第5話 初仕事
───── ペリーズ店内
朝の日課を済ませたロイとセシル、ペリーの三人は店内にいた。
「はい、これ」
「?なんですか?」
「うちの仕事着。お仕事の時はこれに着替えてね。あとこれは仕事道具一式」
ペリーはそう言ってロイとセシルそれぞれに、黒い作業着と仕事道具が入った大きなバッグを一式ずつ手渡した。受け取った作業着とバッグを二人はまじまじと見つめる。
「今日の依頼は家事代行なんだけどぉ…ちょっと大変かも。だいぶお家が荒れてるらしくてね、もう自分ではどうすればいいか分からないから助けて欲しい、と依頼主の方が申しておりました」
ペリーはざっくりとした説明だけすると、「はい、これ住所ね」と依頼主の家の住所が書かれた紙をロイに渡した。ロイは曇った面持ちでその紙を受け取る。
「えぇ…その依頼、本当に俺たちだけでいいんですか?」
依頼内容を聞かされたロイは、自己不信気味に初心者の自分ら二人のみで良いのかと改めてペリーに訊ねた。初めての仕事にしては気が重そうな依頼である。その考えに至るのは当然であろう。
「大丈夫!大丈夫!二人もいるんだし!」
だがロイの心配をよそにペリーは軽く励ますと会話は終了した。
「じゃ、頑張って!いってらっしゃ〜い」
ペリーに促された二人は懸念しながらも依頼主の元に向かった。
───── 依頼主屋敷前
ロイとセシルの二人はペリーから手渡された仕事道具を持ち、黒の作業着を着て屋敷の門の前へ到着した。立派な門扉はしっかりと敷地を覆い隠しているが、その表構えからはかなりの邸宅だと察する。そんな門の横にある呼び鈴をロイは迷わず押した。呼び鈴が鳴ってすぐ家の主人であるだろう者が応答する。
「…はい」
低音の男性の声だ。男性の応答に対して、ロイは簡潔に情報を伝えた。
「依頼を受けてきました、なんでも屋ペリーズです」
「あぁどうも…どうぞお入りください」
「はーい」
男性はロイ達の素性を理解すると家へと招いた。心なしか男性の声に覇気がない様に感じてしまったのは気のせいだろうか。だがロイとセシルは気に留めていないようだった。
二人は言われた通り、門を開くと敷地の中へ足を踏み入れた。閉ざされた扉の先には想像していた通り広々とした屋敷があった。ロイとセシルはそのまま邸宅の玄関へと通ずる道を歩いて行く。しかし大きな家と広い庭であるが、雑草や樹木は生い茂りあまり手入れされている様には見えない。
「いいなぁ。俺もこんなおっきな家住んでみたいなぁ」
「うん、憧れるね」
二人は進みながら屋敷を眺め願望を口にした。やがて玄関前に着くとすぐにガチャリとドアが開いた。開いたドアの先からは幼い男の子がぴょこりと顔を出し、好奇心を露わにしている。
「わ〜!こんにちは!お兄ちゃん達なんでも屋さんだよね!楽しみに待ってたんだ〜!」
男の子はドアを全開にし姿を現す。綿製のシャツにハーフパンツ、足にはハイソックスを着用している彼はキラキラした眼差しでロイ達を出迎えた。
「おお〜それは嬉しいな〜」
ロイは子どもの目線に合わせしゃがみ込んだ。
「僕ルカって言うんだ!それとこっちは弟のレニー!」
ルカと名乗ったその男の子は、横に手を伸ばし弟の事を紹介した。
「こ、こんにちは…」
弟のレニーという子は玄関のドアに身を隠しながら恐る恐る顔を出す。ルカとは異なり消極的な様子でためらいながら挨拶をした。同じ服装の彼は性格は真反対のようだ。それを見たロイとセシルは驚いて一時呆然としたが、すぐに自分達も名を名乗った。
「俺はロイ。よろしくなレニー」
「僕はセシル。レニー、ルカよろしくね」
優しい声色で二人は自己紹介をする。柔らかな視線を向ける彼らにレニーの緊張は僅かばかりにほぐれた。
「ねえねえお兄ちゃん達のお洋服かっこいいね!」
ルカはロイの作業着を軽くひっぱり顔を輝かせた。
「これかー俺達も今日初めて着るんだ〜」
「どう?似合ってる?」
「うん!似合ってる!僕も着たいな〜」
「じゃあうちで働くかー!」
かくして皆んなで談笑していると家の奥から男性が現れた。
「すみません、お待たせしました」
「お父さん!」
