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伯爵令嬢の我儘  作者: 澪亜
EP5.我儘の影響
21/37

お嬢様は、懸念する(3)

本日更新2話目

その翌日から、アルバートの姿がクリスティーナのそばに居る時間が減った。

……とは言っても、いつも二人は四六時中共いるぐらい長いため、どちらかというと比較対象が長過ぎる、ということかもしれないが。


彼がいなくとも、彼女の日常は変わらない。

けれども、どことなく彼女は寂しそうだった。

時折自身の後ろを振り返っては、小さく溜息を吐くことすら。


「……お待たせ致しまして、申し訳ございませんでした」


だからこそ、アルバートのその言葉を聞いて、彼女は素直に歓喜を表情に映した。

それが淑女としては誤りであったとしても。


「今回の件、原因はドブソン子爵家です」


「ドブソン子爵家……?ああ、やっぱり。それにしても、懐かしいわね」


ドブソン子爵家。

かつて、伯爵家でありながら降格して子爵家となった家。

ドブソン伯爵領は金属加工が盛んで有名だった。

けれどもクリスティーナの父であるモーガンが、十年以上前に金属加工の新技術を発表し、焦った当時のドブソン伯爵家当主が彼女を拉致しようとしたことで一変。

その企みをアビントン伯爵家……というよりもクリスティーナとアルバートに完膚なきまでに砕かれ、結果、衰退を余儀なくされたのだ。


「やはり、予想がついていましたか」


「まあねえ……。バイロンが、薬の値段が上がったことを教えてくれたでしょう?だから、一つの可能性として予想はしていたの」


「まあ、そうでしょうね。一応、おさらいを兼ねて答え合わせですが、ドブソン伯爵領は金属加工の事業が不振となった後、製薬事業が中心となりました」


アビントン伯爵家はドブソン伯爵を見逃した。

と言っても、勿論、仏心を出した訳ではない。


実際、モーガンは当時の当主を蟄居処分に追い込んだ。更にドブソン伯爵領で働いていた職人たちを根こそぎ引き抜き、加えて原材料の輸出も止めるという経済制裁まで行った結果、ドブソン伯爵家は没落するその間際まで堕ちた。


