3話
よろしくお願いします。
ユカリがディアーナに来て1週間が経った。時間が過ぎるのはあっという間で、ユカリはすぐにここに馴染んでいった。そして、俺は自分の問題を解決出来ずにいた。
「はぁぁぁ…なんも思いつかん。」
やはり根本的に武器が使えないのは厳しい。駆動騎士同士で戦闘するとなるとどうしても銃による撃ち合いになる。たまにブレードを使うイカれたやつもいるが、今の時代の戦闘は銃が基本だ。
ないものねだりをしても仕方がないので、妥協してとりあえずブレードをメインで使うスタイルで調整をすることになった。
次の日、いよいよ駆動騎士を動かしてみることになった。
全員が廃工場に集合し、エンジニア班が中心になって動いていた。今まで工場の動力として使っていたメインリアクターのコードを繋ぎ直しコクピットの計器を見ながら徐々に出力を上げていく。
「なんでよりによって俺なんだよ…」
肝心のパイロットは俺だ。なんでかと言えばサブリーダー同士のジャンケンに負けたからだ。
「文句言わない!大体あんたが主導して直した機体でしょ!最後まで責任持て!」
シイラから背中を叩かれて、俺はすごすごとコクピットまで上がっていく。
「シューヤ、頑張って!」
ユイの方を見ると下で手を振っていた。愛嬌があってとても可愛い。どうして姉妹なのにこんな差ができてしまったのか。
各場所にいるエンジニア班から報告が上がる。
「メインリアクター出力問題なし。」
「クレーンいつでも下ろせます!」
「全身のアースエネルギーいっぱい。フレーム強化問題なく起動しました。」
俺はあっちこっちを動く仲間に全てを任せ、コクピット内でひとりで静かに待つ。ざわざわするような変な感覚が全身を駆け巡る。
「ふぅ…」
大丈夫だ。今日のために一体何年かけてきたと思ってる。必ず動く。自分と仲間の腕を信じろ。
自分自身にそう言い聞かせ心を落ち着かせるとリーダーから通信が入る。
「コクピット、起動してくれ。」
「了解。」
俺はコクピットの上部にあるコードが繋がったヘルメットを被る。電子キーを穴にはめて各計器類のスイッチを全てオンにする。各メーターがみるみるうちに最大値まで上がっていく。
「各計器問題なし!リアクターフル稼働開始!」
足元のレバーを下ろしリアクターを本格的に起動する。給排気口が冷却のために唸り声を上げる。音がうるさいが外で歓声が上がってるのがわかった。
ここまでは普通の駆動騎士の起動手順だが、ここからがパイロットへの負担が増大していく。
「メインカメラオン!神経接続開始!網膜投影スタート!」
全身に電流が流れたような衝撃が走る。網膜にメインカメラを通して外の景色が映る。クレーンの周りや地面にたっているみんなが見える。首を動かすと駆動騎士の頭部も同じように動き、視界を確保してくれる。
「はぁ、はぁ。」
持っていかれそうになる意識を保ち、リーダーに報告を入れる。
「はぁ、肉体負荷、許容範囲内だ。いつでも行ける!」
普通の駆動騎士とこのキルケゴールが違う点。それはサブコンピューターの代わりにパイロットの脳を演算器として利用しているのだ。当然ただ起動しているだけでもパイロットには毎秒ものすごい負担がかかる。
これがあるからみんなパイロットをやりたがらなかったのだ。
「よし!クレーン下ろせ!」
リーダーの通信が聞こえてくる。いよいよだとレバーを握る両腕に力が籠る。
「了っ解!」
仲間が廃工場内で唯一生きているクレーンを操作して駆動騎士を地面に下ろす。俺は地面に駆動騎士の足が着いたのを確認して鐙に力を入れる。
落ち着け、まずは一歩づつ基本的な動きからだ。
鐙を上手く調整しながら頭で機体を立たせるようにイメージする。
「はぁ、はぁ。よし…!」
次は右足を前に出す。ズゥゥンという思い足音が工場内に響き渡る。
一歩を歩く度に駆動騎士が身体に馴染んでくる。
下では仲間たちが飛び上がって喜んでいた。俺も今すぐ降りてそこに混ざりたかったが、まだ確認しなければいけない項目がある。
廃工場の外まで歩いた頃には自然に動かせるようになり、俺はリアクターを起動する。
