犯罪者や、人間に偽装した悪魔を入れないためにな」
「なるほど」
「大天使の洗脳のせいで天使はなんの問題もなく出入りできるが、トーネには人間として身分を偽ってもらいたい。天使だと過剰にちやほやされて、動きづらいからだ」
「分かった。翼を出さないようにすればいいだけ?」
「基本的にそうだな。あとは、人間の世界や仕組みについて知っている風でいてくれればいい。村から出たことがないという設定で俺もフォローするが、あまりにものを知らないと怪しまれる」
「りょうかい。むやみに聞いたりはしない」
よし。トーネに気をつけておいてほしいことは大体これくらいだ。
「そろそろ俺たちの番だな」
話している間にどんどん列は進んでいき、俺たちの検問の番になった。
「タンナルの街へようこそ、ってシンじゃないか!どうしてそんなに汚れているんだ?」
幸いというか不幸にもというか、検問の担当である衛兵は俺の知り合いだった。といっても、たまに街に来る俺の検問をよく担当していた程度の関係だが。
「アストさん。実は村から逃げてきた。俺の村は、悪魔に滅ぼされたんだ」
「それは、本当か?いや本当だろうな。お前が嘘をつくはずがないよな」
「信じてくれるとありがたい。なにせ証明が身一つ、いや身二つしかないものでな」
「お前たち二人が生き残りってことか?というか、その子は?村の子か?」
「妹だ。蝶よ花よと育ててきて、今まで村の外に出したことがなかった」
「なるほどなあ。確かによく見ると……」
そこで、アストが銀の兜に包まれたくたびれた中年顔をトーネの方に近づける。
左手に感じる握力が強まった。
「……きれいな顔してるな。まるで天使様みたいだ!」
にっかと笑って冗談にならない比喩を持ち出し、アストは目線を戻した。
相変わらずこの人は、いちいちおっさん臭いな。
「とりあえず、街に入るのを許可してほしい。体を洗いたいし、清潔な服がほしい」
「そうだな。規則通りなら、村が滅んだのを確かめるために調査隊を派遣して、シンの言葉が正しいことを証明してからじゃないと入れる正当性がないんだが、二人をぼろぼろのまま置いとくのも忍びねえ。俺がなんとかするから、さあ入った入った!」
「サンキュー、アストさん」
アストは誰にともなく言い訳をし、俺たちの前を譲る。
おっさん臭いが、彼は融通の利く衛兵だ。トーネのことはつつかれると予想していたが、なんだかんだ言って入るのを認めてくれるだろうとは思っていた。
「二、三日したら事情を聴くために衛兵が訪ねてくるから、街の中にはいるようにしてくれ」
「休むために滞在するつもりだから、元々そのつもりだ」
「それなら都合がいい。検問は終了だ。辛いと思うが、しっかり休めよ!」
「ああ」
俺とトーネはアストとすれ違い、門をくぐって街の中に入ることに成功した。
「あの……」
のだが、トーネは振り返っておっさんの背中に声を投げた。
変なことは言うなよ。
「ん、なんだ嬢ちゃん?」
「私、トーネって言います。いつも、兄がお世話になっています」
「おう!ずいぶん礼儀正しいじゃねえか、トーネちゃん!シンは手がかからなくて助かってるよ」
「もちろんです。シンは、最高のお兄ちゃんですから!」
トーネはそう言って、俺の左肩に飛びついた。
おい?
「はははっ!アツアツじゃねえか!守ってやれよ、シン!」
「当然だ」
熱を帯びたトーネのぬくもりを感じながら、俺はなんともないかのように言い残して通りの奥へ進んだ。
※※※
「なにを考えている、トーネ?余計に目立ってしまっただろ」
「でも、妹としての強烈なインパクトは残せた」
「あのなあ……」
「それとも、なに?シンは私に抱き着かれて嬉しくなかった?」
「嬉しい嬉しくないという問題じゃ……」
「嬉しくなかった?」
「……嬉しくないと言えば嘘になるな」
「なら、あれがベスト」
口論の末、クールな顔に勝ち誇ったような、けれども少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべて勝利を宣言するトーネ。
トーネめ。人間どうしの駆け引きを悪い方向に学習しているような……。
事情を話してタダで借りた、タンナルのメインストリート沿いに建つ安宿の一室で、俺と彼女は口論を交わしていた。
「じゃあ、さっきのことも仕方ないというのか?家族だから意識するはずがないという理由で、一部屋しか借りなかったのもベストな選択だったのか?」
「無償で借りるのだから、できる限り部屋数を少なく収めるのは当然のこと。それに、部屋が別々でシンは私のことを守れるの?」
「なんとしてでも守る。それは変わ……」
「急に、部屋に賊が侵入してきたら?」
「……」
トーネ様の仰る通りである。
ほぼあり得ないことだが、もっともらしい正論で返されてしまったら、俺はなにも言えない。
「分かった。一部屋を共有するのは納得した。ただし、同衾はなしだ。トーネがベッドを使ってくれ」
「なぜ?シンも一緒に寝ればいい」
「それは駄目だ」
俺はきっぱりと断る。
トーネという女性を守る以上、男女間の間違いは最大限ケアしなければならない。
「深い関係にない男女が一緒に寝るのはタブーだ。人間の世界ではな」
「そう。でも私はシンとなら……」
「駄目だ。同衾は、付き合っている男女がするものだ」
「じゃあ……」
「駄目だ。大事なことをそんな軽はずみに決めるな」
人肌が恋しいのか、それとも俺をからかっているのか。大して考えもせずうかつな発言を繰り返すトーネ。
まったく。天使はこんなにも、性や交際について疎いのか?
