お嬢様は、後片付けをする(2)
「あら、お久しぶりね。アビー」
店先にいた女性に対して、クリスティーナは気軽に声をかける。
「お、お久しぶりです……」
対して、アビーと呼ばれた女性は顔を青ざめさせつつ、震えながら答えた。
「クリスティーナ様。本日は、どのようなご用件で?」
同じく店先にいた別の女性が、クリスティーナに声をかける。
下位身分の者が上位身分の者に声をかけるのは、本来であれば不敬に当たる。
けれども、クリスティーナは咎めない。一々咎めても……という思いもあるが、最たる理由は彼女の訪問がお忍びだからだ。
「まあ、カーサ。そんなに警戒しなくても、大丈夫よ。今日は職業訓練校の様子を見に来ただけだから」
クリスティーナはコロコロと笑ってみせた。
「……私の応対で不快にさせてしまいましたら、大変申し訳ありません。クリスティーナ様への無礼がないよう、細心の注意を払わなければならないとの思いが先走ってしまいました」
「ふふふ、今日の私は単なる訪問者よ。どなたか、上役の方と話をしたいのだけど?」
「畏まりました。それでは、ご案内します。少々お待ちくださいませ」
カーサは二人を一旦その場に待たせ、二階を駆け上がる。
そして二人の訪問を上司に告げ、再び二人のもとに戻った。
そして、二人を上司のもとに案内してから再度店先に戻る。
「……ごめんね、カーサ」
戻ってきたカーサに対して、アビーが頭を下げた。
「別に良いよ。……でも、クリスティーナ様のことを恐れ過ぎ。あれじゃ、あの方が大目に見てくださっても、横の従者の方が不敬と咎めても不思議ではなかったと思う」
カーサは溜息を吐きつつ、アビーの謝罪を受け入れた。
「まあ、気持ちは分かるけどね。……あの方に初めてお会いした時から……私も、どうしても震えちゃうもの」
いつまでも顔を青ざめさせていたアビーに、あえてカーサはおどけて見せた。
彼女たちが初めてクリスティーナに会ったのは、バアルと他毒殺事件に関与した面々が連行された後、それでもチュター商会を存続させると彼女が宣言しに来た時のことだ。
はじめ、商会を存続させると言われた時には理解ができなかった。
なにせ、会頭が罪を犯したのだ……誰もが、路頭に迷うことを覚悟した。
それならばまだマシで、むしろ連座で自身すら共に罪に問われるとすら。
そうして不安な日々を過ごす彼女たちや残った商会の面々に向け、彼女は宣言したのだ。
彼女たちを罪に問わない、商会を存続させる……と。
その言葉は、まさに彼女たちが欲しかったそれで。
普通であれば、彼女たちは喜び肩の力を抜いたことだろう。
けれども、そうさせなかったのが他ならぬクリスティーナだった。
『貴女たちは、崖っぷちにいる。例え直接事件に関与せずとも、何故近くにいて見抜けなかったのかと誹りを受けることは必須。商会の信用は地に落ち、この先、その商会に名を連ねていた貴女たちも苦難が待ち構えているでしょう』
クリスティーナは開口一番、そう告げた。
反論しようと思えば、できたのかもしれない言葉。
けれども彼女が纏う空気が、一切の反論を許さなかった。
『だからね……私が、拾い上げてあげる』
カーサはあの時、自然と跪こうとしていた。
それ程、彼女の纏う空気は十代の小娘が纏うそれとは隔絶していたのだ。
『チュター商会は本日をもって、アビントン伯爵家の手足となる。貴方たちは、数々の成果をあげ、名誉を取り戻しなさい。そうして、自身が望む道を掴み取りなさい』
誰からも反論はなかった。
むしろ、彼女の恐ろしさが刻まれた時だった。
それ故に、クリスティーナはその後も何度かチュター商会を訪れているものの、未だに誰もがその度に構えるほど。
「ま、そうは言っても、いつまでも怖がっているところを見せる訳にもいかないでしょ?成果をあげなければならないのだから、尚更だよ。だから、アビー。もう少し、クリスティーナ様に慣れようね」
「う、うん……」
アビーはカーサの言葉に迷いなく頷いた。
とは言え、どうやらいきなりの有限実行は難しかったようだった。
クリスティーナとアルバートが階下に戻ってきた時には、相変わらずアビーの表情は冴えないままだったのだから。