没落を免れたのは、その他の王侯貴族がアビントン伯爵家を止めたからだ。

各家の思惑はそれぞれで、理由もその数だけあるが、大きくは鬼才モーガン・アビントンを恐れたか、或いはこれ以上アビントン伯爵家に力をつけさせたくなかったか。

いずれにせよ、アビントン伯爵家も落とし所を探っていた為、彼らの零落ぶりに溜飲を下げて引き上げた。


「ふふふ、だからこそ、彼らにとって戦争が起きるという噂は良い商機。物の値段の変動要因は、需給の不一致。需要が高まれば、彼らにとっては都合が良いものね」


「ご指摘の通りです。戦いが起これば薬値が上がるのは必定。……聖女が表舞台から姿を消した今の世なればこそ、より需要は高いですから」


「……親子揃って面倒ね。むしろ現当主には、家が存続できたことを我が家に感謝して欲しいぐらいだわ」


「確かに。……更に言えば、貴族の誰も彼も自分こそがモーガン様を止めたと妄想しているようですが、笑止千万。飛地であればこそ、当主様が見逃しただけでしょうに」


「それは私も思うわ。あの領地を我が家が得ても、管理が大変だもの……。まさか得るだけ得て、我関せずはできないでしょうし」


クリスティーナは溜息を吐いた。


「とは言え、面倒だと捨て置いたツケが回って来ているわね。既に、賽は投げられた。薬価は、あの家の望み通りに上がってしまっている」


バイロンに薬の価格が上がっていると聞いてから、アルバートも注視して見ていた。

彼の言う通り、アビントン伯爵家以外の場所では軒並み価格が上がっている。

特に、王都やドブソン子爵家はそれが顕著だ。


「クリスティーナ様……」


「薬の価格は、どうとでもなるわ。問題は、後始末。あの家は、民意の恐ろしさを理解していない」


クリスティーナは、瞼の裏側に思い浮かべる。

かつて、彼女が目にした狂乱を。

キッカケは、些細な噂話。

たとえ、根も葉もない噂話であろうとも、人は面白いと思ったものを広める。

広めて、更に歪められて、そしていつの間にか、まるでそれが真実のように語られ出す。

そうして、いつの間にか狂乱に国ごと飲み込まれた例があった。


今回も、それとよく似ている。

茶会での皆の発言も、言葉だけは綺麗で勇み立つそれであれど、まるで中身がない。

けれども、人は見たいものだけを見る。

まるで、隣国との戦争を望んでいるかのように。


「理解せず、策を弄して黒幕気取り。本当に呆れるわね」


王侯貴族であればこそ、適切にそれをコントロールしなければならない。

けれども、ドブソン子爵家は全くそんな意識をせずに煽るだけ煽ってしまった。

既に、ドブソン子爵家が収められる範疇にないほどの範囲と熱を持っている。


「仰る通りかと。最も愚かなのは、事ここに至っても、あの家は何をしでかしたのかを理解していない」


「その実、火薬庫の上で操り人形となって踊っているだけでしょうに……ねえ?」


アルバートは彼女の問いに首を縦に振った。


「操り人形の糸の先は、誰?」


「……先に、ご教授頂きたいのですが……何故、『糸の先』があると思われたか、伺っても?」


「あら……答えは至極簡単。陳腐な踊りしか踊れない輩なのに、振付までできるはずがないでしょう?」


「それはそうですが……」


「決定打は、彼らの立ち位置ね。落ちぶれた子爵家が、詳細な交渉状況を知る由もなし、だもの」


「ああ、なるほど」


頷きながら、アルバートは僅かに苦笑を漏らした。


「尤も、振付師も悪い腕前のようだけど。それで、振付師は誰?」


「レルフ侯爵家です」


「あら、軍務卿が?」


「いえ……軍務卿ご本人ではなく、その親族です」


トラヴィス・レルフ。武の名門レルフ侯爵家の当主にして、オールディス王国の軍を束ねる軍務卿を勤める人物だ。


「……親族?」


「はい。トラヴィス・レルフ本人ではなく、その従兄弟であるイートン・レルフです」


「ふーん……そのイートンとかいう輩の動機は興味ないけれども、要するに戦争がしたいのね?」


「仰る通りかと」


「だとすれば……どうして……」


クリスティーナの呟きに、アルバートは首を傾げた。

けれども、彼は彼女に問いかけるようなことはしない。彼女が考えに耽るように、視線を宙に彷徨わせていたからだ。


「アルバート。クレイグの狙いは、我が家か、もしくはこの領地かもしれないわ。一番怪しいのはお父様か私ね」


「どうして、そのように?」


「お父様がクレイグの逃亡を知らせてくれたときにね、ブランジュの調査も一緒に付けてくれていたの。それで逃亡当日の責任者が、レルフ侯爵家の傍系なのよ」


「つまり、アビントン伯爵家を狙ったと?」


「確証はないけど、出来すぎてないかしら。我が家に恨みを持ったドブソン子爵家。その家と利害が一致すると結託した、レルフ侯爵家の一部。更に言えば、お父様は開戦反対派よ?そんな状況で、彼らがクレイグを逃亡させた理由が、ドブソン子爵家からの条件であったとすれば、これ幸いにと乗らないかしら?」


「なるほど……ありえそうですね。特にドブソン子爵家はアビントン伯爵家の報復で、協力者も手駒も結構な数を失っていますから」


「やっぱり、そうよね……」


「先に、追いますか?」


「ええ、お願い。本人だけは、生かしておいてね」


「承知致しました。……後始末は、如何いたしましょうか」


「薬は私の方で対処するわ。後々、大人しくできない男が現れて面倒なことになると思うけど、まあ、掃除できる時に掃除した方が良いと今回の件で学んだし、良いわよね。……それはさて置き、今回の件についたは、本質的な後始末は矛先を移すしかないわね。身から出た錆、しっかり責任を取ってもらいましょう。それが落とし所じゃないかしら?」


「レルフ侯爵家は?」


「当主の出方次第だけど……このご時世、首輪をつけるだけが最上ね」


ふと、クリスティーナは一瞬考え込む素振りを見せてから、再び口を開く。


「あちらには、お土産が必要かしら。今も細々と交流はあるし、そちらから手を回させましょう。お父様には書状を書くから、渡しておいてね」


「畏まりました。……主人に勝利を捧げます」


そうして、アルバートは消えた。


「……いつの間にか、夜になっていたのね」


彼が消えた後、ふと彼女は窓から外を見る。

陽は完全に沈み、濃紺の色で空が染まり上がっていた。


彼女は溜息を吐きつつ、窓枠近くの柱に体重を寄せる。

額をピタリと窓に近づけると頭が冷え、おかげで徐々に先ほどまで感じていたドブソン子爵家への苛立ちな不快感も落ち着いていくような気がした。


次回明日の20時更新です

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種を蒔いたからには、ナニが実っても刈り取って頂きませんと。
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