ゴォォっという音と共に地面を滑るように移動する。鐙に力を入れると垂直に飛び上がる。
「すげぇ…!」
そして、ゆっくりと落ちていき、着地直前でスラスターを再度ふかして地面に降りる。廃工場の方を見るとみんなが手放しで喜んでいた。普段冷静なリーダーですらみんなと抱き合って喜びを分かち合っていた。
ただ1人ユカリを除いて。
「シューヤ、今いいですか?」
夜に1人でコクピット内で作業してると外から声をかけられる。顔を上げるとそこにはユカリがいた。
「何かあったか?」
「少し話しませんか?」
俺は作業を中断して、コクピットの外に出る。自分の部屋に戻り、飲料水を2人分用意する。
「ありがとうございます。」
「それで話ってなんだ?」
「以前、私が別の仕事ではいけないのか聞いたのを覚えていますか?」
ユカリが以前夜の道で話してくれたことだろう。
「覚えてるよ。」
「ここで生活してみて私も少し考え直しました。あなた達には本当に駆動騎士しか縋るものがないということもよくわかりました。みんな駆動騎士の話をしている時は目が輝いているんです。」
「まあ、そうだな。ここにいるやつで駆動騎士を嫌いな奴はいないよ。」
「なので、私も覚悟を決めることにしたんです。ここでお世話になる以外私も生きる術はありません。なら私ができることは全てやるべきだと。」
ユカリの過去に何があったのかは聞いていない。きっと彼女もここに来るまでにたくさんの苦難を経験してきたはずだ。ここに流れ着くのは大体そういう奴ばかりだ。
「具体的には何をやるんだ?」
「祝福をします。私が持つ特別な力であなたを支えます。戦うしか道がないならせめてその助けをさせてください。」
祝福が何かは知らないが助けてくれるというのだからありがたく受け取っておくべきだろう。
「わかった。俺は何をしたらいい?」
「駆動騎士に乗って待っていてください。私が機械心の祝福をします。」
俺は言われた通りに駆動騎士に乗ってその祝福が終わるのを待つ。暇だったのでヘルメットを付けて周りを見ると、足元で祈っているユカリがいた。何かをブツブツ言っているがさすがに聞き取ることは出来なかった。
「─この者たちに心の祝福を!」
そう言い終わると光が機体を包み、コクピット内にも光が溢れてくる。
「な、なんだこれ!?」
俺は祝福とは宗教的なもの、もっと言うと願掛けみたいなものだろうと思っていた。それがどうだ。機体と俺の体は光に包まれて、なんだか妙な力が湧いてくる。それと形容するのは難しいが、より駆動騎士と一体になったような感じがした。何故と聞かれると分からないが直感的にそう理解した。
光は次第に消えていき、そこにはいつもと変わらない駆動騎士がいた。この光はなんだったのか聞こうとヘルメットを外した時、コクピット内の通信が急に入る。
「こちら駆動騎士コクピット。何かあったのか?」
「シューヤか!?急いでそこから逃げるんだ!駆動騎士だけでも逃がさ─。」
リーダーからの通信が切れてノイズしか聞こえなくなる。そして次の瞬間とてつもない爆発音が廃工場に響き渡る。
「リーダー!?返事してくれ、リーダー!クソ!」
俺急いでヘルメットを被るとリアクターを起動する。
何かは分からないがやばいものが近づいていることだけはわかった。俺はユカリをコクピットに格納しようとしたが姿が見えなかった。
「こんな時にどこ行ったんだ…!」
スラスターを室内で強引にふかしてクレーンのロックを解除する。
バズーカを背中に背負ってブレードを持ち、廃工場のゲートを蹴り破る。
廃工場の裏を見ると何台もの大型戦車が迫ってきていた。
「なんだよこれ…なんでこんなことになってるんだよ!みんなは!?」
俺はすぐに南にある旧市街地の方を見る。すると向こうには既に戦車が何台も入り込んでいた。
「クソ!みんな!」
俺は全力でスラスターをふかして一直線に飛んでいく。さっきのリーダーの通信からして、嫌な予感がバリバリに感じられた。それとさっきから通信を何度も入れてるのにノイズしか帰ってこない。これは明らかに妨害電波の仕業だ。
市街地に着くと目に飛び込んできたのは倒れた仲間の姿だった。俺はマイクをオンにして声をかける。
