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第3章


 結婚して三年が経った。

 長男のマーシスは王立学院に入学した。なんとトップで合格し、定期試験でも常に上位の成績を修め、生徒会メンバーにも選ばれた。

 そのおかげで第二王子や宰相の息子の侯爵令息からも目をかけてもらえるようになった。

 そして、なんと私は王立学園母の会のメンバーになっていた。後妻で継母のこの私が……

 なんでもマーシスが王宮や宰相のお宅に招待された時、根掘り葉掘り家庭教育や躾について訊ねられて、ありのままに話したら感激されたとか。

 父親が滅多どころかほとんど不在の中で、いかに私が孤軍奮闘して侯爵家の家政を切り盛りし、子育てをしてきたのか、大袈裟に吹聴したらしい。

 

 そして私が王妃殿下や宰相閣下の奥様である侯爵夫人と親しくしていると知られるようになると、あちらこちらのお屋敷のホームパーティーにも招待されるようになった。

 そこで私は学院入学前の下の二人の子供達も連れて参加させてもらうことにした。

 夫は全く社交をしなかったので、このままでは子供達の人間関係も狭いままになってしまうと心配だったからだ。

 

 ギリウスとニーチェルも兄のマーシス同様に礼儀正しい賢い子達だったので、すぐに人気者になり、ご婦人方に可愛がってもらえるようになった。そしてそのお子様達ともすぐに仲良くなり、友人が増えていった。

 ご招待されるだけでは申し訳ないからと、オルゴット侯爵家でホームパーティーを開いてみると、予想以上にたくさんのお客様がおみえになってくれた。

 

「ああ、このお屋敷がこんなにたくさんのお客様で一杯になるなんて、大奥様がまだお元気だった二十年ぶりですよ。まさか、こんな日が再び訪れるなんて想像もしていませんでしたよ。

 奥様、本当にありがとうございます」

 

 侍女長がハンカチで涙を拭いながら、感極まって頭を下げたので、前世の癖か私も慌てて頭を下げてこう言った。

 

「感謝するのは私の方よ。ホームパーティーなんてしたことがなかったから、私一人ではとてもお客様なんてお呼びできなかったもの」

 

「ご実家ではなさらなかったのですか?」

 

「私の父も変わり者で、人付き合いが嫌いだったから。母も家政が苦手だったし」

 

「まあ、そうなのですか? 奥様の采配は見事ですから、てっきりご実家で見てこられたからだと思っていました」

 

「マーシスのおかげで、たくさんの方からご招待して頂けたの。だから色々勉強できたのよ」

 

「お勉強ですか? 本当に奥様は勉強好きですね」

 

 侍女長が涙をまだ拭きながらそう笑った。

 

「子供にだけ勉強しろというのはおかしいでしょ? まずは親が率先して態度で示さないと」

 

「そんなことをおっしゃるのは奥様くらいですよ。大概の大人は自分を棚に上げて指示するだけですよ。特にお偉い方ほど」

 

 ああ、旦那様のことを言っているのね、と私も笑った。ほとんどタウンハウスには寄り付かないくせに、なんだかんだと面倒事まで押し付けてくるものね。

 契約では子育てだけすれば良かったはずなのに、夫はろくに仕事をしないので、家政だけでなく、結局夫付きの執事であるモンドールさんに手伝ってもらいながら、書類仕事もできる範囲でこなしているのだ。

 いずれマーシスが当主になるときまで、このオルゴット侯爵家を守らなくてはいけないのだから仕方ないと割り切って。

 

 

 そしてさらに時は流れ、早いものでマーシスは卒業を迎えた。彼は最優秀賞を取り、卒業生代表に選ばれた。本当に誉れ高い。しかも官吏試験にもトップ合格していて、お城からも将来を期待されている。

 希望に燃えたその凛々しい息子の顔を見られて、私は感無量だった。

 

 

 前世の息子は超難関高校や大学に合格した時も、一流企業に入社した時も、つまらなそうな顔をしていた。

 そして、数年であっさりと会社を辞めていた。あんなくだらない連中の下で働きたくないとか、仕事に興味がないとか言って。

 あの子が何か行動をする度に今度こそはと期待をし、結局は絶望していた。その度に私の感情は乱高下して、やがて私の心は段々とすり減っていった。

 そして心の安寧を求めた私は、ある日を境に息子に関して一切の感情を捨てたのだ。

 

 

 しかし、今の私は以前には味わえなかった母親としての素直な感動や喜びを、三人の子供達のおかげで得ることができたのだ。そのことを彼らに深く感謝した。そしてこの世界に転生させてくれた未知なる力にも。

 そして可能であるならば、前世の息子が、今、何かに感動したり誰かに感謝できるようになっていたらいいな、と思った私だった。

 

 

 

 ✽✽✽✽✽

 

(次期侯爵視点) 

 

「王城から招待状は届いていないか?」

 

「はい?」

 

 私の問に執事のモンドールは瞠目した。何故そんなに驚くことがあるのだ。私は眉間にシワを寄せた。

 

「出席の返事は出しておいただろうな?」

 

「はい。それはもちろんでございます」

 

「今回は王太子殿下の結婚が発表される大事なパーティーになるそうだから、全貴族が夫婦同伴で参加することになったらしいな?