ルカは男性に気が付くと顔を明るくした。現れた男性は彼らの父親で今日の依頼主だ。父親はどこか疲労している様に見える。彼は活き活きとしたルカの頭を優しく撫でた。
「こんにちは!初めまして、俺ロイといいます」
「セシルです。本日はよろしくお願いします」
二人は丁寧に挨拶をする。セシルが深々と頭を下げるのを見たロイは慌てて一礼した。
「よろしく、私はドミニクといいます。さあ中へどうぞ」
父親のドミニクは疲れ顔ながらも笑顔を浮かべ、ロイとセシルを家へ招き入れた。
───── ドミニク邸内
ロイとセシルは屋敷に入るとリビングへ案内された。そこはとてもリビングと呼んで良いものかと思うほど物は散々し荒れ、カーテンが閉ざされていた。
「いやすみませんね、ごちゃごちゃしてて」
ドミニクは薄暗いリビングのカーテンを開け明かりを入れた。揺れたカーテンからは埃が舞う。
「妻が亡くなってから家の事は後回しで…気づいたらこの有様に…自分でもびっくりです、家ってすぐに散らかるんですね」
そのままドミニクは済まなそうに会話を続ける。
「今日は家の中の片付けと庭の手入れをお願いしたいんです。こんなですけど処分する物はほとんどないので掃除して綺麗にしてもらえたら助かります」
「承知しました!お任せください」
ロイは右手で拳を握り張り切って答えた。
「お願いします。私は書斎にいるので何かあれば聞いてください。では」
そう言ってドミニクはリビングを出て行った。
「よし…いっちょ頑張りますかっ!」
「うん!」
ロイとセシルは仕事道具を入れたバッグを置くと、気持ちを引き締めて仕事に取り掛かった。
まずはじめにロイとセシルの二人は塵を防ぐために布で口と鼻を覆い後頭部で纏めた。次に軍手を着用してから二人で協力しリビングを片付け出す。
散らばっている物を運びまとめ、はたきを使い上部の塵を落とす。箒で床を掃き雑巾で汚れた箇所全てを拭く。するとリビングは忽ち元の姿を取り戻した。
リビングを片付け終えた二人は別の部屋の掃除へ取り掛かる。キッチンに浴室、お手洗い、そして各部屋はリビングほど散らかってはおらず労力を省ける為、ロイとセシルは手分けして一人ずつで掃除をした。
───── 数時間後
二人の頑張りもありしばらくして家の中は見違えるほど綺麗になった。暗くどんよりとした空気だった室内は、晴々とした明るい空気に変わった。一旦家内の清掃を終えた事をドミニクに報告をしてから、二人は次に庭の手入れを始めた。
広い庭をまた手分けして整備する。ロイは生い茂る雑草達を。セシルは伸び放題な雑木の樹枝を担当した。
───── ロイはまず長く伸びた雑草を短くする為に仕事道具の入ったバッグからある物を取り出した。それは鎌だ。片手で持つと丁度良い大きさの扱いやすい草刈鎌。さあここで彼の腕の見せ所だ。その草刈鎌をロイは雑草の方向へブーメランみたく飛ばす。鎌は地面と水平に回転しながら見事に雑草を刈り取り、円の軌跡を描いてロイの元へ戻ってきた。お見事。
「…っと!」
ロイもこなれた様子で帰ってきた鎌を捕まえる。そのまま短く刈られた雑草を眺めていると、何やら視線を感じるような気がした。
「ん?」
ロイが振り返るとそこにはわぁ…と憧れの眼差しをしたルカが立っていた。ルカの曇りのない目を見たロイは軽く微笑むとルカに呼びかけた。
「ルカ、手伝ってくれるか?」
「いいのー!?」
やったー!と飛び上がりルカは早々とロイに駆け寄る。
「お兄ちゃんすごい!!かっこいいー!ねえもう一回見せて!」
「よーし…特別だぞ?」
ロイはルカの懇願を叶える為、もう一度他所に生えた雑草目掛け鎌を飛ばした。わー!と弾んだ声で宙を舞う草刈鎌に熱い視線を送るルカを、ロイは暖かい瞳で見守った。
───── その頃セシルは雑木の手入れを始めていた。脚立に立ち枝切り鋏で伸びた枝を丁寧に切り落としていく。そのようなセシルの真剣な働きを遠目から眺めている人物がいた。それはレニーだ。レニーは恥ずかしさから近寄りたくても近寄れないでいる。しかしそんな彼の視線を感じセシルはいち早く気が付いた。
「レニー?」
「!…あ、えと…」
