お嬢様は、訝しむ⑥
ふと、アルバートはクリスティーナに目を向けた。何か追加で質問がないかと問いかけるために。
クリスティーナは、無言のまま首を横に振る。
その反応を見てから、アルバートは三人の意識を刈り取った。
「お疲れ様です、アルバート様」
次の瞬間、細身の男性が入って来た。
勿論、偶然でのタイミングの良さではない。
アルバートの指示によるものだ。
入って来た男性は、アルバートを凌ぐほどの高い身長が特徴的だ。
薄水色の髪は腰ぐらい長いが、キッチリと三つ編みで一つに纏められている。
彼は、ズルズルと男性を一人、引きずっていた。
……地下に来る前に消えた、案内役のコリーだ。
「トーマス、ご苦労」
「いやー……労われる程のことはしてないっすよ。この男、弱過ぎてツマラナイぐらいだったんで」
トーマスはそう言いつつ、苦笑いを浮かべた。尖った八重歯が、唇から僅かに露出する。
彼は、アルバートが雇っている協力者の一人。
アビントン伯爵家そのものが雇っている訳ではないため、彼にとってのボスはあくまでアルバートだ。
「まあ、だろうな」
「この後始末、俺が引き継ぎますが?……ただのおつかいで、全く付加価値をつけられなかったので、このままだと給料泥棒になりそうです」
「ああ、それは不要だ。ブランジュに任せようと思っている」
「なるほど……それなら、伝えておきます。コイツ………コリーには幾つか質問しましたが、コイツの役割は、どうやら斡旋者っすね。要するに人を集めて、ここに連れてくること。連れてくる人数に応じて、賃金は変動したみたいっす。中で何が行われているか、具体的には知らなかったみたいですが……とは言え、全く戻って来ないので『ヤバい仕事』ということは想像できたかと」
「そうか……。よく分かった。……お前がコリーの確保をやり遂げてくれて、助かった」
「それなら良いんですけど。……とは言え、次はこの分、キツイ仕事を回してくれて良いですよ。給料泥棒という名の無能にだけは、なりたくないんで」
「心に留めておく」
次は、アルバートが苦笑を浮かべる番だった。
「それじゃ、俺は失礼させて頂きます。お疲れ様でした」
そのまま、トーマスは床に転がる意識のない三人の横に、同じく意識がないコリーを並べてから、景色に溶けて消えた。
「そろそろ姿隠しを解除して欲しいわ」
アルバートは彼女の願い通り、すぐさま魔法を解除した。
「失礼致します」
丁度そのタイミングで入って来たのは、ブランジュの現トップ、コンラッドと彼の部下が三人。
彼は中肉中背で、顔立ちも特に特徴がない。街を歩いていれば、似たような顔を探し出すことが簡単そうに思えるほど。
「直接お会いするのは、お久しぶりですね。ご健勝なご様子、喜ばしい限りです」
コンラッドは、部屋に入るなり、まずはクリスティーナに深々と頭を下げた。
「貴方も元気そうで、何よりだわ」
コンラッドは挨拶もそこそこ、アルバートにこれまでの出来事を一つ残らず聞く。
アルバートもまた、唯一、被害者たちの解毒に関すること以外は正直に答えていた。
解毒に関することを誤魔化したのは、勿論、聖女の力を隠す為だ。
その為に、二代前の弟の研究をクリスティーナが活用した、ということにした。
……聞き手のコンラッドも、アビントン伯爵家の家系に出る特異点をよくよく理解している為、特に疑うことなくそれを受け入れた。
彼らがそんな話をしている間に、部屋に入って来たコンラッドの部下二人が、床に転がった今回の犯行者たる四人の男性を回収している。
「それでは、私どもはこれで失礼させて頂きます。被害者は追々、事情聴取のために移しますが……それまでの間、この者を連絡要員として置いていきますので、何かあればご用命ください」
「ええ、助かるわ」
そう言って、コンラッドは部下たちと共に景色に溶けて消えた。
残されたのは、連絡要員一人のみ。
その連絡要員は、早々に被害者たちの様子を確認し始める。
「……凄いですね。検査の機材がないと何とも言えませんが、呼吸は安らかで顔色も良い。とても、毒を飲んだ人たちとは思えません」
「貴方、よく分かるわね。……ええ、貴方のいう通りよ。本当、薬を作ってくれたご先祖様には感謝しているわ」
そう言って、クリスティーナは小さく笑う。
やがて、ブレットが目覚めた。