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第4章


 マーシスと共にタウンハウスに戻ると、義父母と二人の子供達が寝ずに待っていてくれた。

 

()()はパーティーに参加していたの?」

 

 義母の質問に私は「はい」と答えた。

 

「でも、待ち合わせはできなかったんですよ。だって、黄金の獅子の像なんてもうないんだからね。

 だからなるべく目立つ場所に居たのだけれど、入場直前まで気付いてもらえなかった。

 だから、僕が母上をエスコートして入場したよ。ファーストダンスも母上を誘おうともしなかったから僕が一緒に踊ったし」

 

 マーシスの言葉に義母は相変わらずねと、苦笑いをした。そして弟のギリウスがこう訊いてきた。

 

「それで父上はここへ来るのかな?」

 

「モンドールが連れて来てくれるよ。ニーチェル、父上と会うのは()()()()だけど大丈夫か?」

 

 マーシスは弟ギリウスの質問に頷いてから、今度は妹に向かってこう訊ねた。

 物心がつく前から父親から精神的虐待を受けてきたニーチェルは、体を少し強張らせたが、私に抱きつきながら義父母の方に目を向けて頷いた。

 

「今日会えば、あの人にはもう会わなくても済むのでしょう? お祖父様、お祖母様……」

 

「ああ。悪かったね。ずっと辛い思いをさせてきて。あんな息子でも自分の息子だ。変わってくれることをずっと願ってきたのだが、孫が成人を迎えてもあの調子ではもう無理だとようやく決断できたよ。

 可愛いお前と離れるのは辛いが、何ももう会えなくなるわけでも、他人になるわけでもない。大事なのはニーチェルの幸せだ。朝になる前に必ずはっきりさせてみせるよ」

 

 義父と義母は孫娘に慈愛の籠もった目を向けてこう言った。二人の気持ちを考えると私も辛い。

 この十年間、私は義父母と力を合わせてこの侯爵家を守ってきた。子育てにも色々と協力してもらった。

 夫と家族になることはなかったけれど、義父母とは家族になれたと思う。

 

 結婚当初は、過去に()()()と噂をされた経験があった義母は何も口を挟まなかった。

 しかし二年経っても他人行儀な息子夫婦を見て、さすがに思うことがあったらしく、夫に愛されるように努力をしなさいとか、領地へ行こうとする夫を引き留めなさいとか、口にするようになった。

 私達の契約結婚のことは知らないのでそれも当然と言えば当然の話だった。

 だから私は腹を立てることもなくそれを華麗にスルーした。昔取った杵柄というやつね。前世で色々と経験していたから。

 けれど私が子供達を愛し、しっかり母親役に徹しているのを見て、何かを察したのか、さらに一年を過ぎたころからは徐々に何も言わなくなっていった。

 それどころか、役に立たない息子に見切りをつけたのか、私を嫁というよりもう一人の娘のように接してくれるようになった。

 そして互いに協力し支え合うようになったのだ。侯爵家や子供達や領民を守るために。

 

「ミリアンヌ、貴女とニーチェルはいつまでも私達の娘と孫なのよ。それだけは絶対に忘れないでね」

 

 義母のその言葉に、私と娘は涙をこぼしながら頷いた。するとちょうどその時、私の名を呼ぶ大きな声が響いた。

 

「ミリアンヌ、ミリアンヌはどこにいる?」

 

「あの人、お母様の名前を知っていたの?」

 

 ニーチェルの素朴な疑問に、その場にいた全員が吹き出したタイミングで夫が居間に入って来た。そして爆笑している家族を見て喫驚して立ち竦んだ。

 そしてその後、ソファーに座ってお茶を飲み、ようやく少し落ち着いたらしいゴードンは徐にこう言った。

 

「夜中だというのに、何故みんなここに揃っているのだ?」

 

「貴方に用があったからよ。この機会を逃したら、いつまた会えるかわからないでしょう?」

 

 義母のこの言葉に夫はため息をつきながらこう言った。

 

「そんな心配はもういらないですよ。私もそろそろこちらに拠点を移すつもりですからね」

 

 思いがけないその言葉に、家族だけでなく、執事長や侍女長、夫付きの執事まで瞠目した。

 

