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伯爵令嬢の我儘  作者: 澪亜
EP3.我儘の先
13/37

お嬢様は、訝しむ⑤

けれども入った瞬間、二人の瞳が怒りの炎で煌めく。


そもそもブレットが扉を開けたその段階から、不快な異臭で顔を顰めていた。

けれども更に、その先にあった光景を目にすれば、二人揃って感情が抜け落ちたように無表情となったのだ。……抱え込める以上の感情が爆発したために。

つまり、不快感が臨界点を越えた、ということだ。そして、唯一その感情が如実に写っているのが、四つの瞳だった。


二人をそのようにさせた、光景。

まず、部屋の中には、幾つものベッドがあった。

そして、それらに横たわるのは、先ほど共にこの建物に入った集団。

奥の方にあるベッドには見知らぬ人がいるが、きっと同じように連れ込まれた人たちだろう。奥に行けば行くほど、横たわる人たちの顔色は悪く、痩せ細っていた。


「ヒッ……!」


ブレットも異様な光景に気がついて悲鳴をあげそうになるが、すぐに扉横に控えていた二人の男たちに押さえ込まれて喋れなくなっていた。二人は強面だ。

恐らく、彼らこそがエイミーが目撃した人物なのだろう。

そのまま、嫌がるそぶりを見せるブレットを男たちが引きずって、一つのベッドに無理矢理くくりつける。更に、テッドがブレットの腕に注射を打とうとした、その時だった。

突然、ブレットを押さえつけていた男たちも含めて三人全員が苦しみ出す。

まるで、息ができないとでもいうかのように、もがいていた。


「……話せ。お前らは一体、何をしている?」


姿消しの魔法を解いたアルバートが、男たちに声をかける。

苦しんでいた男たちからすれば、突如、得体の知れない人物が現れたと驚いたことだろう。

……尤も、彼らには驚くことができるほどの心の余裕はなかったかもしれないが。


姿消しの魔法を解除する前、アルバートは魔法で男たちの周りの空気を消し飛ばした。

結果、男たちは息ができずに苦しんだ。

既に今は、その魔法をも解除しているが、それでも得体の知れない存在であるアルバートが恐ろしいのか引き続き彼らは苦しそうにしていた。

……否、アルバート自身の存在もそうだが、彼から発せられる凍えるような殺気に、三人は押しつぶされそうになっていたのだ。


「話さないようであれば、すぐに処理をするだけだが?」


彼の言葉の意図を、三人はすぐに理解させられた。

何せ、アルバートが剣に手をかけたのだから。


「お、俺たちは……こいつに雇われて!」


二人の強面な男たちが、異口同音で叫びながらテッドを指さした。

未だ恐怖で立てないのか、床にへたり込んでいる。


「ほう……?」


アルバートが、テッドに視線を向けた。

二人と同じく床にへたり込んでいる彼は、更に体を震わせていた。


「……醜悪だわ」


姿を消したまま、クリスティーナが囁く。

三人は突如聞こえた声に、震えながら周囲をキョロキョロと見ていた。


「この場で寝かされている全員、毒を打たれているわ。それぞれ使われている素材や合成時の素材の分量それから投薬量も異なるけれども、いずれにせよ、全て毒。最初から、報酬を与えるつもりなんてなかったのね」


