第7話 挨拶
───── 昼下がり
「卵、牛乳、ハム、あと野菜諸々…」
ロイは一人メモを読みながら街中を歩いていた。左手には二つ折りの跡が付いた紙片、右手には食料の入った袋を持っている。
「よし、買い忘れはないな!」
紙片の覚え書きを確認し終えたロイはそう口にした。どうやら食材の買い出しに行っていたらしい。今はその帰りでペリーズへは間も無くで到着するところだ。
メモを持つ左手を下げ前方に目を向けると、店が見えたと同時に何やら気になる存在が視界に入った。
「あ…アイツ…」
その存在とはララの事である。ララはペリーズの店前を箒で掃き掃除をしていた。ロイは昨日今日の事もあり、多少気まずさがある様子。しかし、清掃に励む彼女が過ぎゆく歩行者一人一人に「こんにちは」と丁寧に挨拶をしている姿を目にしたロイは、心に残るわだかまりがほんの少しだけ晴れたような気がした。
そのままロイはペリーズへ歩みを進める。ララも引き続き掃除する手を動かしながら道行く人に挨拶を交わす。するとそのうちの一人の中年男性が、ララに声を掛けられた拍子に抱えていた紙袋を落としてしまった。紙袋には沢山の林檎が入っており、それらはごろごろと辺りに転がった。
「だ…大丈夫ですか…?」
ララは箒を置いて急いで散らばった林檎を拾い上げ男性を気遣った。
「すみませんこちらこそ!あ、ありがとう…!」
男性はララから林檎を受け取り感謝を告げる。男性へ手渡す際、ララからはどこか緊張を感じた。
落ちた林檎は残り一つ。その林檎を店前に到着したロイが掴み上げ、さっと男性へ渡した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます…では」
男性はロイにも感謝を伝えると、別れを告げ軽く会釈し去って行った。
「あ…おかえり」
「…おう」
ぎこちない挨拶を交わしたロイとララ。二人は目を合わさず一言のみ話すと再び互いの仕事をこなす為、ララは清掃の続きを始め、ロイは購入した食材を持ち店内へと戻って行った。
───── ペリーズ店内
「戻りましたー」
ロイは店に入り帰宅の報告をする。店内には誰も居らずロイの声だけが響いたが、すぐに奥のキッチンからセシルが顔を出した。
「ロイおかえり、店長が来てって」
「?」
セシルに手招きされるままロイはキッチンへと向かう。
───── キッチン
キッチンへ行くと、ペリーはダイニングテーブルの前に立っていた。珍しく漫然とせずに起立しているペリーであるが、相変わらず両手は白衣のポケットに入れ背筋は曲がっている。ペリーの足元には持ち手の二つが長く口が広いバッグが置かれている。
「おかえり〜」
「ただいまです…ん?それ何ですか?」
ロイはすぐさまペリーの足元のものに気が付き質問する。
「君たちが昨日着てた作業着よ」
ペリーはそう言って下のバッグを手で示した。
「作業着をどうして?」
「これを〜クリーニングに出してきてもらいたいんだっ」
ニコリと微笑みながら両手を頬の前で合わせ、さらにその指を組んで祈る姿でペリーはロイにバッグの説明をした。
「クリーニング…あれ?そんな汚れてました?」
「うんまあぼちぼちね」
(ん?そこまで汚れる作業しなかったと思うけど…洗濯じゃ落ちなかったのかな、まあいいか)
ロイは一人で頭を巡らせ一人で考える事を終了した。
「クリーニング屋は決まった所に行ってるからそこに行ってね」
「え!なんか"いきつけ"みたいでかっこいい!」
ロイは憧れの眼差しをペリーに向けた。
「フフッ、店主とは元々顔馴染みだからそれでね。ロイとセシルもこれからお世話になるだろうから軽く挨拶してきてくれる?」
「わかりました」
ペリーと目を合わせたセシルが返事をする。続けてセシルが質問を投げた。
「場所はどの辺りでしょう?」
「ああ、それなら…」
ペリーは話しながら奥の自室の方へ歩いて行く。ドアの前で立ち止まると、取っ手に手を掛け扉を開けながらロイ達の方を振り返りこう口にした。
「ララに案内をお願いしたから三人で行ってきて?後の詳しい事は彼女に聞いてくれたまえ。じゃあ…おやすみ!」
バタンッ
伝え終えたペリーは瞬く間に部屋に入りドアを閉めた。ペリーの予想外の行動にロイとセシルの二人は唖然としている。
「「…」」
「あの人、ずっと寝てない…?」
ロイは無感情にぽつりと呟いたのだった。