「今日久し振りに王城のパーティーに参加して、さすがにまずいと思ったのですよ。貴族の顔と名前が全く合致しない。

 それにいくらなんでもこのまま爵位を継承しないわけにもいかないでしょう? 父上達も大分社交が難しくなってきたみたいだし」

 

「「「・・・・・」」」

 

 あまりの想定外な展開にその場にいた者達は沈黙し顔を見合わせた。まさか王都に戻る気になるとは。しかも爵位を継ぐ気になるとは。あんなに面倒で嫌だと言っていたのに。

 十数年振りに社交場に出たら現実を知って再び領地に引きこもるか、ショックを受けて後継者を辞退するかと考えていた。今日の夫はまさに浦島太郎状態だったのだから。

 それなのに今さらどうして社交をする気になったのだろうか。

 

 子供達が不安そうな顔をして義父母の顔を凝視した。彼らは祖父母が彼らの父を溺愛していることを知っているから……

 しかし、二人は孫達を安心させるように微笑んだ。そしてこう言ったのだ。

 

「王都に戻って来るですって? そんなことを今さら言ってももう遅いわ。その言葉をせめて一年前までに言ってくれていたら、まだどうにかできたのかもしれないけれど。

 いくら馬鹿な子ほど可愛いと言っても、やっぱりこんな四十近い息子よりも孫達の幸せの方が大切だわ。ねぇ、貴方?」

 

「ああ。その通りだ。それに当主としては領民のことも考えなきゃいけない。さすれば誰を後継者にすればいいのか、おのずと答えは出てくる。今さらそれを変更する気はないよ」

 

「何を言っているのですか?」

 

 両親の言葉に夫のゴードンは意味がわからないといった顔をした。

 

「お前がこのタウンハウスに戻って来る必要はもうない。爵位は先月二十歳を迎えたマーシスに譲るからな。

 それにマーシスは半年後に結婚してここに住むことになっているから、お前は邪魔だ」

 

「爵位を私ではなくマーシスに譲るとはどういう意味ですか? 

 それに結婚って何だ!

 お前は不貞行為をしていたのか? いくら六歳しか年が離れていないとはいえ義理の親子だというのに。そんなことは絶対に許さないぞ」

 

 夫が突然わけのわからないことを言い出したので、私は面食らって何も言えずにいると、マーシスが代わりに口を開いた。 


「貴方は一体何を言っているのですか? もしかして僕と母上が結婚するとでも思っているのですか? そんなことがあるわけないじゃないですか! 親子なのに。気持ち悪い発想をしないでもらえますか!」

 

「気持ち悪い! 最低!」

 

「キモッ!」

 

 ニーチェルとギリウスも軽蔑した目で父親を睨んだ。

 三人のその冷たくて厳しい目に頭に上っていた血が急降下したらしく、夫の顔色が赤から青に変わっていた。

 いくらなんでも妻と息子の不貞を疑うなんてどんな倫理観しているのよ。

 本当に最低な男だ。娘と同意見だわ。

 

「それじゃあ、マーシスの結婚相手というのは」

 

「ラッセランド公爵令嬢のセリーナ様ですよ。マーシスの学院時代の一つ後輩で、一緒に生徒会活動をしていて親しくなったらしいわ。

 才色兼備な上にとても心根の優しい、とても素敵な方なのよ」

 

 私がこう説明すると夫は目を丸くしていた。

 ラッセランド公爵令嬢といえば、元王女様だった公爵夫人がお産みになったお嬢様なのだ。そう。彼女は王家の血筋を引くやんごとなき女性なのだ。

 親の欲目だけれど、マーシスとセリーナ様が並ぶとお内裏様とお雛様のように美しくて凛々しく、とてもお似合いなのよ。この二人が結ばれて本当に嬉しいわ。

 

「いつ婚約したのだ。私は認めてはいないぞ。聞いていないんだからな」

 

「連絡はちゃんとしたよ。ねぇ、モンドール?」

 

「もちろんです。マーシス様」

 

 夫付きの執事のモンドールが頷いた。


「そもそも許可は当主である私がしたのだから問題あるまい。それに子育てを放棄した父親失格のお前の許可なんぞ、最初から不要だろう?」

 

 いつにない父親の辛辣な言葉に、夫ゴードンは少し目を見張った。しかし彼は傲慢にもこう言った。

 

「結婚はまあ良いお相手みたいだし認めましょう。しかし何故私を跳び越してマーシスに爵位を譲るのですか? そんなの納得できません。

 そんな非常識なことは世間だって認めませんよ」

 

 しかし、義父はここで夫に現実を教えた。

 

「何故納得ができないんだ?