「だ、そうだが……一体全体、何故、彼らをわざわざ攫い、毒を盛った?」


「……一体、『何』が、いるんだ……?」


今なお周囲を探るように視線を彷徨わせつつ、テッドが問いかける。


「さて、裁きの女神でも降臨されているのではないか」


それに対して、アルバートは軽く肩をすくめて答えた。

ほんの一瞬だけ、彼の纏う空気が僅かに和らいだ。


「……いずれにせよ、俺の問いに答える以外、お前たちは口を開くことは許されない」


けれどもそれも、本当にほんの一瞬。再び殺気を撒き散らしながらそう宣言すると、三人の周囲に存在する空気を消し飛ばす。


「もう一度、聞こう。何故、彼らをわざわざ攫い、毒を盛った?」


苦しむ彼らを冷徹に見下ろしながら、死なないように魔法を解いた。


「……実験だ」


テッドが肩で息をしながら、その合間にポツリと呟く。


「実験?」


「ああ、そうだよ!……新しく作った毒の実験だ。ちゃんと死ぬのか、死ぬにしても当初の計算通りの量で死ぬのか、ちゃんとやってみなければ分からないだろう!?」


頭を抱えながら叫ぶ様は、酷く痛々しい。


「……到底お前だけじゃ、これだけのことをしでかすのは無理だろう。言え、誰が裏にいる?」


「それは……」


テッドが言いよどむ。そんな彼に、一歩ずつアルバートは近づいた。

……ただ、それだけ。ただ、ゆっくりと歩いただけだ。

コツン、コツンと、足音を響かせながら。



一見すると、近所をのんびりと歩いているかのような気軽さと警戒感のなさ。

けれども、近づかれる側であるテッドの震えは、大きくなった。


テッドは……否、テッドを含めた床に這いつくばる三人は見てしまったのだ。

アルバートの裏側に、確かに死神らしき化物を。

仮にその場にいない誰か他の人間から聞けば、彼らも『何を冗談を』と笑い飛ばしたであろう。


けれども、それほどまでにアルバートが醸し出す殺気は鋭く、重いそれだった。

彼が一歩進むごとに、全身が刃で刺されていると錯覚するほど。

そしてそれと同時に、それほどまでに三人にとって、アルバートは恐怖の象徴だったのだ。


「言え」


ただ、一言。そして、ただのひと睨み。……けれども、それらは全て三人にとって、まるでバケモノのそれだった。


「……チュター商会のバラル」


震えながら、テッドは答えた。


「チュター商会?ああ、薬剤を取り扱う店か。だが、何故?」


「さあ……お、俺は知らない!」


ジッと、アルバートはテッドを睨みつけるように観察する。ただ、テッドの瞳には恐れが映っていた。

とても、嘘をついたり誤魔化したりはできなさそうなほど。


「……そうか」


「新しい商売道具なのかしらね。随分と、危ない橋を渡るものだわ」


「ああ、なるほど」


一瞬アルバートが止まったのは、何もクリスティーナが口を出したから、ということだけではない。

今更ながら、毒の脅威を思い出したからだった。

アルバート自身、毒への耐性はつけているということもある。

けれども何より、アルバートの側には、この世に存在するどのような毒であろうとも、瞬く間に解毒が可能なクリスティーナがいるのだ。

現に今も、毒に侵され命が風前の灯となっていた囚われた面々が、彼女の手によって回復していた。


「ならば、お前は何故実験を続けている?既に毒は完成しているんじゃないのか?」


「い、いや……まだ。こ、痕跡を残さない毒を作ることが……依頼で、あと少しなんだ」


「そんなもの、できるのか?」


アルバートは、クリスティーナに聞いたつもりだった。

けれども、テッドは自身に質問されたと思ったらしい。先ほどまでの恐れはどこへやら、少しムッとしたような表情を浮かべていた。


「私は天才だ!エッカートなんか、比較にならないほどの……天才、なんだ……っ!!私ならば今までなかった毒すら作り上げることができる!」


「……こういうのは、いつまで経っても埒があかないのよね。結論から言えば、すぐにでも作ることは可能よ。けれども、すぐにその毒薬を検知する術もできるわ。表にないだけで後数世代分は既に検知方法までセットで存在しているもの。……まあ、その方は努力賞ぐらいはプレゼントしても良いんじゃない?」


クリスティーナの言葉は、テッドにとっては最も痛い言葉だった。

怒りが恐れを越え、違う意味で彼の体は震えている。

けれどもそれでもその場に縫い付けられたように彼が動けないのは、彼のすぐ目の前にいるアルバートが番犬よろしく威圧していたからこそ。

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