レニーは気付かれた事に驚き、言葉が出ず戸惑っている。俯きながら両手の指をそわそわと動かすレニーの表情は何か言いたげで、彼の所作から心情を察したセシルは優しく微笑み声を掛けた。
「おいで?」
レニーはセシルの言葉にこくっと頷くと不安ながらにセシルの側へ近付いて行く。セシルの元へ辿り着いたレニーはまだ俯く顔を上げてはくれなかった。
セシルはレニーの目線に合わせるように片膝を立ててしゃがみ込むと、彼の手を柔らかに取りそっと軍手を着けた。当然レニーの手にはまだ大きいサイズでぶかぶかであった。
先ほどセシルが手入れしていた雑木より背の低い樹木の前へ移動する。レニーでも手が届く高さの低木だ。セシルは後ろから覆うようにレニーと一緒に枝切り鋏を持つと、慎重に注意しながら握った枝切り鋏の刃を閉じ躊躇わず枝を切り落とした。
「わぁ…」
枝の切り口を凝視しながらレニーは感嘆の声を漏らす。ずっと愁えていたレニーの顔は少し明るくなっていた。
「上手だよ」
セシルもレニーのその姿を見て嬉しそうだった、
───── さらに数時間が経過した頃、ロイとセシルの二人は苦労の末庭の手入れを終える事ができた。
草木が荒れ重い雰囲気が漂っていたその庭は、すっきりと整えられ全体的にもやが晴れたようだった。
「ふぅーっ!終わったー!」
ロイは広々とした庭を見て存分に背伸びをする。彼らの後ろには、回収した雑草や枝木をまとめた袋が沢山置いてあった。
「お兄ちゃん達すごい!お家とっても綺麗になった!」
ルカはロイとセシルを尊敬の眼差しで見つめた。
「凄いだろ〜頑張ったからな〜」
「ドミニクさんに報告しなきゃね」
「おう。ルカ、兄ちゃん達お父さんに終わったよって言ってくるからちょっと待っててな?」
ロイは軍手を外した方の手をルカの頭の上に優しくポンッと乗せた。
「うん!じゃあレニーと遊んでるね!」
屈託のない笑顔で言うルカにロイ達は朗らかに微笑み返した。
ロイとセシルは家の中へ戻るとドミニクのいる書斎へと向かった。ロイは書斎の扉をコンコンコンと軽く三回ノックし呼びかける。
「ドミニクさん、作業終わりましたー」
「あぁはい、すぐ行きます」
即座にドミニクからの返答があった。
ドミニクは家の中と外庭の確認を済ますと、整えられたリビングでロイとセシルにお茶を振る舞った。
「ありがとう、こんなに綺麗にしてもらえるなんて思ってなかったよ」
ドミニクは窓越しに外の景色を眺めながら続ける。
「庭も明るくなって…よかった」
そうやってしみじみとした声で話すドミニクが真っ直ぐ見つめるその先にはルカの姿があった。ルカはこちらに気が付く様子はない。
「アハハハッ!レニー!早くーっ!」
上機嫌にルカは夢中で走り回っている。その楽しげな笑声はロイやセシルにも聞こえた。
「…息子も嬉しそうでなによりです」
ドミニクはロイとセシルの方を振り返る。二人に向けたその顔は逆光で不明瞭のはずだが、苦しそうな笑顔を浮かべている事ははっきりと分かった。彼はそのまま二人と対面するようにゆっくりと椅子に腰掛ける。
「「…」」
その面様を見た二人は行き場のない感情でいっぱいになる。それでも意を決してロイは切り出した。
「あのドミニクさん、間違ってたらすみません」
ロイは真面目な表情でドミニクに問いかける。
「依頼の電話で言ってましたよね。"自分ではどうすればいいか分からないから助けて欲しい"って。それって家の事じゃないですよね?」
「…」
ドミニクは俯きながら黙って聞いている。ロイは真剣な眼差しで会話を続ける。
「本当は息子さんの事についてじゃないですか?」
その言葉でドミニクは顔をゆっくりと上げ、深刻そうに答えた。
「…あぁ。その通りだよ、流石に気づいてしまうよね…」
ロイは確信に迫る質問をする。
「"本物の息子さんは誰ですか?"」
通常であれば主旨の分からない事を言っているように聞こえるだろう。しかしこの質問の意図を理解しているドミニク、そしてセシルも平静でいた。
ドミニクは一度だけ深呼吸をすると、弱々しい声で答えた。
「僕の、僕らの息子は…」
「たった一人、ルカだけだ」