───── かくしてロイ、セシル、ララの三人は頼まれたクリーニング屋へ向かっていた。
ララを筆頭に後の二人は追随するように歩みを進める。
「ララちゃん、案内してくれてありがとう」
前進しながらセシルは朗らかな笑みでララに感謝を伝えた。ララはそのセシルの声にビクッと身体を反応させ取り乱す感情を抑えて返事をする。
「う、ううん全然!依頼もなくて暇だったし!それに店長に頼まれたら断れないし…ってこれじゃ嫌々案内してるみたいだよね、ごめんねそういう意味じゃなくて…!」
「お前落ち着けよ」
焦りで饒舌になるララにロイは頭の後ろで手を組みながら平然と指摘した。その発言で彼女は立ち止まり、ロイの方へ振り向いた。
「な、何よ…落ち着いてるわよ!」
「えー?どこがですかー?」
両手を握りしめ拳を作り反論するララに対し、大人気なくロイは更に煽る。二人の距離は近く、鼻を突き合わせそうなほど接近しバチバチに睨み合っている。
「ま、まあまあ…」
間に入りセシルは一応止めようとした。毎度毎度歪み合っていたらセシルの身が持たない。やめて欲しい限りである。
「っていうかあとどのくらいで着くんだよ!」
ロイは右手を腰に当て重心を右に移して発した。
「あと五分くらいですー!」
すかさずララが残り時間を口にすると、それにセシルも反応する。
「あ、じゃあもうすぐだね」
「う、うんもうすぐだよ…」
セシルに対するララの反応、その変わりようにロイは白けた目で彼女を見つめていた。
「でもね途中にあるお花屋さんに寄らないといけないんだ」
「お花屋さん?」
セシルが確認の為に復唱する。
「うん。クリーニング屋の店主さんはお花が好きだから持って行くと喜んでくれるの。今回は二人の挨拶だし、店長からも買って行くように言われてるからそれで」
「そうだったんだ…全然知らなくてごめんね…」
セシルは自分の見識不足が情けなく心苦しく思っている。
「いや二人は悪くないよ!どうせまた面倒がって店長がちゃんと説明してないのが悪いんだから、そんな自分を責めないで?」
ララは両手を細かく振り否定を示した。その手を止めると、足下を見つめるセシルを軽く覗き込み心配する。
「…ララちゃんは優しいね」
恐縮ながらにセシルはララに精一杯の笑顔を向けた。
(%☆△→¥<@/♡!?)
その輝きはララには耐えられなかった。眉を下げながらのその笑顔。いつにも増して優しさが際立つ耳に心地良い声。例えるならそれは、完璧で隙のない人物が不意に見せる弱さのごとく。そんな表情もなさるのですね…と危うく天に召される寸前でララはこちらに還ってきた。
「〜〜〜!わ、私なんかっ普通だよ!?」
当然セシルと目を合わす事のできないララは、恥ずかしさで感情が高ぶる余り瞳を潤ませながら顔を真っ赤に染め上げていた。
「おーい、いつまでやってんだー。早くいこーぜー」
痺れを切らしたロイがセシルとララに呼び掛ける。二人との距離はさほど離れていないはずなのに、心の距離のせいかロイが遠くにいるような気がした。
「あ、うん!そうだね!行きましょう!」
ロイの声掛けに何とか平常心を取り戻したララが返事すると、三人は再び歩き出し花屋へと向かった。
───── 花屋
数分して三人は無事花屋に到着した。丁字路の角にあるその花屋は、ペリーズと同様に店舗と住まいが併用されている建物のようだ。ララもここには初めて来るらしい。花屋の扉を開けると、付いていたドアベルがリリリンッと鳴り響き、その音に反応した店の人からすぐに応答があった。
「いらっしゃいませー!」
飾られている花の後ろからひょこりと顔を出した人物は、明るく可愛らしい声で言葉を掛ける。その容姿は歳は十歳ほどで、肩より少し伸びた白茶色の髪を耳の上から左右の一部を束ねて結んでおり、残りの髪は下ろしている。服装は大きめの襟のあるトレーナーとショートパンツを着用しているのだが、可憐な顔立ちと非常によく似合っていた。
「あ、すみません、花束を見繕ってもらいたいんですけど…」
ララは恐る恐るその子供に用件を伝える。
「花束ですね!ちょっと待っててください!…お姉ちゃーん!お客さんだよー!」
その子はそう言うと急いで奥にいる人物に呼び掛けた。すぐさまタタタタッとこちらへ駆けてくる足音が聞こえると、即座にその者の姿が現れた。
「はい、ごめんなさい。お待たせ致しました」
