プロローグ
よろしくお願いします。
朝の寒さがきつくなってきた今日この頃。俺はいつものように駆動騎士のコクピットにいた。ここが一番暖かいので狭いのを我慢してここで寝ていたのだ。内側にあるレバーを引いて、コクピットを解放する。すると外の冷気が一気に中に入ってくる。服がなかったらろくに動けないくらい寒い。俺はいつも通り錆びついた鉄橋を伝ってコクピットから降りる。
「おはよう。」
俺はピクリとも動かないロボット─駆動騎士に向かって挨拶をする。不格好な装甲をつけてるロボット。それがこの駆動騎士─キルケゴールだ。
駆動騎士を後目に廃工場から外にでる。昨日も遅くまでこいつの整備をしていたので少し寝不足だ。外はいつもの風景が流れている。森の中に捨てられた駆動騎士があちこちに落ちている。それを覆うようにコケが生い茂っている。朝露で地面が濡れており、少し歩きにくかった。
とりあえず川に行って顔を洗おうと考えていた時だった。
「なんだあれ…」
川辺に白い布が落ちている。遠目から見ただけではよく分からなかったので近づいてみる。この寒い季節、着れるものがあるなら回収しておきたいと思っての行動だった。ただの布だと思ったのはどうやら服のようだった。そして驚いたのはその服を着ている女だった。
「おい、あんた大丈夫か!?」
こんな寒いところで倒れているなんて明らかにおかしい。
俺はそいつの状態をよく見る。息はあるが熱を出している。服が少し湿っている。このままでは低体温症で命に関わる。俺は急いでその女を背負うと、みんながいる旧市街地の方に歩いていった。
旧市街地を進む間も女は目を覚ますことは無かった。早く暖かいところに連れていかなければいけない。少し歩くと、枯れた噴水広場で日を起こして身を寄せあっている子供たちが目に入ってくる。
「おーい、シイラいるかー!?こっちに来てくれ!」
俺がそう叫ぶと、火に当たっていた子供たちが一斉にこちらを向く。
「あ、シューヤ起きたんだ。って、誰よその女!」
子供たちがこちらに駆け寄ってくる。その中で少しだけ背が高い女子が声をかけてくる。茶色い長い髪にTシャツとジャージというラフな格好をしている。この女子がシイラだ。そしてその後ろをトコトコついて歩いているのが妹のユイだ。
「誰かなんて俺も知らねえよ!でも熱出してるんだ、どうしたらいい!?」
「ええ…ちょっと待って…」
俺は背負っている女の息が弱くなっているのを感じてシイラにどうしたらいいか問い詰める。これが男だったら廃工場で手当すれば良かったのだが、相手は女だ。どうしたらいいのか分からなかった。
シイラは女のおでこに手を当てて状態を確認する。
「すごい熱…早く私の部屋まで運んで!みんなはいつも通り朝食の準備して待ってて!ユイ、一緒に来て。」
「は、はい!」
俺はシイラの後を追って破棄された民家の中に入る。ここはシイラとユイが使っている家だ。ほかの建物に比べて損傷が少なく、すきま風もない。オマケに古いものだがベッドもあった。体を休めるならうってつけだ。
俺はリビングに女を寝かせると2人に女を任せる。ここから先は2人にやってもらうしかない。俺はその間にろ過と煮沸をした綺麗な水を廃工場に取りに戻った。
廃工場から戻ってきた俺はシイラの部屋の扉をノックする。
「いいわよ。」
俺は許可が出たのを確認してから中に入る。そこにはベッドに寝かされた先程の女がいた。まだ熱があるのか苦しそうな顔をしている。
「悪かったな朝からバタつかせて。」
「いいわよ。シューヤが朝から問題を持ち込んでくるのなんていつもの事だもん。まあ、ちょっと驚いたのは認めるけどね。それで私みんなのこと見てくるから結と一緒にここにいてもらってもいい?」
「わかった。」
シイラが外に出ていき、ユイと彼女と俺の3人だけになる。
俺は持ってきた水でタオルを濡らして彼女の頭に載せた。それを見たユイが俺の服を掴んで聞いてくる。
「シューヤ、彼女のこと何も知らないの?」
「俺も朝川に行ってそこで見つけたばかりなんだ。正直こいつがどんな人なのか全く知らない。」
でも着ていたきれいな服からしていいとこの子供のような気がする。それにしても綺麗な子だ。髪が白い人は初めて見たが、こうしてみると吸い込まれるような魅力を感じる。
「ふーん…あ、そうだ。この人が着てた服だけどユイの部屋に干してあるから。この人が起きたら教えてあげてね。」
「わかった。それにしても暇だな。」
人の看病なんて初めてするがただ座ってるだけなのでとにかく暇だった。外を見ると仲間があっちに行ったりこっちに行ったり忙しく動いていた。本当なら俺も今の時間は忙しく動いているのだが、今日は暇になってしまった。
「シューヤ、やることないならユイとお昼寝する?」
「んー、いや、一応起きてるわ。ユイは寝てていいぞ。いい時間になったら起こしてやる。」
「わかった。ならシューヤのお膝で寝る!」
