愛しすぎて
ビートルズは終わった。この言葉に尽きる。ビートルズは終わったんだよ。ジョン・レノンは死んだ。ビートルズも死んだ。ビートルズの生みの親、リーダーのジョン・レノンは死んだんだ。もうここにジョン・レノンはいないよ。ジョン・レノンはもういないんだ。
今のビートルズ関連は正直に言って金の匂いがするだけだ。「金は汚れている。金は汚い」とゲルハルト・リヒターは言っていた。同じく、正直に言って、今のビートルズは目的がないと思う。それはジョン・レノンがいないから目的がないまま繰り返し繰り返しボツになったTAKEの曲を細かく刻んで安売りをしているんだけなんだと思うんだよね。
今の時代に、もうビートルズは合わなくなってきているような、辻褄が合わなくなってきているような感じがする。何か、ビートルズが空回りしているような感じもするんだよね。無理矢理、過去に連れて行かれているような錯覚を与えてくる感じさ。時代が危ういし殺伐としているから気持ちに余裕がなくて、ビートルズどころではない、という事かもしれないけどね。
ビートルズに依存することで自分自身の人生を見て見ぬふりをする事もできるし、自分の人生を粗末に扱う事も捨てることもできる。ビートルズの真似をして生きるなんて、頭がまともではないしね。ビートルズは、ある種のカルト的な存在でもあり、信仰に近い対象でもあると言える。かつてエルヴィス・プレスリーは「ビートルズは危険な存在だ。ビートルズは追い出した方がいい」と時の大統領であるニクソン大統領に会って警告していた事実もある。ルー・リードは「ビートルズはゴミだ」と完全に言い放った事実もある。
ではビートルズとは一体何なのか? ビートルズは何が目的なのか? なぜ、ジョン・レノンは最後までビートルズを否定し続けたのか? それについて、最近、ずっと考えているんだよね。実はビートルズは別な目的によって利用されたんじゃないのか? という疑念が浮かび上がってきたりしてね。『ビートルズから逃げたい、逃れたい、離れたい、忘れたい、決別したい』という思いもあったりするんだよね。ビートルズを疑えということなのかもしれないな。
決してビートルズが音楽の中心であってはならないという基本的な考えも、もちろんある。音楽は豊富な世界だからね。1つの価値観で縛られると視野が狭くなるばかりだから。ビートルズのいない世界を生きるというのは、ある意味、大人になるということなのかもしれないけどね。誰しも、いつまでも子供ではいられない。
昔を懐かしむ。これは悲しいよね。凄く悲しい事だと思う。「あの時、こうしていれば、という言葉は最も悲しい言葉だ」とアメリカの、ある詩人が言っていたけれども、ビートルズは悲しい言葉のようなもの、なのかもしれない。
今、急に、『ビートルズは呪いなのか?』という不気味な言葉が頭に浮かんできたよ。ハハ。
色々な解釈や理屈や検証や分析を与えてくれるのがビートルズだったりもする。
つまり、何が言いたのか。うーん、そうだな、僕はビートルズにさよならを言いたいのかもしれない。
でも、まあ、僕はビートルズよりも、断然ソロのジョン・レノンの方が好きなので、別にさよならも何もあったもんじゃないんだけどね(笑)
さて、オーティス・レディングの大好きな曲『I've Been Loving You Too Long』を歌いながら寝ます。深夜に読んでくれて、ありがとう。おやすみ。
つづく




