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伯爵令嬢の我儘  作者: 澪亜
EP3.我儘の先
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お嬢様は、訝しむ④

「……どうかなさいましたか?」


「しっ……。あれを見て」


彼女の目線の先には、十代半ばの子どもがいる。

赤茶の髪は短く切り揃えられ、ありふれた使い古しの服を着ていた。

アルバートも見覚えのある子どもだった。


「あれは……確か、孤児院のブレット…….?」


小さな声で囁くように呟く。


「やっぱり、そうよね。とっくに門限の時間は過ぎているのに……一体、何故こんな場所にいるのかしら?」


ブレットはキョロキョロと周囲を警戒しながら進んでいた。二人もまた、ブレットの後を続く。


やがて、ブレットは同世代の子どもと合流した。

二人が知らないため、恐らく院に在籍している子どもではないだろう。


二人は、親しげに話していた。


「……連れ戻しますか?」


「少し、羽目を外しているだけかもしれないわ。……とは言えこんな時間に隠れるように会う理由も気になるし、街の治安に不安が残るからもう少し様子を見ましょう。もっと、二人に近づきたいのだけど」


彼女の指示を聞き、アルバートは彼女に向かって手を翳す。

すると、クリスティーナの体が透け始めた。

彼女が完全に周りの景色と同化すると、自身も同じように手を翳して姿を消す。


『貴方の魔法って、本当に便利よね』


姿消しの魔法。現代には消えた魔法の一つだ。

姿と共に匂いも消せるが、音だけは消せない。

それ故に、クリスティーナは伝令魔法で伝えた。

伝令魔法はこの時代に残るほどの比較的簡単な魔法なため、あまり普通の魔法が得意でないクリスティーナも今世で習得していた。

二人は子どもたちの声が聞こえるように、更に近づいた。


「……おい、クリフ!ほ、本当にお前について行った先で一週間働けば銀貨五枚を貰えるんだな!?」


「ああ、間違いねぇ。幼馴染のお前だから、特別に紹介してやるんだよ」


『……まさかのまさかですね。もしや、予想がついてましたか?』


魔法を通したアルバートの声には、呆れが滲んでいる。


『それこそ、まさかよ。妙に挙動不審な子がいるなとは思っていたけれども、今日の今日、行動を起こしてくれるとは夢にも思っていなかったわ。でも、丁度良いわ。別件かもしれないけれども、ひとまずついて行きましょう』


『……止めはしませんが、自分は賛同しかねます。貴女様が、わざわざ御身を危険に晒す必要はありません』


『あら……もし、彼らが当たりだとして。癒すことができる私が一緒にいた方が、被害は少なくて済むでしょう?』


『まさか……救うつもりですか』


子どもたちの自業自得であろうに……という冷めた響きと、主人の安全を心配する響きが混じっていた。


『ええ、そうね。……そうしたいと、思ったから』


『……畏まりした』


二人は、黙々と子どもたちの後を追った。

途中、二人は青年と合流した。クリフの知り合いらしく、コリーと呼ばれている。

コリーはエイミーの言っていた強面の男性ではなく、薄汚れた格好をしつつも爽やかな印象の持ち主だだった。

その場には、コリーと二人の他にも何人もの大人や子どもたちがいた。コリーは案内するように、全員の前に立って歩き出す。


そうして到着したのは細い道に面した、寂れた建物だった。

ドアは錆びつき、他にも所々修繕が必要そうなそれ。とても、銀貨五枚の大盤振る舞いな報酬を与えるような仕事を手がけているとは思えない場所だった。

けれども、金の威力は偉大なのだろう……皆、建物に吸い込まれるように入って行く。

二人も、人の波に紛れ込むようにして建物の中に入って行った。


建物の中は、外側と同様に薄汚れていて寂れている。壁に沿って置かれた棚はすでに崩れているし、床には割れた窓ガラスが散乱したまま。取り壊し寸前の廃屋といっても、差し支えない様相だ。


「……来たか」


部屋の中央に、一つの椅子が置かれている。

木製の、何の変哲もない椅子。

それに座っていた男が、入室した面々を見据え呟いた。

その男もまた、エイミーが言っていたような強面ではない。

細身で不健康そうだった。

けれども、この部屋の唯一の光源であるランプに照らされた瞳は、不気味な色に染まっている。


『あの男が、今朝馬車の中で話したテッドです』


『まあ、彼が……』


二人がそんな話をしている間に、テッドが立ち上がっていた。


「さて、皆、仕事場に向かうぞ」


自己紹介も何もなく、テッドは皆に背を向けて歩き出した。

皆一瞬戸惑ったように顔を見合わせていたものの、大人しくその男の後について行く。


パリンとガラスを踏みつける音がしたかと思えば、パキンと腐った床を踏み抜く音もする。

誰もが不気味な雰囲気が漂う古びた建物を、悪戦苦闘しながらそれでも進んでいた。


テッドが扉を開き、その先にあった階段を下がる。

どうやら、秘密の地下があるらしい。

隠された階段の先を進む時点で真っ当ではない匂いがぷんぷんするのだが、それでも誰も逃げることはなかった。

唯一、いつの間にか、集団からコリーはいなくなっている以外は。


「皆、一列に並んでこのままここで待機しろ。ここから先にある部屋が、仕事場だ。事前に伝えた通り、日当銀貨一枚、五日纏めて働いて貰う。詳しい仕事の内容は実際にやりながら教える。まずは、次、と声をかけるから先頭の者から一人ずつ入れ」


そう言って、テッドがまずは部屋に入った。

それからすぐに『次』という声が部屋から聞こえてくる。

指示通り、先頭の男が入って行った。徐々に人は減って行き、そして最後、ブレットの番となった。

『次』という掛け声と共に、彼は前へと進む。不安なのか、それとも恐怖を感じているのか、先ほどまでよりもゆったりとした歩調だ。


勿論、二人は彼と共に先に進む。

彼のゆっくりした動きのおかげで、難なく部屋に入り込むことができた。

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