俺とユイは床で座って一息つくことにした。
ユイの相手をしながら過ごしているとすぐに時間は過ぎていった。そして、日が傾き始めた頃その女は目を覚ました。
「ん…」
俺は横で遊び疲れて寝ているユイを起こさないようにゆっくり立ち上がりベッドの傍に行く。
女はまだ状況がよく分かってないみたいで、ぼーっとした様子だった。
「ここは…?」
「ケイドル王国北部にあるナーシアのスラム街。あんた運が良かったな。山の中で倒れてたんだぞ?」
俺は女のおでこに載せておいたタオルを退ける。体を起こすのを手伝って、水が入った水筒を差し出す。
「ありがとうございます。」
女は迷いなくその水を飲む。
「俺はこのスラム街でエンジニアをやってる。シューヤだ。あんたは?」
「これは申し遅れました。私は機械心の巫女のユカリです。助けていただき、ありがとうございました。」
俺とユカリは自己紹介をして握手をする。今のユカリはシイラの服を着ていた。シイラがいつも来ているジャージの内の一つだ。
「それじゃあとりあえず行くか。」
俺はユイを起こして噴水広場に向かうことにした。
噴水広場では今日取ってきた駆動騎士の部品や、食料が並んでいた。
「わぁ。凄いですね。」
「全部子供たちみんなで集めたものだ。ここに大人は居ないからな。あ、シイラ、リーダー!ちょっといいか?」
俺は子供たちに指示を出している背の高い男子とシイラを呼ぶ。
「そうだなそれは保存用で頼む。ああ、廃工場に持って行ってくれ。」
「リーダー、シューヤが呼んでるわよ。」
「ん?おお、シューヤ。その子が例の子か。初めまして、この集団─ディアーナのリーダーをやらせてもらっている。イージアだ。まあ、好きに呼んでくれ。」
「初めましてユカリです。助けていただきありがとうございました。」
リーダーが手を差し出すとユカリも笑顔で自己紹介をする。そして今日はユカリのために少し豪華な食事を用意しているとリーダーが話していた。まだ夕食までは時間があるので廃工場で待つことにした。
廃工場までの道中、ユカリのことを少し教えてもらった。
「熱はもういいのか?」
「はい。おかげさまで良くなりました。」
「それはよかった。でもなんであんな山奥で倒れてたんだ?」
俺がそう聞くとユカリは沈んだ顔をした。何か地雷を踏んでしまったのかと俺は少し焦る。
「悪い、言い方が悪かった!言いたくないなら別にいいんだ。ここには過去を話したがらない奴は沢山いるからな。」
「…いいんですか?」
「ああ、俺も人に言いたくない過去はあるし、誰だってそんなもんだろ。無理して話すくらいなら言わなくていいよ。」
ここのスラム街には子供だけが集まって出来た。
親の虐待から逃げてきた子供。奴隷になったがそこから抜けた者。そうやって色んなところから逃げてきた奴らが集まって今の集団─ディアーナが出来た。暮らしは決して余裕があるとは言えないが、ここでの暮らしは充実していた。
「過去は関係ない。ここに来た子供に求められるのは今協力していけるかだ。リーダーの受け売りだけどな。だからユカリがどんな過去を持っていてもみんな気にしないよ。」
誰にだって言いたくない過去があるそれは俺も例外では無い。ここに逃げてきたからこそ今の俺がある。なら彼女もここで受け入れるべきだ。何かから逃げてきたなら俺たちの仲間なんだから。
「そう、ですか。それは助かります。あの、私もここにいていいんですか?」
「もちろんだ。人手が増えるのは大歓迎だからな。」
「そうですか!嬉しいです!」
俺たちは廃工場に着くと中で作業している子供たちに声をかける。
「みんな注目。今日から仲間になるユカリだ!よろしく頼む!」
「よろしく!」
「よろしくね!」
「皆さんはじめまして。これからよろしくお願いします。」
みんなが一旦手を止めてこっちに挨拶をする。
「さあ、今日はどこまで進んだのか見せてもらうぞ!」
俺がそう言って駆動騎士に近づいていくとあちこちから声が上がる。
「はいはいはい!俺のやったエネルギーシールド見て!」
「俺の直したスラスターもすごいよ!もう完全に直したんだ!」
「俺今日はコクピット内の計器の修理したよ!」
「はいはい順番に見るからそこで待っててくれ!」
俺はデバイスの設計図を空中に投影して破損箇所と修理した場所を確認していく。
「これは駆動騎士ですか?」
「そうよ。これ、俺たちだけでここまて直したんだぜ?」
俺は自慢げに駆動騎士の方を指さす。そこには色んな機体からパーツを共食い整備した巨大なロボットがあった。全体のカラーも部品もバラバラなその機体はいかにも欠陥機という感じだ。
その名は駆動騎士。メインリアクターから半永久的に生み出されるエネルギーで動く巨大な兵器だ。
この集団─ディアーナの目標はこの駆動騎士を直し、最強の傭兵として全世界に名を轟かせることだ。
読んでいただきありがとうございました。