ストリート・オブ・ドリームス2
「ストリート・オブ・ドリームス2」
1980年、夏。
バミューダの6月。
ある日の真夜中。
ジョンはサンルームの真ん中に座りオベーションリミテッドのギターを抱えてパナソニックとソニーのラジカセ2台を交互に操作しながら鼻歌を繰り返していた。時間は深夜の丑三つ時。2時を回ったところだ。ジョンは冷めたコーヒーをすすると大きく咳払いをした。ジョンは黙って目を閉じた。優しさに満ちたメロディーを弾き始めると出来たばかり曲『ビューティフル・ボーイ』を歌いだした。
Close your eyes,
目を閉じてごらん
Have no fear,
もう何も怖くないからね
The monsters gone,
怪物はいなくなったんだ
He's on the run and
怪物は逃げたんだよ
your daddy's here,
パパは傍にいるよ
Beautiful,
美しい
Beautiful, beautiful,
美しい、美しい
Beautiful Boy,
愛する息子よ
Beautiful,
美しい
Beautiful, beautiful,
美しい、美しい
Beautiful Boy,
愛する息子よ
Before you go to sleep,
寝る前に、そっと
Say a little prayer,
祈りの言葉を捧げよう
Every day in every way,
毎日、日々の中で少しずつ
It's getting better and better,
何もかも良くなっていくんだ
Beautiful,
美しい
Beautiful, beautiful,
美しい、美しい
Beautiful Boy,
僕の愛する息子よ
Beautiful,
美しい
Beautiful, beautiful,
美しい、美しい
Beautiful Boy,
僕の愛する息子よ
Out on the ocean sailing away,
やがて大海原に漕ぎ出す日がやってくる
I can hardly wait,
その日が凄く待ちきれないんだ
To see you to come of age,
早く立派な大人になった君の姿を見たい
But I guess we'll both,
でも今は……、まだ、
Just have to be patient,
辛抱強く待たなきゃいけないね
Yes it's a long way to go,
そうさ、まだまだ道は長い
A hard row to hoe
大変な仕事になるだろう
Yes it's a long way to go〟
そうさ、まだまだ道は長いね
But in the meantime,
それまでは待たないといけないね
Before you cross the street,
交差点を渡る時には
Take my hand,
パパと一緒に手を繋いで渡ろう
Life is just what happens to you,
人生は突如何かが起きるもの
While your busy making other plans,
人生とは何かに夢中になって計画をしても、無情に過ぎていくものさ
Beautiful,
美しい
Beautiful, beautiful,
美しい、美しい
Beautiful Boy,
僕の愛しい息子よ
Beautiful,
美しい
Beautiful, beautiful,
美しい、美しい
Beautiful Boy,
僕の愛しい息子よ
Before you go to sleep,
寝る前に、そっと
Say a little prayer,
祈りの言葉を捧げよう
Every day in every way,
毎日、日々の中で少しずつ
It's getting better and better,
何もかも良くなっていくんだ
Beautiful,
美しい
Beautiful, beautiful,
美しい、美しい
Beautiful Boy,
僕の愛しい息子よ
Darling,
愛している
Darling,
愛している
Darling
愛している
Darling Sean.
愛しているよ、ショーン
ジョンは静かに歌い終えるとラジカセの停止ボタンを止めてテープを巻き戻した。
できたばかりのデモテープを聞いてみる。
『悪くないな。少し感傷的かな。でもファーストテイクにしては悪くない。明日、ショーンに聞かせてあげよう。喜んでくれるはずさ。ショーンが大人になって一緒にこの歌を歌えたら最高だな。ショーンが無事に健やかに優しい大人になってくれたなら嬉しい。いつか二人で音楽でもやれたら最高に面白いかもだな。ジョン&ショーンというバンドを組もうか。ハハ。でも音楽業界はクソまみれだから親のエゴでショーンを芸能人にはさせたくはない。今まで散々、クソみたいな経験をしてきたからな、ビートルズがそうさ。ビートルズのせいで僕の人生は台無しになった。無名でいることの幸せに気付かなかったんだ。悔いるね。実に惜しいことをしたもんだ。ビートルズは周りから過大評価されて傲慢になり太った豚みたいに我儘に成り果ててしまったからね。それがマズイ結果になったんだ。ポールがイニシアチブを取って我が物顔でビートルズを私物化してからおかしくなったんだ。あいつを扱うのは難しい。俺のバンドなのにね。あいつにはもうウンザリだ。生まれ変わったらビートルズにはなりたくないね。これからは自分のために、ジュリアンのために、ショーンのために音楽をしたい。だがカムバックすることで失うものもある。本当に復帰する事が正しいことなのかは分からない。運命に委ねるしかないとは言いたくはないが委ねることで再開への決断に向かうことはできる。最近、嫌な夢ばかり見てしまう。もし夢の御告なら、僕の人生は最初から決まっていたのかもしれない』とジョンは怒りやユーモアや未来への思いに考えを巡らせながらデモテープを聞いていた。
「ジョン?」と声がしたので、ジョンは驚いて振り返った。
