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第6章


 その後私はゴードンと離縁した。

 彼は愛人と共に王都の別邸に移り住んだ。

 しかし華やかな王都にようやく来られたと思ったら、田舎の領地の屋敷とは比べられないくらい狭い家に、通いのメイドしかいない質素な暮らし。その上平民になったので憧れの社交界にも出られない。

 そのことに腹を立てた愛人は、望んでいた理想とは違うと喚き散らし、慰謝料だと言って有り金を全部持って出て行ってしまったと聞いている。

 まあ、当然といえば当然だ。いくら瓜二つだといっても、貴族令嬢だった最初の妻とは違い平民の彼女は、ゴードンに頼らなくても生きて行ける。生活の質を落としてまで彼と暮らす必要など全くないのだから。

 彼女達に依存していたのは彼の方だったに違いない。しかし、その彼にはもう頼れる人間は誰もいない。

 

 

 私は、王妃殿下が代表を務めておられる王侯貴族の家政と子育ての改革を進めるための機関で働かせてもらっている。

 その中でも王妃殿下の進言で作られた貴族子弟の教育のための研究機関に、何と指導者として招聘された。

 昨今、従来の使用人任せの子育てによって色々な弊害が出てきているので、それを新たに見直そうという動きが起きているのだ。


 そして私の新しい住まいは、なんとオルゴット侯爵家の敷地内に建っている離れだ。マーシスの好意でニーチェルと共に住んでいる。そして休日にはギリアンもここに帰ってくる。

 

「お母様、結婚の準備は進んでいるの?」

 

 ニーチェルに訊ねられて、

 

「最高の結婚式と最高の新婚生活が送れるように、既に準備万端整っているわよ」

 

 と、自信満々に私は答えた。

 マーシスとセリーナ様が正式に婚約したのは半年前だが、学園卒業時にはほとんど本決まりしていた。

 そこで、私は息子には内緒で花嫁さん側と相談しながら少しずつ準備を進めていたので、ほぼ完璧だ。 

 すると娘は違うわよと言った。

 

「マーシスお兄様の結婚式のことじゃないわよ。お母様とモンドール父様の結婚に決まっているじゃない。あと十日しかないのよ」

 

「準備もなにもここで一緒に暮らすのだから問題ないわ。明後日領地から荷物が届くから、それを片付ければそれで終わりよ」

 

 そう。ニーチェルは半年前にオルゴット侯爵家の執事をしているモンドール=ハートン男爵の養女になっていた。

 そして私はそのハートン男爵と結婚するのだ。彼は私がオルゴット侯爵家に嫁いで来てからずっと支えてくれていた。

 彼は侯爵家の領地経営をする義父母を手伝うだけでなく、タウンハウスのやりくりを任された私の手伝いまでしてくれていたのだ。

 しかも侍女長達と一緒に子供達のこともとても気にかけてくれていた。

 そのため、娘にとって彼は完全に自分の父親のような存在となっていた。

 特に四年前のことがあってからは、彼を父親だと認識するようになっていたのだ。

 

 そして、その頃から私も彼のことが気になり始めていた。それ以前は単に良い人、頼りがいがあって信用できる人だと思っていただけなのに。

 おそらく殴られた翌朝に、湿布薬と共に彼が持ってきてくれた真っ赤なカーネーションの花が、私の琴線に触れたのだと思う。

「深い愛」という花言葉を持つカーネーション。

 娘のためによく頑張ったねと言ってもらった気がして、私は涙が出てくるほど嬉しかったのだ。

 

 前世の母の日には、両方の母親だけでなく、私にも夫が赤いカーネーションの花を数本贈ってくれていた。実の息子は何もしてくれなかったというのに。

 私は子育てに二度も失敗した駄目な母親だったのに、夫はお前のせいじゃない。お前は頑張ったよと言って、一度も私を責めることはなかった。

 モンドールさんからそのカーネーションをもらったとき、私はそのことを思い出したのだ。

 

 生まれ変わっても私はあの人の妻になりたかった。それなのに形式上だとは言え、違う人と結婚してしまったから、こんな目に遭うのかなと、あの男に殴られたときにそう思った。

 けれど赤いカーネーションの花を目にした時、頑張って子育てをしている私のことをかつての夫のように、ちゃんと認めてくれる人がこの世界にもいるんだ……そう思えてとても嬉しかったのだ。

 そして、これからも頑張ろうと思えたのだ。

 

 だからゴードンとの離婚が成立したあの日の朝、モンドールさんから告白された時、驚きと共に、こんな展開になることをどこかで信じて待っていたような気がしたのだった。

 

「俺が前世の記憶を取り戻したのは、君が主であるゴードンの婚約者だと紹介された時だった。

 もっと早く思い出せていたら君をまた妻にできたのにと、辛い思いをしている君を見る度に胸が張り裂けそうだった。

 本当は君をこの家から連れ去ろうかとも思ったのだが、一生懸命に子育てをしている君を見ていたからそれはできなかった。あの子達を見捨てたら君は幸せになれないことがわかっていたから。

 だから俺は君が子育てを終えるまで待とうと決めたんだ。そう。ニーチェルが成人するまでね。それまでは一使用人として君を手助けしたいと。

 

 ところが子供達になにをグズグズしているんだ、早くお母様にアプローチしなきゃ、他の人に取られちゃうよって発破をかけられてしまったんだよ。

 特にマーシス様は自分が当主になったら、父親は平民になる。そうすれば離婚もしやすくなるはずだから、その時は覚悟を決めろって言われたよ。しかも、

 

「僕はずっとニーチェルの面倒を見るつもりだったけれど、ニーチェルはどうしても母上と暮らしたいらしい。母上も成人するまで妹を手放すつもりはないって言っているんだ。

 だから二人が家族でいられるように母上と結婚して、妹を養女にして欲しい」

 

 ってね。

 あの子達は本当に君が大好きで、君の幸せをずっと祈ってきたんだよ。

 ミリアンヌ様、結婚してほしい。子供達の頑張りを無駄にしたくないから、絶対に断らないでくれ。また君と家族になりたいんだ」

 

 モンドールさんは前世の私の夫だった。

 道理で懐かしくて愛しくて切ない感じがしたはずだわ。

 こうして前世の最期に願った通り、私達は再び夫婦になる約束を交わしたのだった。

 

 

 

 ー エピローグ ー

 

 

 マーシスとセリーナ様の結婚式は晴天に恵まれたとても良い日だった。

 家族や親類、多くの招待客に祝福された新郎新婦はとても幸せそうだった。

 ニーチェルは兄夫婦のために天使のような白いドレスを着て、にこやかにフラワーガールを務めた。とても愛らしくて可愛かった。

 そしてギリアンは実父のゴードンが何か問題を起こさないか心配で、父親の近くで彼を見張ってくれた。

 

 そして無事に式を終えた直後、マーシスがそっと私とモンドールの側までやって来て、耳元でこう囁いてきた。

 

「お父さん、お母さん、産んでくれてありがとう。僕は今とても幸せだ。生まれてきて良かった。前は言えなくて本当にごめんね」

 

 私と夫は顔を見合わせて一瞬瞠目した後、息子の笑顔を見て破顔したのだった。


 これで完結です。

 最後まで読んで下さってありがとうございました。

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