黒に深い暗赤色が混ざり合った長い髪の女性が現れた。ふわりとした白いシャツにエプロンを羽織っており、その外見や話し方からお淑やかさを感じる。
「あ、花束をお願いしたくて…」
「ではまずイメージをお伺いしますね」
彼女はララの注文に優しく応じる。あとはその二人で会話を進め、ロイとセシルはしばし待機していた。
───── リリリンッ
「こーんにちはーっ。ローズちゃんいるー?」
ロイ達が待っているとドアベルが鳴り花屋に客が訪れた。客は男性の二人組で、一人は四十代前半、一人は二十代後半と言ったところだろうか。そのうちの四十代男性はララを接客している女性を求めて来店したようだ。
「あ、テイラーさん、ヒースさん。いつもありがとうございます」
女性は穏やかな口調と笑顔で男性らに対応した。女性は男性らの名前も把握している、二人は常連客の様だ。
「ローズちゃんほんと可愛いね〜。今日もお花買ってっちゃおうかなー」
「ちょっと先輩!あんまりローズさんを困らせちゃダメですよ」
もう一人の二十代後半と思しき男性が、先輩の四十代男性に対してやんわり注意する。それがいつもの光景なのか、ララを接客中の"ローズ"と呼ばれる女性は軽く微笑んでいた。
「ンフフ、少しお待ちくださいね」
「はーい」
女性に待機を促された男性は明るく返事をした。その横で二十代の男性は「もう…」と呆れたように小さい声で溜息をついていた。
───── 十分後。
「お待たせしました。こんな感じはいかがですか?」
女性は出来上がった花束を持ちララに呈示する。その花束には青薔薇に白薔薇、カスミソウが用いられ、ラッピングには青や水色を使用し、全体的に青色で纏まった花束になっていた。
「わ〜素敵!完璧です!」
ララは目を輝かせ歓喜した。
「フフ、嬉しい。ありがとうございます。ではお代が3,000シェルですね」
女性も礼を言うと花束の金額を提示する。
「じゃあこれで」
ララは財布から紙幣三枚を取り出して手渡した。
「丁度お預かりしますね」
そんな彼女らのやり取りをロイとセシルは遠目で見守っていた。
するとそこに先程の男性がララに声を掛けてくる。
「おっ。お嬢ちゃん良い花束作ってもらったね〜。なに?彼氏へのプレゼントー?」
「え…いや……」
ララはいきなり話し掛けられたせいか、戸惑い上手く言葉が出せなかった。
「もう先輩!見ず知らずの女の子に話し掛けないでください!嫌がってるでしょう。…ほんとごめんね?この人昼間からお酒飲んでて酔ってるんだ」
後輩らしき二十代の男性がまたもや四十代の男性に釘を刺し、代わりにララへ謝罪と詳細を口にした。
「あ、いえ…」
しかしいつになく緊張している様子のララをロイは不思議そうに目を丸くして見ていた。
「いいなぁ。俺にも花束作ってよローズちゃん」
「良いですよ。テイラーさんの奥様は何色がお好きですか?」
「もお〜、野暮な事言わないでよ〜」
女性からの言葉に男性は落胆気味だ。
「え〜?旦那様からの花束嬉しいと思いますけど。ヒースさんも奥様にいかがですか?」
「なら僕はお願いしようかな」
「はい」
女性は四十代男性を軽くあしらい、二十代男性に同じ提案をする。二つ返事で了承する彼に女性はにこやかに微笑んだ。
「ね〜ローズちゃん、俺にも花束ちょうだいっ」
「配偶者のある方に個人的なお花は贈りませんよ」
「厳しーー」
三名が話し込んでしまいすっかり店を出るタイミングを失っていたロイ達であったが、痺れを切らしたララが会話の途切れた頃合いを見計らって口を開いた。
「あのでは、私達失礼します…」
「あ、すみませんっ。ありがとうございました。また是非お越しください」
女性は待たせてしまったお詫びと感謝を伝える。それに対しロイ、セシル、ララの三人は一礼して店を後にした。
───── クリーニング屋
花屋から真っ直ぐ歩いて十分ほどで三人は無事クリーニング屋に到着した。一階建の四角い建物で看板には「CLEANERS」と書かれている。
「ヴァニさんこんにちはー。ララでーす」
ララが丁重に扉を開け店の主人を呼ぶ。
「あ、ララちゃん。いらっしゃい」
店主は扉を開けて間近のレジなどが置いてある受付カウンター奥で腰掛けており、すぐにこちらに気が付いて柔らかな口調で出迎えた。店の中は不潔さを一切感じさせず清らかである印象だ。
「ヴァニさん、今日は新しくペリーズで働く事になった新人さんのご紹介に来ました」