 四十近くになってもお前は、年老いた両親やまだ若い妻、そして自分より十も年下の執事に侯爵家の仕事を丸投げしているのだぞ。

 そんな、わしらがいなければろくに領地管理もできないお前より、ほとんど一人で仕事をこなせる優秀なマーシスに領主になってもらった方が、領地領民のためになるではないか! 

 誰だってそう思うぞ! それに仮にお前を領主にしたいなどと申請してみろ。それこそ王家からお叱りを受けるわ。

 当主から委任されている、貴族の義務としての領地管理報告を妻と執事に任せ、しかも社交も疎かにする者などを当主として認めるわけにはいかない!とな」

 

「マーシスになら任せられるとなぜ言い切れるのですか?」

 

「実際にこの一年、領地管理をしていたのはほぼマーシス一人だったからな。

 しかもお前とは違って王城勤めをしながらだぞ。

 そのこともモンドールは全て報告していたのに、お前はまともに聞いていなかったのだろう。その上書類や手紙もろくに読まなかったのだな。どうせお前のことだから」

 

 夫は絶句していた。やっぱり知らなかったのね。自分の代わりに誰が仕事をやっていたのかを。それさえもわからないような人が当主になるなんて、絶対に駄目よ。いざという時に責任がとれないもの。

 

「それから、お前は今私達が住んでいる王都の別邸に移れ。わし達は領地へ戻って、しばらくはマーシスを助けるために仕事をするつもりだからな」

 

「何を言っているんですか! あの狭い屋敷にミリアンヌや二人の子供達と住めというのですか? 冗談じゃないですよ」

 

「何を言っている? お前と愛人の二人が住むのなら、十分だろう。それに仕事はしないのだから執事はいらない。通いの手伝いを二、三人雇えば部屋もいらないだろう」

 

「あ、愛人って。子供達の前で何を……」

 

 今さら狼狽えている父親を子供達は白けた顔で見ていた。

 実の母親が死んで間もない頃から、父親が母親にそっくりな若い女性を領地の屋敷に連れ込んでいたことなんて、とうに知っていたからだ。

 そう、上の息子達は父親恋しさに家出をして領地へ行ったことがあったのだ。

 そしてそこで仲睦まじくしている父親と母によく似た若い女性を見て、そのまま帰って来たという辛い経験をしていたのだ。

 それは私と結婚する前のことで、今もその女性と一緒に住んでいるのだ。

 

 何が死んだ妻を忘れられないから領地に引きこもっただ。ただ愛欲に溺れて子供達を放置し、仕事を放棄していただけではないか!

 結婚してから一年くらい経ったころに、私は息子達からその話を聞かされていた。

 

「ギリウスは今学院の寮に入っている。そしてニーチェルは他家の養女になるからお前と暮らす必要などないぞ」 

 

「養女ですって? いくら父上でも孫娘を勝手に養女にするなんて認められるわけがないだろう」

 

「それこそ何を言っているのだ。お前は子育てを全てミリアンヌに丸投げしたよな。特にニーチェルのことはその養育権を渡したそうだな。ニーチェルなどいらぬ子だから好きにしろと。

 だからミリアンヌは、ニーチェルを我が子のように愛して見守ってきてくれた人間の元に、養女に出すことに決めたのだよ」

 

「だが、ミリアンヌがこれまで通りにニーチェルを育てれば問題ないだろう? 

 これからは私も一緒に子育てをする。愛人とは別れるから領地で親子三人で暮らそう」

 

 は?

 その場にいた者は何度目か分からない絶句状態になった。

 なぜ今さらお飾りの妻といらない娘と一緒に暮らしたい、暮らせると思えるのだろうか? 

 しかもこれからは子育てをするですって? あれだけ娘を蔑ろにした挙げ句、親として一番言ってはいけないことを口にしたくせに。



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