「みんな俺だ!助けに来たぞ!」
だが、誰も俺の声に反応してくれない。なぜだ。既に充分聞こえる距離に入ってるはずなのに。
最悪の予想が頭を過ぎる。
嘘だ。
絶対に信じない。
「誰かいないのか!誰か!」
俺は噴水広場に向かうとそこで最も見たくなかった光景を見ることになる。そこでは銃を持ったヤツらがディアーナのメンバーを1人づつ殺していた。殺した遺体は1箇所にまとめられている。
なんだあれは。
そこに積み上げれていたのはさっきまで人だったものだ。
それを銃を持ったヤツらはなんでもないようにほおり投げていく。
頭に一発念入りに撃ち込んでから死体の山に投げる。
ただの作業だと言わんばかりに足蹴にしながら。
「あ、ああ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
俺はいてもたってもいられずにスラスターを全力でふかす。
そして右手の武器を素早くブレードにリアクターのエネルギーを通して、奴らを吹き飛ばす。
敵がすぐにこちらに気づいた。
「なんだこの駆動騎士は!?」
「どこの所属だ!?」
何かをごちゃごちゃ言っているが関係ない。ここに残っているのは全て敵だ。
「殺す!絶対に殺してやる!」
リアクターを全力で回し持てる限りの力を使ってブレードを振り回す。吹き飛ばした返り血がどれだけかかってもお構いなしだ。
「うわあああ!」
「いやだぁあ!」
仲間たちを殺していたヤツらがだんだん逃げ始める。当然逃がすわけが無い。背中からブレードで真っ二つに切り裂く。
「た、助けて…!」
助けてだと。
「よりにもよって仲間を殺したやつが助けてだと…!?ふざけるなぁぁっ!!」
頭に来た俺は助けを求めた敵兵を踏み潰す。
「歩兵じゃ話にならん!戦車隊を前に回せ!だから駆動騎士が─。」
俺が物陰で通信しようとしたやつを蹴散らす。今はこいつらの放ったであろう妨害電波のせいで通信はできないはずだ。そんなことも理解できないくらい動揺しているのか。だが、関係ない。ここにいる奴らは皆殺しだ。
俺が通信をしようとした奴を蹴散らしたタイミングで大型戦車が近寄ってくる。
俺は素早くスラスターを動かし、ジグザグに移動しながら戦車に肉薄する。
「な、なんだこいつ、早─!」
俺はブレードを使い真上から戦車を叩き潰す。
「まず一つ…!」
次の戦車を破壊しに向かおうとした時だった。
「双方武器を収めなさい!!」
俺はその声を聞いて俺は正気に戻る。その声の主はユカリだった。
「ユカリ!良かった無事だったんだな!早く逃げよう!コクピットまで上がってきてくれ!」
俺が呼びかけてもユカリはその場所から動こうとしなかった。
「シューヤ、ここは引いてください。彼らの狙いは私です。」
「ユカリ?何を言ってるんだ?なら尚更早く逃げないと!」
「冷静になってください!」
俺はその一声で一瞬言葉を失う。
「ここに来ているのは戦車だけではありません。敵の規模はあなたが考えているよりもずっと多いです。賢いあなたならわかりますね?私が投降する代わりにあなたを逃がします!」
「何言ってるんだ!ちょっと待ってくれ!」
「いいえ待ちません!夢を語っていた時あなたはとても眩しく見えました。せめてあなただけでも生き残ってください!」
ユカリはそれだけ言うと噴水広場から大型戦車の隊列に向かって走り出す。そして、俺は、その後を追うことが出来なかった。
伸ばした手が無意味に空を切る。
俺も頭の中で理解したのだ。廃工場から出る時に見えた戦車の数。そこから概算できる敵の数と質。俺の手元にあるのは僅かな武器だけ。
そう、なまじ賢かった俺は理解してしまったのだ。
「クソ…!クソォォ!!」
俺はユカリが進んだ方向とは逆方向に向けてスラスターを起動する。
俺は怒っていた。
仲間を殺された事実に。
俺は泣いていた。
仲間を差し出して逃げることしか出来ない自分に。
俺は絶対に今日を忘れる時はない。仲間を皆殺しにされ、唯一生き残ったユカリを行かせてしまった自分を絶対に忘れない。
逃げることしか出来なかった弱い自分を俺は絶対に絶対に忘れない。
読んでいただきありがとうございました。