「え、そうなの!?もしかして後ろのお二人?」
ララの発言にクリーニング屋の店主はかなり驚いた様子で、後方にいるロイとセシルに視線を移した。
「初めまして!ロイと言います!これからよろしくお願いします!」
「セシルです。未熟者ではございますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」
ロイとセシルは順々に頭を下げて店主へ挨拶をした。
「え〜凄いしっかりしてる〜!偉いね!」
店主はそう言いながら立ち上がり自分も名を名乗る。
「僕はここのクリーニング屋の店主、ヴァニッシュです。こちらこそよろしくね」
ロイとセシルは店主とハッキリ目を合わせた。ニコリと爽やかに笑顔を向ける彼は、そのクールなルックスと装着している丸く小さい鼻眼鏡の相性から知的さを感じさせる。センター分けされた前髪は耳辺りまで伸び後ろ髪は短い。そのサラサラの髪は深い瑠璃色で夜空のように綺麗である。かっちりとしたワイシャツをスラリとした長い脚を際立たせるパンツにしまい、その上からエプロンを着用している。
「驚きだよ新しい子が入ってくるなんて!しかも二人も。開業から知ってるけど雇ったのララちゃんだけだったのに〜」
「あれ?ペリーズってどのくらい前からやってるんだっけ…」
ヴァニッシュの発言にララが疑問を抱き口にする。
「今10年目だね」
「「「10年!?」」」
ヴァニッシュの回答にロイ、セシル、ララの三人はピタリと声を合わせ驚愕した。
「10年で…私だけ…?」
色々な感情を抑えながらもララは事実を受け止めきれないでいる。
「で、でもさ!あんなやばい面接、受かる方がめずらしいって!な、セシルっ」
「うん、僕たちは二人いたから何とか合格できたし……そう考えるとララちゃん一人で凄いね…」
慰めの言葉を掛けていたロイとセシルであったが、途中でララへの見方を改める。同じ面接をしているならあのリーズを打ち負かしたのか?どんな手を使って?仮に自分らと同じ手段でもこちらは二人いて出来た事である。となるとやはり考えられる事実は一つ。ララはとてつもなく、強い。
そんな考察に至った彼らのララを見る目は、明らかに"怯え"に変わった。同時に気持ち程度ララから体を遠ざけた。
「え、待って待って。一体何の話?ちょ、なんで離れるの!?」
ロイとセシルの思いを知るはずも無いララは困惑。
「いやだって…お前もあの面接したんだろ…?」
ロイはおずおずとララに確認を取った。
「あー…私面接やってないんだ」
気まずい顔をしてララは言う。
「なんだよ〜やってないのかよ〜。じゃあ、別に?めっちゃ強いってわけじゃ、ないのね?」
ロイはほっとした様子だ。とても分かりやすい。
「何よ、めっちゃ強いって…」
「あの面接は僕達だけだったのかな?ならどうして…」
「ただ人気が無いだけだよん」
セシルの意見にヴァニッシュがズバッと切り込んだ。
「ペリー君、昔いっっつも言ってたの。"求人出しても人が来ねぇ…人が来ねぇ"って」
ヴァニッシュは恐らく過去のペリーの真似をする。
「へ、へ〜。なんか今の店長からは想像つかないな…」
彼の発言にロイは思ったままを口にした。確かにあのいつも寝ぼけ眼のふわふわとしたペリーからは予想できない口振りではある。
「ところでさ〜それって〜…」
ヴァニッシュはララがずっと抱えている花束を指差した。
「あっそうだった。これご挨拶の記念に」
「嬉しい〜ありがとう、綺麗だね〜…」
ララは購入した青の花束をヴァニッシュに手渡した。ヴァニッシュはまじまじと花の美しさを堪能していた半ばで口をつぐむとララに確認を求める。
「あ〜ごめん、拭いてもいい?」
「はい」
ララが慣れた様子で快諾すると、ヴァニッシュはカウンターにあるペーパータオルを一枚取り、横に置かれたアルコールスプレーを吹きかけ、花束がラッピングされた包み紙をそれで拭きだした。
「「??」」
状況が飲み込めないロイとセシルが疑問符を浮かべていると、ヴァニッシュ自ら説明を始めた。
「ごめんね、僕潔癖症で。何でも除菌しないと気が済まないんだ。あ、みんなも手出して?除菌除菌っ」
キラキラとした清々しい笑みで他の者の手にシュッシュッとアルコールをかけるヴァニッシュはとても満足そうであった。このクリーニング屋が清潔感抜群な理由がよく理解出来た。クリーニング屋だから綺麗好きなのか、綺麗好きだからクリーニング屋なのか。彼が何故クリーニング屋になったのか、それを知る者は数少ないらしい。
