お嬢様は、訝しむ⑦
「あれ……俺は、どうなって……」
そう呟き終わるのが遅いか早いか、彼は飛び起きる。
「安心しろ。お前を捕らえていた者たちは、皆、連行されて行った」
アルバートの声に、彼はピクリと僅かに体を強張らせた。
「……あ、アルバートさん?」
恐る恐るという言葉がピッタリなほど、ゆっくりとアルバートへとテッドは顔を向けた。
「ああ、そうだが?」
「何故、貴方がここに!?」
ちなみにブレットは、普段こんなに丁寧に話すことはない。
彼が丁寧に話すのは、彼が憧れるアルバートとその主人であるクリスティーナだけだ。
「それは勿論、院からの帰る時に、不審な動きをしていたお前を見つけたから」
「ああ……見つかってましたか……」
肩を落とすブレットに、アルバートは厳しい視線を投げかける。
「逆だ、逆。俺たちが見つけていなかったら、お前は確実に死んでたぞ。エイミーさんに怒られることぐらい、精々甘んじて受けておくんだな」
「……はい」
ブレットが分かり易いぐらいに、落ち込んで小さくなった。そしてそのタイミングで、クリフが起きた。
毒を投与されてから治療までの時間が短ければ短いほど、早く目覚めている。
「あれ……」
「体調はどう?」
クリスティーナの言葉に、驚いたようにクリフは体を起き上がらせた。
この時点でやっと彼女の存在に気がついたブレットは、目を大きく見開いている。
「……俺は、助かったのか?そもそも、あんたは……」
「クリフ、ダメだ!」
クリフの言葉を遮るように、ブレットが叫んだ。ブレットの慌てように、クリフは訝しむように首を傾げている。
「あら……ブレットは、私のことが分かったのね?」
「……今日も、会ったばかりですので」
「あらあら、変色だけでは、変装にはならないのかしら?ああでも、クリフにはバレてないみたいだし……よく会う人に遭遇さえしなければ、大丈夫なのかしらね」
クリスティーナはそう言って、苦笑を浮かべつつ肩をすくめた。
「おい、ブレット。コイツは一体……」
蚊帳の外にいることに不快感を覚えたのか、クリフは隣のベッドに座るブレットに小声で問いかける。
「私は、ティーナよ。ブレットのいる孤児院に、僅かだけど寄付をしている家の娘なの。その縁で、ブレットも私のことを知っているのよ」
「なんだ、ただの金持ちのお嬢さんか……」
クリフの呟きに、アルバートの手が僅かに動いた。その様に気がついたブレットは慌てて立ち上がって、クリフを叩く。哀れ、その顔色は青を通り越して真っ白だった。
「ティーナ様には、お世話になってるんだ!クリフも、そんな失礼な口をきかないでくれ」
突然の反応に、クリフは唇を尖らせる。
「なんだよ……お前だって、いつまでも金持ちの世話になりたくないって、金になる仕事が欲しいって言ってたじゃないか。だからこそ、この仕事を紹介してやったのに……っ!」
「結果、死にかける、か」
クリフの叫びに、アルバートが呟く。
その的確なツッコミに、クリフは反論できずに俯いた。
「こんな……こんな、仕事だとは思わなかったんだ!コリーさんは、昔からの知り合いで……っ」
「そのコリーは仕事の詳細は知らなかったようだが、ヤバい仕事だとは理解していたようだな。まあ、給与は異様に高いし、誰も戻らなければ理解しない訳もないが」
クリフは悔しそうに眉を額に寄せ、唇を噛み締める。
「……哀れね」
クリスティーナの言葉に、クリフは顔を真っ赤に染めて立ち上がった。
けれども彼女に掴み掛かる前に、ブレットが押し留める。
「さっきから、お前は何で邪魔するんだ!俺とコイツ、どっちが大切なんだよ!」
「お前だよ!」
ブレットの答えに、それまでの勢いはどこへやら、クリフは僅かに驚いたように動きを止めた。
「お前が、大切だから止めるんだ!……良いか、ティーナ様の護衛には、アルバートさんがいる!」
「……だから、何なんだよ?」
「この人は、強いんだ!そりゃ、もう……街の誰も、この人には敵わない程。そんでもって、ティーナ様への無礼には容赦ないんだ。例え、ティーナ様が許そうとな。多分、この人がこの場に居合わせているってことは、俺たちを捕まえた奴らもこの人が始末したんじゃねえか?」
「は……?」
「そうだな。諸々調べる為に、殺してはいないが。先程まで、そこに無様に転がっていたな」
「は……?」
「ほらみろ。……もし、今お前が動いていたら、細切れになっていたかもしれねぇぞ!」
「は……?」
「細切れどころか、塵も残さない予定だったんだが」
一瞬、アルバートが威圧する。
勿論、先ほどの三人に向けるそれよりも断然優しいそれだ。
「……は?」
けれどもクリフは感じたことのない寒気に、顔色は土気色になっていた。
奇しくも、先ほどのブレットと同じ色だ。
「あら、それは私が許さないから安心して。全てを話した訳でもないのに無礼を咎めるのは、フェアじゃないでしょう?」
この場で唯一人、クリスティーナだけが笑っていた。
「ティーナ様、何故、哀れだと?」
「あら、だってそうでしょう?知り合いに騙されて、死にそうな目に遭って。これを憐れまなければ、かなり冷たい人だと思うけど」
「そりゃ、そうかもしれないけど……」
「お金持ちのお嬢様に憐れまれるのは、プライドが許さない?」
彼女の正体を知るブレットは僅かに悩みが滲む視線を、彼女の正体を知らないクリフは深く同意するような怒りが移った視線を彼女に向ける。
「その意気は良いわね。……中身が伴うのであれば」
二人の視線を受けて、それでもクリスティーナは笑みを崩さない。
それどころか、彼らを挑発するような言葉を平然と紡ぐ。
「今回の一件、貴方たちは簡単に騙されて死にそうになった。このままじゃ、幾ら志やら夢を持とうとも、呆気なく死んでしまうわよ?」
「今回のことは、たまたま……っ!」
「あのね、貴方たちの方こそ理解していると思うけど、世の中は善意だけで成り立っていないのよ。善意と悪意、それから多くの無関心で成り立っているわ」
「そりゃ、そうですけど……」
「貴方たちが次、悪意を掴み取らないなんて、どこにも保証はない。むしろ、貴方たちは悪意を掴み取る可能性が高いと言って良いわね」
「俺たちが貧乏だから、ってことかよ」
「そうよ」
挑発するようなクリフの言葉に、けれどもクリスティーナは間髪入れずに同意する。
クリフどころかブレットすら怒りを露わにする中で、けれどもクリスティーナは静かに口を開く。
「本当に、どうしようもなく不平等なのよ。生まれる家は、選べない。生まれ持った顔も、身体能力も、魔力も。何もかも、平等じゃないの」
「そんなこと、俺たちだって知ってるよ……っ。お前なんかに言われるより、よっぽど!」
クリフがそう言いながらも掴み掛からないのは、彼女の隣に移動してきたアルバートの存在があるからこそだった。