「とにかく、俺は床で寝る。トーネもそれで納得してくれ」
「……分かった」
絶対分かってないだろ。不服そうな表情をやめろ。
俺はその蠱惑的に美しい顔に目を背けながら、これからのことを言う。
「まだ日は高いが、今日は休む。まずは体を洗ってから、具体的な計画を立てよう」
「外には出ない?」
「出ない。買い物は色々する予定だが、明日以降だ」
「……そう」
トーネは頬を心なしか膨らませ、少し不満そうにした。
人間の街を見て周りたい気持ちは分かるが、俺たちは壊滅した村から避難してきた身だ。街に入ったその日にあちこちで姿を目撃されたら、元気じゃないかと怪しむ人が出てくるかもしれない。
「受付で頼んだから、そろそろ来るだろう」
コンコンッ。言い終わる前に、部屋のドアがノックされた。
ガチャッ!
「シン!トーネちゃん!着替えとタオルを持ってきたよ!お湯溜めといたから、はやく入んな!」
「ありがとう、おばさん」
入ってきたのはこの宿の女将さん。宿を切り盛りしている一番偉い人だ。
おばさんは山盛りの白色の衣類をテーブルに置き、小さくため息を吐いた。
「ありがとうございます。カーナさん」
「やあだもう!おばさんでいいのよ!」
底抜けに明るいおばさんと、一見クールなトーネの相性は悪くない。
先ほど対面した受付が初対面だが、もう打ち解け合っているように見える。
「バスタブは一つしかないから、先にトーネちゃんが入りなね!シン!覗くんじゃないよ!!」
「分かってる。妹に欲情なんてしない」
「まあ!こんなにかわいいのに手を出さないなんて、あなた本当に男!?」
即答したのに、変な責められ方をした。
これで責められるのなら、一体どう答えるのが正解なんだ?
「シンなら、覗いても……」
「いいから入ってこい」
トーネがまた変なことを言い始めた。
まったく。性格は違えど、女性が二人いると話が長くなる予感しかしないな。
一蹴し、俺は真っ白なタオルを手に取った。
※※※
入浴後。俺とトーネは隣り合って部屋のベッドに腰かけていた。
「風呂はどうだった?」
「……最高」
俺の何気ない問いに、いつどこで覚えたのかサムズアップで応えたトーネ。
そんな彼女の濡れた水色のロングヘアは艶やかに光り、上気した肌と相まって危険な魅力が醸し出されている。
「それならよかった。……では次にこれからについて話したいと思うが、疲れていないか?」
「大丈夫……」
声もいささか熱を秘めている。湯冷めしていないだろうか。
「じゃあ、やるか」
俺は小さく息をつき、一対の瑠璃色を見つめる。
その瞳には、真っ直ぐな信念があった。
「改めて問おう。洗脳の御業を使う、あの大天使の打倒を目標に据えるのは変わらないな?」
「うん。人間たちを解放して、自由な世界を作りたい」
「自由か。それは今の、偽りの平和を崩してでも得たいものなんだな?」
「うん。私は、真の自由を望む」
なるほど。行動原理はしっかりとしているようだ。
「それなら、目的のために動こう。俺はトーネに尽くす」
「ありがとう。私のために」
「気にするな」
トーネが意志を持って決めたように、俺も意志を持って決めたことだ。
「話を進めるぞ。……大天使を倒すためには、彼女の牙城に切り込む必要がある。それは分かるな?」
「うん」
よし。目的のためになにをしたらいいか分からない、という状態ではないな。
「大天使が住んでいるとされているのは、ここタンナルの街から東に数十キロ進んだ先にあるカラハという港町だ。あえて自ら海に近い場所に身を置くことで、洗脳した人間たちの士気を高めているらしい」
「港町に?それは知らなかった」
天使は空の遥か上、天上から舞い降りてくるとされている。人間の情勢に詳しくないのは仕方のないことだ。
こうして、分からないことを分からないと言ってくれるのは助かる。
「海の底からは悪魔がやってくるのだよね。危険じゃない?」
「もちろん危険だ。だから、大天使は天使と人間の護衛をつけている。数十人規模のな」
「そしてその全員が、洗脳されていると」
「おそらくそうだ」
俺が語っているのは、現時点において世間で明らかになっていることだ。確定事項ではないので、曖昧な言い方をしている。
「天使の世界では有名ではなかったか?大天使について」