 以前両親がもう年で体調が思わしくないと言っていたから、これからは私が出ようと思う。いくらなんでもそろそろ代替わりしないとまずいよな。

 ()()には、ちゃんと恥ずかしくないように準備をしておくようにと伝えておいてくれ。私はみっともない妻をパートナーとしてエスコートするのはごめんだからな」

 

「ゴードン様、奥様を連れて行かれるのがご心配なのでしたら、前夫人に瓜二つの愛人の方をお連れになればいいのではないですか?」

 

 真面目な顔をしてそんなことを言う執事に私は怒りを覚えた。いくら優秀とはいえ年下でたかだか男爵に過ぎない男が、そんな冗談を口にするとは!

 私だってできることならそうしたいが、まさか王家主催のパーティーに愛人を連れて行くのはまずいに決まっているだろう。腹が立った。しかしこの男に私付きの執事を辞められてしまったら、私の方が困る。

 

「当日王城で合流しようと伝えてくれ。待ち合わせ場所は黄金の獅子の像の前だ。そうアレに伝えておいてくれ」

 

 私が下手に出てそう頼むと、執事は一瞬何かに驚いて躊躇う素振りを見せたが、すぐに分かりましたと頭を下げて執務室から出て行った。

 しかしパーティーの当日、私は妻と合流できなかった。なぜなら王城には黄金の獅子の像がなかったからだ。

 あそこは待ち合わせの場所として有名で、婚約前、私と最初の妻が落ち合う場所は必ずそこだったのに。 

 いくら探しても像は見つからず、城の使用人に訊ねたら怪訝な顔をされた。

 

「黄金の獅子の像ですか? そうですねぇ、もう十年くらい前には撤去されましたよ。あれは、隣国から贈られた物でしたからね。ほら、その当時から隣国とは敵対関係になっていたでしょう?

 何故今頃そんなことをお訊きになるのですか?」

 

 それは前妻と結婚してからというもの社交をしていなかったからだ。ずっと親任せにして王城に足を踏み入れなかったのだ。

 私が返事をできずに戸惑っていると、使用人の男は私を頭の先から足元まで無遠慮に見回した後でこう呟いた。

 

「もしかしてオルゴット侯爵令息様ですか?」

 

 私が頷くと男は合点がいったという顔をして「なるほど」と頷くと、一礼して去って行った。

 ()()()()とはどういう意味なんだ?

 仕方がない。名前を呼ばれた時に合流すればよいだろう。

 下位の家から名前を呼ばれては次々とホールの中へと消えて行く。伯爵家が呼ばれ始めたところで私は入場口へ向かった。

 そこに集まっている者達は皆高位貴族のはずだが、長らく社交界には出ていないので誰が誰だかわからない。まあどれも見たことがある顔なのだが、名前が思い出せない。

 これはまずいな。今頃になって私は焦り出した。

 出かける直前の執事のモンドールの心配げな顔が浮かんだ。貴族名鑑に目を通すように忠告されていたのに、それを無視してしまったことを今更ながら私は後悔した。

 

 そんなとき、賑やかな会話が聞こえてきた。ふとそちらに顔を向けると人々の輪の中に一際美しいご婦人の姿が目に入った。

 艶のあるチョコレートブラウンの髪を上品に結い上げ、その白いうなじがやたら色っぽく感じた。

 落ち着いたえんじ色のドレスには派手さがないけれど、とても上品で優雅で好感が持てた。一体どこの奥方だろう。全く見当がつかないが。

 それにしても、彼女をエスコートしている男性はずいぶんと若いな。立派な体躯をして堂々とはしているが、とても恋人や夫婦には見えない。しかしとても仲は良さそうだから、もしかして姉弟かな?

 

 そんなことを思いながらただぼんやりとその二人を眺めていたら、若い男の方がこちらを振り向いたので、その薄い水色の瞳と目が合った。

 どこか見覚えのある顔だった。軽くウェーブのかかった少し灰色がかった銀髪を七三分けにした、いかにも官吏職に就いていそうな真面目で清潔感漂う若者だった。

 彼は私を見て少し微笑んだ。そしてすぐにまた顔を戻してしまった。その時アナウンスが聞こえた。

 

「オルゴット次期侯爵夫妻、ご令息様」

 

 すると先ほど私と目が合った若者とチョコレートブラウンの髪の美しいご婦人が私の後ろに立った。

 

「えっ?」

 

 私が驚いて絶句していると、息子?が言った。

 

「父上、早く入場して下さい」

 

 と。私は息子に押し出されるようにホールに足を踏み入れた。たった一人で。そして私の妻?は息子にエスコートされてにこやかに周辺に微笑みかけていた。

 何なのだ、これは! 

 

 結局私はそのパーティーで、ただ一人ポツンと立って過ごした。知っている者がいなかったので、話しかける人もいなければ話しかけてくる者もいなかったのだ。いや、避けられている気がした。

 しかしそれは妻や息子も同じはずだと思ったのに、そうではなかった。

 妻と息子は爵位の上下関係なく、多くの人々と歓談していた。しかも、なんと妻は王太子妃殿下やその他の王子妃殿下とも親しそうにしていたのだ。

 何故だ。彼女は社交などしていないはずだ。学院を卒業後にデビュタントのためのパーティーに一度参加しただけで、その後すぐに結婚したのだから。そして結婚後は社交場には出ていないはずだ。公の場には両親が出席していたはずだから。

 そして、妻は息子と共に優雅で見事なダンスまで披露して、周りから拍手喝采を浴びていた。何故夫の私と踊らないで息子と踊っているのだ!

 そうだ。あの二人は五、六歳しか年が違わないのだ。まさか……

 

 そんな疑惑が心の中で湧き上がり、私はすっかり平常心をなくしてしまった。そしてどうやって城を出たのかわからないが、気が付くと従者によって馬車に乗せられて、タウンハウスに送り届けられていたのだった。

 




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