その後ロイ達は対応に苦慮しながら引き攣る笑顔で除菌された後、クリーニング屋を出てペリーズへ戻った。
───── ペリーズ店内
現在の時刻は18時。勤務時間終了まで残り一時間だ。ロイは店番の為、店内のカウンターの椅子に座って待機している。
───── ティリリリリリンッ
カウンターに頬杖をつき気を抜いていると、そこへ一本の電話が鳴り始めた。
「あっ電話だ」
ロイは今し方寝てしまいそうな所でハッとして受話器を取る。
「お電話ありがとうございます。なんでも屋ペリーズです」
ロイが電話に出ると通話相手からこう伝えられる。
「えっと、家事代行をお願いしたいんですけど…」
通話相手は男性の声だ。
「家事代行ですね。ご希望のお日にちはいつがよかったですか?」
「明日で…できれば女性の方がいいんですけど…」
「明日…確認しますので少しお待ちください」
依頼の内容から各々のシフトを確認する為、ロイは皆の出勤状況などが記載してあるノートを捲る。
(女性がいいって事はまあ、アイツか…)
そう考えたロイはララのシフトを確かめる。ララの勤務表を確認すると明日は出勤で予定の欄は空白であった。
(うん、いけるな。…ん?)
しかし電話の相手に可能な事を伝えようとした直前、一つの書き込みに気が付く。ララの名前の横に米印がありそこにはこう注意書きが添えられていた。
※一人での男性客NG
(あー…じゃあダメか)
ロイは考えを改めると通話を再開した。
「お待たせしました。申し訳ありません、ちょっとその日は依頼を受けるのが難しくて…」
「…そうですか。ではまた掛け直します」
「すみません、はい、失礼致しますー」
ロイは依頼を断るとガチャリと受話器を置いた。
「ふぅ…」
一息着くとロイはもう一度勤務表のララの注意書きに目を落とした。
「…」
ロイは何も言わなかった。
しばらくして本日の勤務時間は終了。就寝の準備をし皆は寝床に着いた。
───── 次の日の朝。
ティリリリリリンッ
開店時刻と共に店の電話が鳴った。電話の一番近くにいたララが受話器を取り応答する。
「お電話ありがとうございます。なんでも屋ペリーズです。……はい、はい。少々お待ちください」
ララは通話を一旦保留にするとキッチンの方へ急いだ。
「店長ー。女性のお客様で今日家事代行できないかって相談なんですけど、私空いてるので行ってもいいですかー?」
またもやダイニングテーブルで項垂れているペリーに、ララは上半身のみキッチンを覗き込む形で尋ねる。
「ハーイドーゾー」
起き上がる素振りも見せずペリーはそのままの体勢で承諾したので、ララは再度通話に戻った。
「お待たせしました!本日大丈夫です!……はい、ではご住所をお願いいたします……かしこまりました、後ほどお伺いしますのでよろしくお願いします」
そう言ってメモを取り終えたララは通話を終了した。
「よしっ。準備しよ」
ララはロイやセシルが着用していた物と同じ黒い作業着に着替え、自身の仕事道具の用意を始める。
そこを昨日の事を気にしていたロイがララに近寄り話し掛けた。
「なあ」
「な、なによ」
ララはいきなりロイに声を掛けられ戸惑っている。
「昨日男の人から女性指名で家事代行の依頼があったぞ。勿論断ったけど」
「…そっか。ありがと」
ロイは前日の電話の事をララに伝えた。ララは面目なく顔を背けたが、ロイはそのまま話を続ける。
「お前今から仕事行くんだろ?一人で大丈夫か?」
「大丈夫だよ、依頼者は女の人だし。心配してくれてありがと。意外に優しいとこあるのね!」
ララは無理に笑顔を作り、ロイをこれ以上不安にさせないよう強がった。
「はあ?俺が優しいなんて当たり前だろ!もういい、早く行けよな!」
「言われなくても行きますー!じゃあいってきまーす」
「ふんっ」
ロイはララの強がりを見抜いていたが、あえてそれを受け入れ普段通り接しララを送り出した。言うまでもなくララへの心配は消えてはいない。ロイは最後に腕を組むとしばらくララの向かった先を眺めていた。
───── 同時刻、ある家で窓の外を見つめながら呟く人物がいた。
「はやくおいで、"私のララちゃん"」
その声は先程ララが電話に出た女性のものだった。