アシスタントのフレッドがいた。フレッドはジョン・レノンのアシスタント、マネージャー的な役割をしていて昨年の春にジョン・レノンに雇われていた。
「どうした? 起こしてしまったかい?」
「歌が聞こえてきたので」
「デモテープを作っているんだ。そうだ、フレッドも参加してくれないか? そこにボンゴがあるだろう? リズムを入れたい。フレッド、ボンゴを用意してくれ」
「僕がですか?! 恐れ多くて」
「そんな気持ちはいらないから。さあ、手伝ってくれ」
フレッドは部屋の隅にあるボンゴを持ってくるとジョンの斜め後ろに座った。
「ビューティフル・ボーイを歌う。この歌はフレッドも知ってるだろう? しょっちゅう歌っていたからね」
「はい、知っています。本当に僕なんかでいいんですか?」
「ああ。いいか、なるべく正確にリズムをとるようにしてくれ。こんな感じにだ。最初はハンド・クラッピングでリズムを取ってくれ。ボンゴはあとで使うから。レゲエのリズムを意識してくれ」とジョンは言って手を叩きながらレゲエのリズムを教えた。
「は、はい、わかりました。ベストを尽くします」
「フレッド、リラックスだ。聞いたとおりにやればいいんだよ」とジョンは言ってフレッドを優しく励ました。
ジョンはラジカセの録音ボタンを押した。
ジョンはギターを体に密着させると目を閉じてギターを弾いた。優しいメロディーが部屋に広がっていくと歌を歌った。
フレッドは懸命にジョンから教わったレゲエのリズムでハンド・クラッピングを繰り返した。シンプルではあるがレゲエのビートになっていた。フレッドはジョンを見た。
「それでいいよ」とでも言うかのようにジョンは優しい眼差しをフレッドに向けて頷いた。ジョンはビューティフル・ボーイを歌った。録音を終えるとテープを巻き戻して聞いた。
「悪くないな。よしボンゴの出番だ」とジョンは言った。フレッドはボンゴを構えるとジョンはキューのサインを出した。何小節目かにいった時、ジョンはテープを止めた。
「フレッド、音が大きすぎる。なるべく音を抑えろ。慎重に叩いてくれ。バックグラウンドに控えているようにしてくれ」とジョンは忠告を出した。フレッドは「ミュージシャンとしてあなたと張り合うつもりはないですから」と言った。ジョンの歌とギター、フレッドのボンゴで何テイクか録音をしていく。
ビューティフル・ボーイに輝きが出てきた。瑞々しく美しいメロディーとジョン優しく繊細な歌声に包まれてフレッドの演奏に熱が入っていった。何テイクか録音した後にジョンが演奏を止めた。
「フレッド、ボンゴのかわりにペンでリズムを打とう。ペンなら軽やかなリズムになるはずだ」とジョンは言ってペンでリズムを叩いた。
「よし、これでいこう」とジョンは満足そうに頷いた。
「さあ! 子守唄を歌おうぜ! 強い想いを込めて歌うのが子守唄だ!」とジョンは叫んだ。
ジョンはハンド・クラッピングのテープをパナソニックのラジカセで流してソニーのラジカセで新しいテイクをライブで重ねていく。
フレッドは控えめにペンでレゲエのリズムを叩いたが、ジョンの歌声に興奮をして熱が入ってしまいビューティフル・ボーイの終わりに激しい連打をやってしまった。ジョンは別に気にしていないようだった。
ジョンは新しいテイクを聞き返すと「フレッド、良いね。上手いよ」と褒めた。
「フレッド、スタジオでは今のリズムをコンガドラムを使って全く同じビート・リズムミック・パターンをそのまま生かすつもりだ。フレッド、もしかすると、新しいアルバムでタンバリンがカウベルをやってもらうかもしれないよ」とジョンは言った。
「ビューティフル・ボーイは真夜中に閃いた曲なんだ。最高にできのいい曲というのは、真夜中に霊感を受けて閃くものなんだ。ビートルズの時もそうだった」とジョンは言った。「誰かみたいに型どおりに作る曲よりも俺の曲の方がはるかに優れているよ」とジョンは言って微笑んだ。
「友達のポールがビューティフル・ボーイを聞いたらどんな反応をするんでしょうね?」とフレッドは思わずポールの名前を口にしてしまった。
「僕に友達なんて、いないって言っただろ!!」とジョンは怒鳴った。
「友情なんて、ロマンチックな幻想だ! ポールと訣別した時に分かったんだ。辛い経験から散々学んだんだよ。僕とポールの友情は共生のための助け合いが基になっているだけだ。ぼくたちの友情の基をなしていたのは、ミュージシャンとして、互いに直感で理解しあえるという点だった。一緒にバントを始めた頃はポールが僕を必要とする以上に僕はポールを必要としていた。ポールには安定した家庭というバックグラウンドがあったからだ。ポールと一緒にいると気持ちが安定したんだ。ヨーコと出会った時、僕は自分を解き放つ時がきたんだと思った。僕がポールに背を向けたことでポールは僕を憎んだ。あらゆる手を使って世間が僕に敵対するように仕向けたんだ。ヨーコと張り合えないとわかると今度は僕らを中傷しようとした。それも、はっきりと悪意を込めてね。ぼくが『いわゆる友情というもの』に抱いていた幻想は、その時に粉々に壊れてしまったんだ。壊れたものは二度と戻らない。あいつはそれを理解していないんだ。もうポールとは終わったんだ!」とジョンは恐ろしく悲しい独白をした。フレッドは戸惑ってしまい言葉を出せないでいた。ジョンは「何か軽く食べよう」と言って部屋から出ていってしまった。
ストリート・オブ・ドリームス2 終
つづく
『悪くないな。少し感傷的かな。でもファーストテイクにしては悪くない。明日、ショーンに聞かせてあげよう。喜んでくれるはずさ〜』のジョンの内面、胸の内の独白は僕の想像で書きました。ビューティフル・ボーイのデモテープの制作風景は実際にアシスタントのフレッドが話しています。クライマックスのジョンのジョンとポールの友情はロマンチックな幻想という独白は実際にアシスタントのフレッドにそのまま話したものですが、会話の時期は前後しています。宜しくお願い致します。