「ほとんど情報はない。有名ではあったけど、その存在しか知らなかった」
「無理もない。大天使が人間界に降り立って洗脳を広めてから、数百年が経っていると言われているからな。トーネはいくつだ?」
「……いくつ?」
「年齢だ。今年で何歳になる?」
「……数えたことがなかった。分からない」
「そうか」
軽く振ってみたが、思いの外の困惑が返ってきた。
天使は時間の流れや誕生日なんかに疎いのか?天使という種族とまともに意思疎通したのは初めてなので、勝手が分からない。
「分かった、年齢の話はしないでおく。……大天使による洗脳は数百年の間人間界に浸透しているため、『水底から這い出てくる悪魔は滅ぼすもの』、『人間は天から舞い降りてくる天使を崇拝し、尽くすもの』という間違った常識が世間一般に蔓延っている。ここまでは飲み込めるか?」
「……飲み込んだ」
本当か?凛々しい目つきはいつにもましてきりっとしているが、怪しいな。
「他の天使たちとこの世界に降り立ったときに、出会った人間から見たり聞いたりした」
「それは、忘却の御業を使って離反する前の話か。それで自由を求めることにしたと?」
「そう。自分の目で見て、耳で聞いてみて、今の世界は死んでいると思った」
「なるほど」
洗脳の影響下にない天使が洗脳に侵された世界を目の当たりにし、改革を望んだわけだ。
「改革を望んで行動に移すとは、トーネは強いんだな」
「シンほどではない」
おっと、脱線しそうだな。
「つまり大天使を倒すということは、人間世界の歴史に楔を打ち込むようなものだ。歴史を変えるためには、圧倒的で絶大な力が必要になる」
「力……。今の私たちの力では、不十分?」
「不十分だ。仮に俺やトーネが何十人いても、大天使の喉元には届かないだろう」
「それだけ、大天使は強固な防衛を敷いているということ?」
「そうだ。あくまで伝聞の話だけどな」
とはいえ、大天使は豪語しても過言ではないくらいの戦力を抱えていることは確かだ。最も大きな悪魔の発生源である、海を何百年も守備しているんだから。
「大天使の影響力は分かった。では、倒すために私はなにをしたらいい?」
「簡単だ。力をつける。強くなればいい」
「強く……。やはり人間の世界は修羅……」
俺の話に、トーネは呆気に取られたという風にわざとらしく目を丸くした。
彼女も無名の大悪魔の襲撃を以て、人間界の苛烈さをよく実感しているはずだ。
「天使の世界はどうなんだ?争いごとはないのか?」
「なんとも表現しづらい。人間の言葉で言うなら、『怠惰』。天界の天使たちは皆無気力で、雲に寝そべってぼうっとして過ごしている」
それはなんとも、つまらないな。聞いておいて失礼な感想だが。
「私の話はいい。強くなるにはどうしたらいい?」
「具体的な話だな?色々考えてある」
なにも対象を甘やかして庇護下に置くだけが、守るということではない。対象自ら強くなり、自衛してもらうこともまた、守るということにつながる。
「まずトーネには、体術と短剣の扱いを覚えてもらう。少なくとも単独で野生を生き抜いていけるくらいの力をつけてほしい」
「りょうかい」
最悪俺が死んでも、この世界で生きていける実力を身に着けてほしい。
そこまでは言わない。
「あとは、御業のコントロールだな。無名の大悪魔にやったように、対象の名前しか忘却させられないのか、それとも全部忘れさせられるのか、それとも狙った記憶だけ忘れさせられるのか」
「あのときは全部消すつもりで発動したけど、上手くいかなかった。シンは、練習次第で御業をコントロールできると考えている?」
「人間における魔法みたいなものだと認識していたが、違うか?想像の仕方を工夫すれば、いくらでも腕を上げられると思っている」
「そう?」
「御業については分かっていないことが多いから、俺も分からない。気合いでどうにかなるかもしれないし、なにをやっても成功しないかもしれない。ただ、トーネが大天使を倒すくらい強くなるには、御業の力は不可欠だ」
「……確かに」
俺も分からないので、適当になってしまっている。
正直、トーネが忘却の御業を上手く扱えるかは未知数だ。しかし、練習しておいて損はないだろう。
「そして最後に、仲間を集めたい」
「仲間?私とシンだけじゃ、大天使は倒せない?」
「倒せないとは断言できないが、仲間がいれば道のりはだいぶ楽になる。それに……」
俺はトーネの瑠璃色の目をじっと見つめて言葉を止める。
「それに?」
対して、彼女も俺の目を見つめてくる。
『俺が死んでも、仲間に守ってもらえるだろう』。
俺はその言葉を飲み込み、言い訳する。
「それに、俺やトーネのように、洗脳下にないか洗脳に抵抗できている人たちがいるかもしれないだろう?そうした存在を仲間に引き込めば、簡単に戦力を増強できる」
「確かに」
「そういう人たちも現状を変えたいと思っているだろうから、渡りに船だ。仲間になってくれるかどうかまでは分からないが、せめて協力者くらいにはなってくれるかもしれない」
「大天使の対抗勢力を育てていくということ?」
「そうだな。言うなれば、『レジスタンス』だ」
「『レジスタンス』……」
人間の言葉特有のかっこいい響きに、トーネの目がきらきらする。
「体術と短剣術、御業の修行と仲間候補の勧誘。これらを目標に据えて短期的に強くなるぞ」
「分かった」
トーネは素直に俺の言葉を聞き、頷いてくれた。
よし、これで目的の共有ができたな。
「それじゃあ休むとしよう。基本宿から出るなよ」
「待って、シンは?」
「なにがだ?」
「シンの目標はなに?強くなるためになにをするの?」
「俺か?俺は直剣の扱いと魔法の修行をする。トーネの護衛をしながらな」
「なら、私と一緒にやろう」
「一緒に?」
「それなら護衛と一石二鳥、でしょ?」
「確かにそうだが……」
俺は困って頬を掻く。
トーネを守りつつ自分を磨くことに集中できるかと問われれば、自信がない。
「しばらくはタンナルの街にいるのでしょう?」
「ああ。だから少なくとも、悪魔が襲ってくる危険性はほぼないな。ここは内陸だし、近くに川や湖もない」
悪魔は水底からやってくる。だからこそ、水辺には細心の注意を図る必要がある。
「それなら比較的安全なはず。シンも気兼ねなく修行できる」
「まあ、それもそうだな」
口車に乗せられた気がするが、トーネの言うことも一理ある。
効率を最大限考慮して強くならなければならないからな。人間社会という笠を利用しない手はないか。
「……じゃあ、俺も一緒に鍛錬させてもらう。明日の朝必要なものを買ったら、早速行動に移るぞ」
「分かった」
「今から体を休めておいてくれ。ここは安全だ、気を張らなくていい」
「うん」
同じ部屋に俺がいるから、最悪俺が身を挺して守れる。
ただ、剣がないな。今まで使っていた直剣は無名の大悪魔との戦いで失くしてしまった。はやく代わりを用意しないと。
なんてことを考えつつ、部屋のあちこちに視線を巡らせる。
「シン」
「なんだ?」
「シンも心を落ち着かせればいい。ずっと警戒しているように見える」
「俺はそれが責務だからな。気にしなくていいぞ」
「安心して、私がついている」
「それは俺のセリフだ。俺がついているから……」
「シン」
トーネは俺の言葉を遮ると、急に抱き着いてきた。
「……なんの真似だ」
「シン。あなたは努力している。村が滅んだのは、あなたが弱いせいじゃない」
「俺は気にしていない」
「いいえ、シン。気にしていないつもりでも、気になっているはず」
俺を抱擁しながら、トーネが優しく語りかけてくる。
「無意識の範疇か。否定はしない」
「でしょう?私があなたを守るから、シンも休んで」
「俺が休んだら、誰がトーネを守る?」
「それはもちろん、シン」
俺かよ。
「それじゃあ休めない」
「ここは安全なのだから、必要なときが来たら守ればいい。それまで、シンも私も休む」
「だが……」
「だがじゃない」
さらに強く抱きしめられる。
水色の美しい髪が主張し、石鹸の香りが鼻をくすぐる。
五感を通して、トーネの愛が伝わってきている。
「寂しくなったら、私を頼って。あなたは一人じゃない」
「……」
寂しい、か。
村を守護していたときから俺はずっと、寂しかったのかもしれない。
「寝てもいい。私が見てるから」
「……分かった」
抵抗しても無駄か。
それならいっそ、全てを委ねるのもありかもしれない。
俺はトーネの剣であると同時に、トーネは俺の翼なのだから。
そう自らを納得させた俺は、守るべき対象に見守られながら意識を手放すのだった。